■ 伝わらない(4)
緊張した面持ちでインターホンを押すと、程なくしてバタバタと足音が聞こえてくる。
ドアの向こうで「ハイハイ」という軽い声がしたと思ったら、ドアが開いた。
青島は室井を見て目を剥くと、固まってしまった。
余程驚かせたらしい。
室井は眉間に皺を寄せて、小さく頭を下げた。
「夜分にすまない」
謝ると、青島は漸く立ち直ったらしく、慌てて首を振った。
「い、いえいえ、ビックリしただけですから…あ、どうぞどうぞ。散らかってますけど」
ふるふると首を振りながら、中へと促してくれる。
室井はもう一度頭を下げると、青島の家に初めて足を踏み入れた。
二度と入ることは無いだろうと思うと、余計に緊張した。
「でも、良くうちが分かりましたね」
「本庁で照会した。突然来て申し訳ない」
謝るくらいなら電話くらい入れれば良かったのだろうが、また断られる気がした。
それくらいなら、迷惑だろうが勝手に来てしまえと思ったのだ。
最後と思えばそれくらいの迷惑は大目に見てもらえるだろうと、室井は開き直っていた。
リビングに通されて、勧められるがままにソファーに腰を下ろした。
「インスタントですけど」
マグカップをテーブルの上においてくれる。
青島は自分の分のマグカップを手に、床に腰を下ろした。
「んで?一体どうしたんですか?」
室井がわざわざ自宅まで押しかけて来たのだから話があることくらいは、青島も察しが付いたのだろう。
単刀直入な質問に、室井は単刀直入に答えた。
「君が好きだ」
単刀直入すぎたのか、青島は訳が分からなかったらしい。
きょとんとして、室井を見つめている。
構わずに室井は続けた。
「迷惑なのは百も承知だ。君とどうこうしたいなどと言うつもりもない」
室井はこの恋が上手くいく可能性がないことを、もう知っている。
これは室井なりのけじめだ。
「これからはプライベートでは二度と君に会わないから安心して欲しい」
淡々と、だけど真剣な表情で室井は言った。
「だけど君との約束を反故にする気はない。約束は必ず果たす。それだけは信じていてくれないだろうか」
そう問いかけて、じっと返事を待つ。
青島はバカみたいに口をぽかんと開けたまま室井を眺めていたと思ったら、漸く脳まで情報が到達したのか、目を剥いて激しく狼狽した。
「え…え?あ、何?ええ?」
忙しなく視線を泳がせて、手で髪を掻きあげたり、首筋を撫ぜたりしている。
そんな青島を見つめたまま、穏やかに繰り返す。
「君をずっと好きだった」
落ち着きをなくしていた青島の身体がピタリと止まる。
室井を見つめて、放心したように呟いた。
「俺も……好きでした」
魂が抜けたように吐き出された言葉。
今度は室井の脳が活動を停止した。
静まり返る室内。
室井も呆然としたままで、呟いた。
「嘘吐け…」
弾かれたように青島が反応を示す。
首をブンブンと振った。
「嘘、嘘じゃないです。俺、ずっと、アンタのことっ」
青島の目が、力強い眼差しが、室井を射抜く。
それだけで青島の言葉に嘘がないことは、室井にも簡単に伝わる。
だからこそ、室井は混乱した。
「な、なに?だって、君は…」
「え?」
「その、恩田君と付き合ってるんじゃないのか?」
以前に青島本人に聞いたことのある質問だったせいか、青島は首を傾げた。
「付き合ってないって、前にも言いませんでしたっけ?」
「聞いた。聞いたが…」
室井は夕べの光景を思い出して、顔を顰めた。
青島がこの期に及んで嘘を吐くわけがない。
ならば夕べのあれはなんだったのか。
「室井さん?」
「……夕べ、湾岸署に行ったんだ」
急な話しに付いていけなかったのか、青島は目を白黒させる。
「あ、そ、そうなんですか?」
「袴田さんに聞いたら近くで張り込みしていると聞いた」
「はぁ…張り込み…」
「その、現場まで行ったんだ」
青島は目を丸くした。
「ええっ?夕べ来てたんですか!?」
室井が頷くと、青島は「しまった」という顔をした。
その顔を見て、室井は胃の辺りが重くなるを感じながら、目を伏せた。
「行ったら…君は恩田君と抱きあっていた」
青島は慌てて首を振った。
「ちっ、違うんです、そういうんじゃないんですっ」
力いっぱい否定されて、どこかで歓喜しながら、どこかで不安に思う。
青島の言葉を信じきれずにいる室井を見て、青島は決心したように口を開いた。
「怒んないでくださいね?」
室井が訝しげな視線を向けると、青島は愛想笑いを浮かべた。
「ええと…そのぉー…実はですね。あの公園で最近暴行事件が続いていてですね」
「ああ、それで張り込んでいたのか」
室井の言葉を曖昧な笑顔で聞き流すと、青島は続けた。
「被害者はどれもカップルばかりでした」
「カップル?」
「ええ…それで、ですねー、あのぉ〜」
言い辛そうに言葉を濁した青島を見て、室井もぴんとくる。
「おとり捜査か」
青島は曖昧に笑ったまま、頷いた。
おとり捜査は原則禁止されている。
室井はあの時の袴田の態度が不自然だった理由が、ようやく分かった。
あの後の出来事の方がずっと衝撃的で今の今まで気にも留めていなかったが、袴田は室井におとり捜査の件がバレることを危惧していたのだ。
室井は今が何の最中かをするっと忘れてしまうと、難しい表情を浮かべた。
「君たちはまた…」
「いや、室井さんの言いたいことは分かるんですけどねっ」
青島は慌てて弁解を始める。
何故か正座だ。
「事件の早期解決のためには致し方ないというか、最良の選択じゃないかなーなんて…」
室井が難しい表情を崩さないでいると、青島の語尾がドンドン小さくなっていった。
「俺は君たちの仕事を理解しているつもりだ。多少の違反は止むを得ないとも思っている」
だからといって、それを容認するつもりはなかった。
可能な限りは規則に則って捜査すべきだし、そう簡単に危険な手段を選んで欲しくは無い。
今度の捜査にどうしてもおとり捜査が必要だったとは思えないのだ。
室井がじっと青島を見つめると、青島は正座したまま背筋を伸ばした。
緊張が見て取れる。
青島だって、室井の気持ちが分からないではないのだろう。
「す、すいません」
「捜査方法の見直しを、袴田さんと話し合ってくれ」
「了解です」
室井が頷くと、青島も安心したように肩の力を抜いた。
「……君たちのやり方に口を出したいわけではないのだが」
室井が付けたすと、青島は苦笑した。
「分かってます。悪いの俺たちっすから。最初から聞き込みと張り込みだけで、捜査すべきだったんです」
反省してますとぺこりと頭を下げた青島に、室井も表情を緩めた。
そして、ハッとする。
随分話が逸れたが、そんな話をしている場合ではなかった。
室井の表情の変化で青島も思い出したのかようだった。
「あ…あ、じゃあ、あれを見て、俺とすみれさんが?」
室井は複雑な表情で頷いた。
まさか二人がカップルの真似事をしているとは、思いもしなかったのだ。
青島は乾いた笑いを浮かべる。
「あははは…犯人じゃなくて、室井さんを騙しちゃいましたね」
「笑い事じゃない」
ぐっと眉間に力を込めた室井に、青島は目を見張った。
「俺は君と恩田君が付き合っていたんだと思って、それで…っ」
「ま、待ってくださいよっ。だって室井さん、好きな人いるって」
「だからそれが君だと言ってるんだっ」
「ええっ!?」
本当に全く全然一つも伝わっていなかったらしい。
室井は渋面になった。
「俺は君に告白したつもりだったんだ、あれで」
「…っ」
青島は信じられないというような顔で室井を見つめていたが、徐々に赤面する。
「も、もっと素直に言ってくださいよっ」
「これ以上ないくらい、素直に言ったっ」
「どこがですかっ」
「どこからどう聞いたって、お前のことだろうっ」
室井が思わず怒鳴ると、青島は赤い顔のまま口をパクパクさせた。
動揺の激しい青島とは逆に、室井の方がいくらか落ち着いてきた。
ずっと抱え込んできた気持ちを漸く伝えることができて、スッキリしたのかもしれない。
―青島が……俺を?
ようやく室井の脳も、青島の言葉を正確に捉えた。
青島も、室井が好きだったと言った。
じっと青島を見つめると、さっきの緊張した顔とは全く別の顔を見せている。
口元を手で隠しているが、それくらいでは赤い顔は隠れない。
信じられないモノを見るような眼差しで室井を見つめていたが、その目はどうしようもなく揺れていた。
室井は静かに立ち上がると、青島の傍に近付く。
それでも呆然と自分を見上げてくる青島は、微動だにしなかった。
「青島…」
青島の前に膝をつくと、青島はぎこちなく口を開いた。
「俺…室井さんに好きな人がいるんだと思って、それで」
「俺を避けた?」
「だって、中途半端に傍にいたんじゃ、いつまで経っても忘れられない」
やはり一倉の推測は間違えてはいなかったらしい。
「だから自分の中で整理できるようになるまでは会わないって、決めてたんです」
青島は室井の好きな人を誤解して、室井と決別するつもりでいたのだ。
「青島」
室井は手を伸ばすと、青島の手にそっと触れた。
一瞬ビクリと反応を示したが、その手を振り払われるようなことはない。
少しの間の後、青島の手が室井の手を握り締めてきた。
「俺たち……バカみたいだ」
苦笑を浮かべたが、どこか照れ臭そうな笑みでもあった。
室井もつられて小さく笑みを零し、少し深く息を吐く。
「すまない、あの時に俺がちゃんと伝えていれば」
「それを言ったら、俺だってそうでしょ。勝手に誤解して勝手に諦めようとしてたんだから」
お互いに少し勇気が足りなくて、少し鈍感だっただけのこと。
「遠回りはしましたけど…無駄じゃなかったしね」
はにかんだ青島が愛しくて、室井は握った手はそのままで空いた手で青島を抱き寄せた。
ぎこちなく抱き寄せると、青島もぎこちなく腕に納まる。
慣れない接触に緊張しながらではあったが、触れたいという思いは二人を素直に行動させた。
おずおずと背中に回された青島の手に、次第に力が篭る。
青島は室井の肩に顔を埋めて、呟いた。
「室井さん」
「何だ?」
「好きな人、いますか?」
ちょっと笑った声に、室井は目を丸くした。
それから微笑んで、青島を両手で力いっぱい抱きしめた。
今度はどんな誤解もされないように―。
「青島俊作」
肩から少し顔を離して、青島が視線を持ち上げる。
室井は目を細めて、青島を見つめた。
「君だけだ」
笑った瞳を見つめながら顔を寄せると、青島は静かに目を閉じた。
END
2005.8.5
あとがき
というわけで、伝わりました(笑)
「幸せにしてあげて!」とは頼まれましたが、
誰がこんなにベッタベタなラストにしろと言ったのでしょうか。
えー…誰も仰ってませんね。申し訳ありません(土下座)
ほら、でも、幸せには、ねっ!なりましたよ、ねっ?(誰に聞いて…)
最後だけは、こうと決めたらこう!な、室井さんだったような気がします(^^;
最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました!
K様がいらっしゃらなければ、青島君じゃないオダさんに
ここまで嵌ることは無かったんじゃないかなぁと思います。
本当にありがとうございました!
どこまでご希望に添えたかは分かりませんが、
少しでも楽しんで頂けていることを願っております。
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