あなたが望むなら(前編)












青島は仕事帰りに、真っ直ぐ室井の自宅へ向かった。

室井から「少し遅くなる。すまないが家で待っていてくれないか?」というメールを貰っていた。

どうやら仕事が長引いているらしい。

そんなことは日常茶飯事なので、青島はもちろん了承した。

室井の自宅に着くと、合鍵で侵入する。

「お邪魔しまーす」

主はいないが、言ってみた。

電気をつけてカーテンを閉めると、上着を脱いでハンガーに掛けた。

何度も来ている部屋なので、勝手は分かっている。

インスタントコーヒーを淹れて、ソファーに腰を下ろす。

室井が青島のために用意してくれた灰皿がテーブルの上に置いてあった。

自分が来なくても当たり前のようにそこに置かれている。

そんなことが何となく嬉しくて、少しだけ笑みを零す。

一服しながらテレビをつけて、小一時間を過ごした。

遠慮のない欠伸を漏らしながら、青島は煙草を消して立ち上がる。

―・・・・・・ちょっと、寝て待ってようかな。

残念なことに面白い番組もやっていなく、会いたい人はまだ帰らない。

明日は揃って非番である。

どうせ中々眠れないのだから、仮眠を取っておくのも有効な時間の使い道の一つだろう。

寝室に入ると、電気をつけずにベッドに横になる。

室井の布団で寝るのは好きだが、そこに一人で寝るのはやはりちょっと寂しい。

そう思いながら苦笑して、寝返りを打った。

「・・・っと」

その拍子に胸ポケットからライターが飛び出し、ベッドの下に落ちる。

煙草と一緒にいれてあったのを忘れていたのだ。

くしゃくしゃにしてしまう前に煙草を取り出しサイドボードに置くと、床に手を伸ばす。

横着をして手だけ伸ばすから、中々ライターが見つからない。

ベッドの下にでも落ちたかなと思い、そちらにも手を伸ばす。

ふと、ライターじゃないものが、手に当たった。

「・・・・・・」

青島はパタパタと手で触れて、目を丸くした。

そして、思わず笑う。

「室井さんも男だねぇ・・・」

手に当たる感触は、本のようだった。

それも厚みのない雑誌。

ベッドの下の雑誌とくれば、思い当たるものはソレしかない。

所謂エロ本。

「中学生じゃあるまいし、何もベッドの下に隠さなくてもいいのに」

クスクス笑っていたが、ふと思い立って笑みを引っ込める。

―てことは、室井さんがコレで・・・・・・?

そう思うと、ちょっと複雑な気分だ。

室井だって男だ。

青島と会えない日々が続けば、自分で処理することもあるだろう。

それは青島だって一緒である。

だが、青島はこの手のものは使わない。

室井と交際するようになってからは、その時に思い出すのは室井との行為だった。

もちろんAVやエロ本を見れば興奮するのだろうが、今の青島の快楽の中心にいるのは室井だけ

である。

だから自分でする時も、自然とそうなった。

それを室井に強要したいわけではない。

やっぱり同じ男だから、そういうものに興奮する気持ちも分かるのだ。

だが正直なところ、面白くない。

室井がどこぞの女性で致しているのかと思うと、それが例え想像上のことでも面白くなかった。

―・・・やっぱり女の子の方が良いのかな・・・。

ちょっと思って、首を振る。

室井がそんなことを思いながら自分と交際しているわけがない。

室井は真剣に青島を愛してくれていた。

その気持ちはちゃんと信じているのだ。

とすれば、単なる処理用としての道具と割り切るしかない。

それこそ男同士だ。

繰り返すが、理解はできるのだ。

青島は開き直ると、からかうような気持ちで本を取り上げた。

実際後で話題にして、室井をからかってやろうと思っていた。

そうした方が、心に溜め込むよりずっといい。

「どんな子でしてるんだか・・・・・・・・・・・・!?」

青島は薄暗い部屋の中で、持ち上げた雑誌の表紙を見つめて、呆然とした。

寝そべっていた身体を、思わず起こす。

慌ててベッドサイドのライトをつけると、恐る恐るもう一度表紙を見つめた。

緊縛された男性が、悩ましげな視線をこちらに向けている。

身間違えようもなく、SM雑誌だ。

しかも、ゲイ向けの。

青島は軽いパニックに陥った。

―え?ええ?な、何で室井さんの部屋にこんなものが・・・。

―室井さんに・・・こんな趣味が!?

―いいいや、だって、こんなの一度も・・・。

青ざめたり赤面したりしながら、青島は必死に考える。

室井との行為で、この手のことを要求されたことは一度もない。

日頃の室井からはちょっと想像がつかないような情熱的な一面はあるにせよ、いつだって優しく

て楽しいセックスだった。

少なくても青島はそう思っていたし、それに凄く満足していた。

でも、もしかしたら室井は違うのかもしれない。

室井がSMに興味があるのなら、室井は青島との行為に満足していなかったのかもしれない。

青島はそう思うと、真っ青になった。

―俺・・・室井さんに我慢させてるんだろうか・・・。

室井に迫られたことがないとはいえ、言い出せないでいるのだとしたら、我慢させているのかも

しれなかった。

今は室井が我慢することで表面上は上手くいっているのかもしれないが、無理をさせているのな

ら、いずれどこかで破綻をきたすだろう。

セックスが交際の全てではないが、大きな要因であることも間違いじゃない。

そんなことが理由で室井と別れなくてはならないなんて、青島は絶対にいやだった。

青島にはSMの類の趣味はない。

だからといって、それを理由に室井を嫌いになったりはしない。

こればかりは趣味趣向の問題だから、青島のせいでも室井のせいでもないのだ。

青島としては、痛いのは嫌だ。

好きな人には優しくしたいし、されたいと思うのだ。

月並みだが、セックスは愛情を確かめあうための行為ではないのだろうか。

―だけど・・・・・・SM趣味の人たちにしてみれば、こういう行為が愛情表現なのか・・・・・・。

青島は表紙を見つめた。

じっと見つめて、そっと捲ってみる。

数ページ捲って、表情がどんどん曇っていく。

ただ見るだけなら青島だって子供じゃないから、見ることくらいはできる。

自分の知らない世界があるものだと、思うくらいである。

だけど、自分の身に降りかかっていると思えば、そんな悠長に見てはいられない。

―・・・無理、絶対無理・・・。

―この人たち・・・一体何して・・・っ。

―い、痛いって・・・そんなことしたら痛いって!

―ひ・・・っ、んな・・・格好、できるかーーー!

青島は心の中で絶叫して、雑誌を閉じた。

ついでに目も閉じた。

やはりこんなことをすることは無理だ。

いくら相手が室井でも、いや室井だからこそ。

こんな行為をされるのは嫌だし、あんな姿を晒すのも絶対に嫌だった。

だがしかし。

室井が望んでいるとしたら。

青島に無理して付き合い、優しくしてくれているのだとしたら。

―・・・・・・室井さんにだけ、我慢させるわけにいかないよな。

青島は静かに目を開いた。

自分だけ満足しているなんて、恋人として間違っている。

室井がどこまで望んでいるのか分からないが、青島は青島なりに歩み寄らなければならないので

はないだろうか。

青島がそんなことを考えていると、玄関のドアが開く音がした。

慌てて雑誌を元の位置に戻し、ベッドから降りて部屋の電気をつける。

ついでに落ちていたライターも拾って、寝室を出てリビングに向かう。

帰宅したばかりの室井が、青島を見て微笑んだ。

「遅くなってすまない。寝てたのか?」

寝室から出てきたからだろう。

そう尋ねられて、青島は笑顔を作った。

どうしてもぎこちなくなってしまうのは、自分自身でも感じたが仕方がない。

まだ衝撃から立ち直っていないのだ。

「ちょっと寝ようかなと思ったところだったんです」

「そっか・・・・・・具合、悪いのか?」

青島の異変をすぐに感じ取ったらしい。

青島は曖昧に笑って、頷いた。

「ええ・・・ちょっと腹の調子が」

そういうことにしておいた方が、無理がなくていい。

ヘタに元気だと言ってしまうと、余計に心配させてしまう。

「腹壊してるのか?」

「夕べ暑かったから、腹出して寝てたのかも」

肩を竦めると、室井は苦笑した。

「仕方ないな・・・今日は酒はダメだな。粥くらいなら食えるか?」

「はい、あ、いや、自分でやりますよ」

「いい。調子悪いならじっとしてろ。それに、俺が作ったほうが早い」

気を使ってくれているのが分かるから、青島はわざとにいじけた振りをした。

「酷い。お粥くらいなら、俺だってちゃちゃっとですねぇ」

室井は青島をちょっと見上げて小さく笑った。

そして軽く唇を重ねると、上着を脱いでシャツの袖を捲った。

「いいから、座って待ってろ」

そう言って、台所に向かって行った。

青島は大人しくソファーに腰を下ろし、指先で軽く唇に触れた。

―こんなに優しい人が・・・あんなことを。

未だにちょっと信じられない。

だが、アレも愛情表現の一つ。

室井がしたいことの全てを叶えてはあげられないと思うが、青島にも可能な範囲でなら応えてあ

げたかった。

―室井さんも・・・ちゃんと気持ち良くしてあげたい。

青島はそう思った。

























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(2005.6.30)


しつこいですが、ギャクです。
笑うところはないですが、ギャグです(笑)

何だか微妙に下品な話題でどうもすみません・・・;
それにしたって、ベッドの下にあるからって即エロ本って決め付けなくても良いですよね(大笑)

大したお話ではないので、期待せずに後編をお待ち頂ければと思います(^^;
いきなりサドな室井さんが現れたりはしませんので、それだけはご安心をっ(笑)