■ 伝わらない(3)


心を決めた翌日の夕方、室井は湾岸署に向かった。
随分悩んだが、一度決断してしまえば行動は早い。
まるで戦争に向かう兵士のような面持ちで刑事課に乗り込んだのだが、青島の席が空席ですぐに肩透かしを食らってしまった。
「これはこれは、室井管理官っ」
ぺこぺこと頭を下げてくるのは、袴田だった。
「…どうも」
室井は難しい表情で頭を下げた。
青島の席を見ていたことに気が付いたのか、袴田が愛想良く微笑んだ。
「青島でしたら……あ」
青島の居場所を教えてくれようとしたのだろうが、何故か言葉を詰まらせた。
強張った表情をしているから、室井は眉間に皺を寄せて袴田を見つめた。
彼らが不自然な時は、何か後ろめたいことがある時が多い。
湾岸署との付き合いが何故か深い室井だから、それくらいは分かる。
室井の視線の鋭さに、袴田は慌てて愛想笑いを浮かべた。
「張り込みに、張り込みに行っております」
「張り込み…?」
それならば、何も慌てることはない。
思わず疑わしい視線になってしまっても、無理はないだろう。
袴田は思いっきり首を振った。
「う、嘘じゃないですよっ。強行犯係と、後助っ人で恩田君たちとっ」
「どこでですか?」
尋ねたら、また袴田が言葉を詰まらせる。
室井はもう一度聞いた。
「どこで?」
「すぐそこです」
袴田はすぐに詳しい場所を教えてくれたが、確かに近かった。
―ちょっと覗いて見て、邪魔になりそうだったらまた明日にしよう。
室井はそう思うと袴田に礼を言って、刑事課を後にした。


現場の近くまで行って、そういえば何の張り込みかくらいは聞いてくるべきだったと思った。
張り込んでるくらいだから、目立つ所にはいないだろう。
現場付近でウロウロしていたら、それこそ捜査の邪魔になるかもしれない。
人通りの少ない公園だが、幸いまだ夕方なので真っ暗ではない。
ダメだと思ったら、本当に諦めて今日は大人しく退散しようと決めて、室井はそっと辺りを窺う。
女子高生や仕事帰りのサラリーマンらしき男性などとすれ違いながら少し歩くと、見知ったコートが目に入った。
思ったよりも簡単に見つけられて、ホッとした。
それと同時に、いよいよ…と思うと、緊張もしてくる。
少し近付いて、足を止める。
青島のすぐ傍にすみれがいた。
一緒に張り込みをしているのだから、いてもおかしくはない。
だが、室井は違和感を感じた。
いつもの、室井が知っている二人とは少し違う気がした。
すみれが青島の腕にちょっと触れると、少し背伸びをした。
青島も少し身を屈めて顔を近づける。
なにやら会話を交わすと、青島はちょっと困った顔をして、それから苦笑した。
そして。
ぎこちない仕草で、すみれを抱き寄せた。
「…っ」
室井は思わず息を飲む。
微笑みながらすみれが青島の胸に頬を寄せ、その背中に腕を回す。
青島はすみれの髪を、梳いてやっていた。
それ以上は見ていられなくて、室井は踵を返した。
―あの二人は…。
付き合っているのだろうか。
おかしなことではない。
同じ職場で年齢も近く、何より仲が凄く良い。
有り体に言えば、お似合いだった。
室井だって、二人の中を下世話にも勘ぐったことがある。
噂だって、ちらほら聞いた。
ただ、当の本人たちはきっぱりはっきり有り得ないと言い切っている。
二人とも口を揃えて、「俺にも(私にも)選ぶ権利がある」とまで言った。
だから室井はその言葉を信じていた。
それなのに、二人は今室井の目の前で抱き合っていた。
ということは、そういうことなのだろう。
―隠すことなど、無かったのに。
室井は早足で歩きながら思った。
向かう先など決めていなかったが、少しでも早くその場から離れたかったのだ。
付き合っていたこと自体はもちろんショックだが、青島に隠されていたこともショックだった。
言う必要が無いと思ったのか、信頼されていなかったのか。
どちらにせよ、青島に打ち明けてすらもらえなかった。
そして、ふと思った。
青島が突然室井と会わなくなったのは、すみれと付き合うようになったからではないだろうか。
―それなら俺に会ってる暇などあるわけもないか…。
室井は自嘲した。
青島もすみれも忙しい身である。
時間が出来たら二人きりで過ごしたいと思うだろう。
室井は納得した。
納得すると、胸が痛んだ。
自分と青島が並ぶよりすみれの方がどうしたって自然でお似合いだ。
二人の姿を思い出して、室井は足を止める。
―この先青島が打ち明けてくれる時がくるだろうか。
―その時にはおめでとうといえるだろうか。
室井は立ち尽くして、途方にくれた。





***





「その顔はまだ告白してねぇな?」
翌日、本庁で顔を合わせた一倉の第一声だった。
室井は無視しようかと思ったが、相談を持ちかけたのは自分だということを思い出し、仕方なく口を開いた。
「お前の読みは外れたぞ」
「ん?なにがだ?」
「やはり青島が俺に気なんかあるはずが無かったんだ」
静かに言って、目を伏せた。
一晩落ち込んだくらいで、吹っ切れているわけもない。
そんな簡単な想いで青島に惚れていたわけではなかった。
暗い室井に、一倉は肩を竦めて見せた。
「だからなんで分かるんだよ。告白もしてねぇんだろ?」
告白などするまでもない。
「青島は恩田君と付き合ってるんだ」
一倉は目を剥いた。
「嘘だろ。ちゃんと本人たちに聞いたのか?」
「聞いてはないが…見たんだ」
室井は眉を寄せて、夕べのことを一倉に話して聞かせた。
口にするだけで胸が痛む。
話を聞き終えた一倉は、難しい表情で腕を組んだ。
「それだけで付き合ってるとは限らないだろ」
室井は一倉を一瞥する。
「お前はあの二人が付き合っても無いのに、暗がりで抱き合ったりすると思うか?」
「あー…それは、まあ、確かに」
仲は文句無く良いのだが、ベタベタしているわけではなかった。
青島が抱き付いてきたらすみれは殴るだろうし、すみれが抱き付いてきたら青島は何事かと怯えるだろう。
恋人同士じゃない二人なら、きっとそうなる。
だが、夕べの二人は違った。
すみれが青島に触れて、青島が静かに抱き寄せた。
小柄なすみれの身体が青島の腕にすっぽりと納まる。
その様を、室井は目の前で見てしまった。
「…ショックだったが、告白する前に知れて良かったんだ」
ぽつりと呟く。
取り返しの付かない事態になることだけは避けられた。
不幸中の幸いだと室井は思っていた。
だが一倉はそれでは納得しない。
「何か事情があったのかも知れないだろう」
「…抱き合わなきゃならなくなるような事情とは?」
一倉は少し考えて、「ゴキブリが出たとか」と言った。
室井は呆れた顔で溜め息を吐く。
「そんなわけないだろう」
「でも、やっぱりおかしくないか?張り込みの最中だったんだろ?それこそあの二人が捜査中に抱き合うとは思えないが」
それは室井も考えないではなかったが、室井は自分で考えて悲しくなるような仮定を口にした。
「青島だって若いんだ。暗がりで恋人と二人きりでいれば、そういう衝動に駆られないとも限らないだろう」
「それこそ、恩田刑事に殴られそうな気がするがなぁ」
室井は緩く首を振って「もういいんだ」と呟いた。
「これで諦められる」
本当は自信が無かった。
それでも諦めないわけにはいかない。
―青島が幸せなら……それでいいじゃないか。
そう思わないと、上司としてすら傍にいることができなくなる。
それくらいなら、このままで良かった。
二度と口を聞くこともなくなってしまうくらいなら、どんなに辛くても今の方がマシだった。
「無理しちゃって」
一倉の呆れた声を、今度は無視する。
「青島が他のヤツのもんになっちまっても、平気なのか?」
「青島が幸せなら、それに越したことはない」
室井では絶対にあげられない幸せも、すみれならきっとあげられるだろう。
それならきっと、その方がいいのだ。
「キレイゴト言うなよ」
「何だと?」
室井は思わず一倉を睨む。
それを平然と受け流し、一倉は薄く笑った。
「じゃあ、俺が手を出してもいいんだな?」
室井は目を剥いた。
「お前の手前黙っていたが、結構好みなんだ」
飄々と言われて、室井の額に青筋が浮かぶ。
「軽々しく言うなっ」
「軽くなきゃいいのか?本気だと言えば、いいんだな?」
一倉の目が細くなった。
「生意気だが、あいつのこと可愛いと思うぜ」
室井は反射的に一倉の胸倉を掴んだ。
そして、ハッとする。
胸倉を掴まれたまま、一倉が笑い出したからだ。
「ホラ、見ろ。全然良くないんじゃねーか」
何のことはない。
ただ一倉に試されただけだったのだ。
室井は怒鳴りたいのをグッと堪える。
負け犬の遠吠えだけはしてたまるかと思ったらしい。
眉間に深い皺を刻みながら手を引いた室井を見て、一倉は苦笑した。
「いいじゃねぇか」
「何が」
「お前の気持ちくらい、お前の自由だろ。それとも青島に恋人がいたら、お前は青島を嫌いになるのか?」
「…ならない」
「なら、気持ち伝えるくらいしてもいいんじゃないのか?」
室井はしばらく呆然と一倉を見つめた。
どうやら気持ちの悪いことに、一倉に励まされているらしい。
驚いている室井に苦笑しながら、一倉は続けた。
「お前ね……まあ、いいか。コレだけは忠告しとくぞ」
わざとらしく真面目くさった顔をする。
「ケジメだけはしっかりつけた方がいいぞ。お前のことだから、当分大事に抱えて歩くことになるぞ」
一倉の忠告は的を射ていて、室井は否定できなかった。
どんなにキレイゴトを並べたところで、青島を好きな気持ちは変わらない。
青島に恋人がいたところで、このまま当分引きずるだろう。
忘れようと努力はするだろうが、努力をしないといけない時点で結果は見えている。
忘れようとして忘れられるなら、誰も苦労しないのだ。
室井は眉間に皺を寄せたまま一倉を見つめて、溜息を吐くと力を抜いた。
「…まさかお前に勧められて、二度も告白を決意することになるとは」
悔しそうに呟くと、一倉は声を立てて笑った。
「一度でしないからだ、このヘタレ」
室井は無言で一倉の首を絞めた。










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2005.8.3

あとがき


シリアスなんだか、ギャグなんだか、分からないお話になって参りました…(汗)


室井さんがグルグルというか、グラグラしてしまって申し訳ありません(滝汗)
室井さんはもっと意思が強くて、こうって決めたらこうな人だと思うのですが!
そういう室井さんが大好きなのですが!
どうも不安定な室井さんになってしまいました(涙)

恋愛中って誰かに想いを伝える時って、こういう気持ちの波があるとは思うんですが…。
ちょこっと言い訳でした(^^;


最初の袴田さんは、当初真下君でした。
真下君が湾岸署にいる設定だったのです。
それが先の話の後書きで書いたことと矛盾していることに今更気付きまして(笑)
慌てて袴田さんにしました。


それにしても、一倉さんがきもちわるい…(おい)
何者でしょうか、この人は(笑)
室井さんとは違って、恋多き男だったんでしょうか(大笑)
やけに聡いですね。

一倉さんに「ヘタレ」呼ばわりされる室井さんが書けて、楽しかったですv(酷)



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