「そりゃ、お前、告白されてたんじゃないのか?」
室井はコーヒーを噴き出した。
汚ねぇなぁと零しながら、一倉がハンカチを差し出す。
捜査一課は幸い皆出払っていて、室井と一倉しかいなかった。
それをいいことに、二人でちょっとサボっている。
そういうと聞こえが悪いが、もうじき会議が始まるので、それまで待機しているだけのことである。
そのちょっとの時間を利用して、人生相談をしていた。
室井だって、できるなら一倉に相談なんぞしたくない。
だが室井にはこんな話を相談できる相手が、この男くらいしかいないのだ。
―選択の余地は無い。
などと室井が思っていることを知ったら、さすがの一倉も怒るかもしれない。
「……なんで、そんな話になるんだ」
室井はハンカチを有り難く拝借して口元を拭いながら、一倉を睨んだ。
「されてないまでも、しようとしてたんじゃねーかってことだよ」
「だから、なんでそうなるんだ」
「じゃあお前は、なんで青島がそんなことを急に聞きだしたと思ってるんだよ」
「……気になるから、と言っていたが」
バカ正直に答えたら、一倉が力いっぱい溜息を吐いてくれる。
室井は眉間に皺を寄せたが、そんなことを気にする一倉ではない。
すっかりお説教モードに入っているようだった。
「なら、気になる理由は?お前、ちょっとは考えてみたか?」
青島が室井の好きな人を気にする理由。
「…好奇心?」
「お前なら気にするか?どうでもいい上司の好きな相手なんて」
「……」
「考えるだけ、時間の無駄だろう。俺なら、2秒と考えないね」
お前ならそうだろうなと思ったが、室井も似たようなものだ。
上司に限らず興味の無い相手の好いた相手など、正直どうでもいい。
一倉ではないが、考えてもみないだろう。
「でも…しかし」
室井は渋面になった。
一倉の言うことにも一理はあるが、それでも青島が自分を好いていてくれているとは思えない。
恋愛感情という意味でなければ、別である。
彼の好意は感じるし、信頼も感じる。
だが、一倉の言う「好き」とは違うはずだった。
「青島は俺を励ましてくれたんだぞ…俺を好きだったらしないだろう」
「そう言わざるを得なかったんじゃないのか?告白したかったけど、お前に他に好きな人がいると聞いてしまって、言うに言えなくなったんじゃないのか?」
「やめてくれ」
室井は苦い表情で、残っていたコーヒーを飲み干した。
「変に、期待したくなる」
ポツリと本音を零したら、一倉は苦笑した。
「確かめてみるべきだと、俺は思うぞ」
「確かめるって……俺のことを好きかって聞くのか?聞けるか、そんなもん」
「簡単なことだろう」
一倉は呆れた顔で言った。
「お前が告白するんだよ」
それで充分こと足りるじゃねぇかと言われて、またも納得させられる。
それはそうだ。
青島の気持ちがどうであれ、室井が告白をすれば青島は嫌でも返事をしなければならないから、
青島の気持ちがはっきりする。
ことが恋愛に絡むと、青島に絡むと、どうも真っ当な思考回路を保てないらしい。
これでは一倉に呆れられても―癪だが、仕方が無い。
室井は空になったカップを手の中で弄びながら、目を伏せた。
「お前の言う通りだな」
「だろ?……でも、まだ不満そうだな」
一倉の言ったことは正しいと思うから、不満なわけではない。
ただ、そう簡単なことじゃない。
一倉の話だと両想いが前提になっているが、どこにそんな保証があるというのか。
告白してダメだったら、それで終わってしまう。
夕べは告白するつもりで青島に話したが、今朝になったらもうダメだ。
素面になって落ち着けば、やっぱり振られるのは怖いし嫌われるのも怖い。
我ながら情けないと思うが、相手が相手なだけに情けなくもなる。
「まあ、おまえ自身のことだから、好きにしたらいいと思うが」
「…なんだ」
「青島がお前のことを好きだった場合、お前が青島を振ったことになるんだぞ?」
その辺分かってるか?と聞かれて、室井は絶句した。
一倉の主張を中々信じられなかった室井だったが、室井がもしかしてと疑いだすまでに、そう時間は掛からなかった。
あの日を境に、青島と会うことがなくなったからだ。
室井はあれから数回青島を飲みに誘ったが、返事はいつも一緒だった。
「すいません。今忙しくて」
冷たく言われるわけではない。
申し訳無さそうに謝って、「また今度」と言ってくれる声は、いつもの青島の声だった。
だが、避けられている気がする。
偶然なのかもしれないが、偶然が何度も続けば疑いたくもなるだろう。
室井はたった今切ったばかりの携帯電話を弄びながら、ソファーに横になった。
―まさか本当に…。
―いや、避けられているとしても、一倉の言う通りではないかもしれない。
避けられているのが事実でも、その理由が室井を好きだったからとは限らない。
室井を好きだった場合、室井に他に好きな人がいると誤解をしていたら避けたくもなるだろうが、避けたくなる理由は普通に考えれば他にもあるだろう。
例えば。
―単純に嫌われた…とか。
自分で考えて、自分でへこむ。
重たい溜息を吐いて、腹の上に携帯を投げ出し、両手を組んで枕にした。
―こんなことなら、言ってしまえば良かったのだろうか。
あの時素直に「君が好きだ」と言えていれば、その後がどうなるにしろ、こんなふうに悶々とすることは無かっただろう。
青島がなぜ、あんなことを尋ねたのか。
なぜ、今になって室井を避けているのか。
室井なりに考えてはみたが、やっぱり分からない。
青島の気持ちである。
室井が考えてみたところで、憶測を出ないし、どの答えにも自信は無い。
室井にはっきりしていることなど、自分の気持ちだけである。
「…それだけはっきりしていたら、十分か」
どっちみち避けられてこのまま離れてしまうのなら、嫌われても軽蔑されても告白するべきじゃないだろうかと、室井は思った。
進めないし終われないのでは、室井はいつまで経っても苦しいままだ。
告白してしまうことで室井が一番危惧しているのは、青島との約束の存在だ。
室井が告白することで青島との関係が本当に終わってしまうかもしれない。
それでも、室井は青島との約束だけは反故にする気は無かった。
だけど、青島はどうだろうと思う。
室井の気持ちを知って離れていく分には仕方が無いが、約束まで無かったことにしてしまわないだろうか。
青島のことだから有り得ないと思う反面、自分の気持ちが普通じゃないことも分かっている。
ちょっとでも室井と関わりたくないと思えば、いつまでも約束に拘られては迷惑かもしれない。
室井が上にいって警察を変える。
勝手にすればいいことかもしれない。
約束がどうとかではなく、室井が正しいと思ったことをすればいいだけのことかもしれない。
だけどそれには、警察を変えるには。
青島の存在は必要不可欠なのだ。
少なくても、室井にとっては。
現場で頑張る青島がいてくれるから頑張れるし、警察を変えることに意味があると思えるのだ。
しかし青島がいなければ―――。
―いや、その心配だけはない。
誤解やすれ違いがあったとはいえ、室井が青島たちを裏切ってしまったあの時にも、青島は室井を信じようとしてくれた。
それを考えれば、青島もきっと約束を反故にしたりはしない。
室井の気持ちを知っても、きっと現場で頑張ってくれる。
室井のことを信じて、室井が警視総監になることを願ってくれる。
室井は上半身を起こした。
瞳には力強さが戻っている。
「よし、決めた」
告白をすることを、心に決めた。
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