あなたが望むなら(後編)












青島が最近変だ。

室井は帰宅したばかりの部屋で、上着だけを脱いだ格好でソファーに座り込んだ。

青島とはつい先程まで一緒にいた。

外で一緒に酒を飲み、自宅に誘ったが断られた。

ここ何回かのデートはいつもそうだった。

時間が出来れば一緒に食事には行くのだが、どういうわけか室井の部屋には来なくなった。

青島の部屋にもしばらくは行っていない。

―避けられてる・・・?

室井自身を避けられているとは思っていない。

食事には行っているし、青島からも誘ってくる。

会いたいとは思ってくれているのだ。

避けられているのは、部屋に行くことと呼ぶこと。

ただでさえ頻繁には会えないので、今までは時間さえできればなるべく互いの部屋で一緒に過ご

した。

それをあえて青島は避けている。

青島は室井と身体を重ねることを避けているのだ。

いくら鈍い室井でも、それにはさすがに気が付いた。

―何か、しただろうか。

室井は眉間に皺を寄せて考える。

青島を怒らせるようなことを、傷つけるようなことをしただろうか。

身体を重ねないまでも会いたいと思ってくれているから食事に誘ってくれるのだろうが、最近は

室井といてもどこかぎこちない笑みを浮かべている。

何か悩んでいるのかもしれない。

それには気が付いていたが、どう切り出したらいいのか分からなかった。

上手に青島の悩みを聞きだしてやることすらできない自分の不器用さが腹立たしい。

それに悩みどころか別れ話だったらと思うと、怖くて切り出せないという思いもあった。

あまりに自分自身が情けなくて、室井は眉間に皺を寄せたまま溜息を吐いた。

でも、いつまでもこのままではいられない。

こんな状態のまま付き合い続けていくことは難しい。

青島にとっても室井にとっても、精神的によろしくない状況だ。

やはりちゃんと話し合うべきだった。





室井が突然青島の自宅に訪れると、青島は酷く驚いた顔をしたが、さすがに追い返したりはしな

かった。

驚きながらも、もちろん部屋に上げてくれる。

「突然来るなんて珍しいですね」

「迷惑だったか?」

「まさかっ」

即答してくれたが、やはり笑顔に力がない。

「食うものあったかな」

青島が台所に行こうとしたので、室井はそれを止める。

「いいんだ、気にしないでくれ」

「でも・・・」

「飯を食いに来たわけじゃない」

青島の顔が強張った。

青島にも室井が突然来た理由が分かっているのだろう。

ここのところ様子がおかしかったのは、室井の気のせいではないというわけだ。

ならば、尚更ちゃんと話さなければならない。

「話があるんだ」

改めて室井が切り出すと、青島は俯いてしまった。

「・・・・・・すいません」

小さな声で言われるが、室井にはどういう意味の謝罪なのか分からない。

「俺・・・・・・やっぱり無理みたいです・・・・・・」

今度は室井の表情が強張った。

顔だけじゃなく全身が硬直する。

無理というのは室井と身体を重ねることだろうか。

それとも室井との交際自体が無理だと言っているのだろうか。

どちらにせよ、室井にとっては絶望的だ。

―せめて・・・せめて身体だけなら・・・・・・。

室井のことは好きだがセックスしたくないというのなら、辛いがまだ我慢できる。

本当に辛いが、別れることを思えばはるかにマシである。

室井は祈るような思いで、青島を見つめた。

「青島・・・それは・・・」

顔を上げた青島が、必死の形相で見つめ返してくる。

「俺、やっぱり痛いのはイヤなんだっ」

室井は思わず真っ青になった。

―そ、そんなに痛かったのか!?

室井の脳裏に初めて身体を重ねた時の青島の様子が浮かんだ。

確かに辛そうだった。

そこは何かを受け入れるための器官じゃないわけだから無理が生じるのも当然で、だからこそ室

井も精一杯優しくしたつもりだった。

大分慣れた今でも丁寧に、たまに青島に嫌がられるほど丁寧に致していたつもりだったのだが、

それでも青島にとっては辛いことでしかなかったのだ。

室井は真っ白になった頭の片隅で思った。

―俺はそんなにヘタクソなのか・・・。

色んな方向にショックを受けている室井を見て、青島は青島で悲しそうな顔をしている。

「俺も・・・俺も何とかしたくて色々勉強したんですけど・・・」

青島に何とかしてもらわなければならないほど酷いのかと思うと、申し訳ないやら情けないやら

で泣きたくなる。

どれだけ我慢させていたのか。

室井は青島を抱きしめた。

嫌がらずに腕に納まってくれる。

「すまなかった」

「俺こそごめんなさい。室井さんの願い、叶えられない」

「・・・・・・傍にいてくれれば、充分だ」

抱きしめる腕に力を込める。

青島なりに必死に自分を想ってくれているのが分かるから、室井にはそれ以上何も言えなかった。

「でも、俺だけ満足してるなんて・・・っ」

「・・・・・・え?」

室井は意味が分からず首を傾げた。

それに気付くことなく、青島は室井の肩に顔を埋めて背中を抱きしめてくる。

「すいません、俺・・・・・・ナワもムチもロウソクも無理です」

室井はまた硬直した。

衝撃で言えば、最初よりも大きな衝撃だった。

―な、何?

「あんな痛そうなこと、どうしてもできませんっ。室井さんのことは・・・・・・誰より愛してるけど」

青島が縋るように室井の背を抱きしめてくる。

室井は訳が分からないまま、青島の告白を聞いて条件反射でキツク抱きしめ返す。

「あ、青島?」

困惑している室井に、青島は顔をあげると真剣な眼差しで言った。

「手を縛るとか目隠しするとかじゃ、ダメですか?」

室井は目を剥いて、絶句する。

いや、先ほどから殆どまともに喋ってはいないから、ずっと絶句しているようなものだが。

室井が立ったまま気絶しそうになっているというのに、青島の方は至って真面目だった。

「それくらいなら俺も何とか・・・・・・痛くはなさそうだし・・・・・・は、恥ずかしいことは恥ずかしい

んですけど・・・」

「あ、青島、ちょっ・・・」

「やっぱりダメですか?俺が苦しんでないと興奮しない?」

切ない表情で何ということを言うのか。

「青島っ、ちょっと待ってくれ!」

堪らず、室井は青島の両肩を掴んで身体を離した。

青島が酷く不安そうだったから、両肩を掴む手に力をこめる。

「君は一体、何の話をしてるんだ!?」

「何のって・・・・・・・・・・・・好きなんでしょ?」

「何が」

「SM」

「だ、誰が」

「室井さん」

沈黙。

あまりの言葉に何も言えない室井と、室井の言葉を待つ青島。

長い沈黙を破ったのは、茫然自失になった室井を見ていた青島の方だった。

「違うんですか・・・?」

「違うに決まってるだろうっ」

恐る恐る言った青島を思わず怒鳴り付けてしまう。

青島は目を見開いた。

「え?え?で、でも、じゃあ何で」

「落ち着け。落ち着いてちゃんと説明してくれ」

何故そんな誤解に至ったのか。

室井には理由がさっぱりだった。

青島に乱暴したことはもちろん無いし、してみたいと言ったことも無い。

乱暴したいと思ったことすらない。

青島は、好きな人は、大事にしたかった。

「だ、だって・・・・・・ベッドの下に・・・・・・」

困った顔で青島が呟いた。

「ベッド・・・?」

ベッドの下に何かあっただろうか・・・と眉間に皺を寄せて考えて、ハッと思い出す。

そういえば、いつぞやのSMクラブ関係者の殺人事件の時に、一倉が「参考資料だ」と言って室

井の部屋に置いていった雑誌があった。

「参考資料」とは名ばかりで、ただのゲイ向けのSM雑誌だったから、室井は碌に見ずに放り出

してしまった。

どこで手に入れて来たんだと言ったら「通販」という返事が返ってきて、室井に嫌がらせをする

ために手間と時間と金を掛ける一倉の執念に怒りを忘れて呆れたものだった。

後から処分しようと思ってすっかり忘れていたが、未だにベッドの下に放り投げてあったらしい。

それを青島が弾みで見付けたのだ。

そして誤解したのだ。

恐ろしい誤解を。

室井は一気に脱力した。

「青島、それは激しい誤解だ」

「え?ほ、本当に?」

目を白黒させる青島に、室井は頷いて、簡単に説明してやった。

話しを聞くうちに青島は目を丸くし、やっぱり脱力して、仕舞いには項垂れてしまった。

「何だよ、も〜・・・・・・一倉さんの嫌がらせ?」

「そうだ」

「俺の勘違い?」

「ああ」

「・・・・・・室井さん、俺とで満足してる?」

ちらりと視線を寄越すから、大きく頷いてやった。

「物凄く」

照れているのか少しはにかみながら、頭をかいた。

「なんだよ、も〜」

とまた繰り返した。

「恥ずかしな、俺、一人でバタバタしちゃって」

恥ずかしそうにボソボソと呟く青島に、室井は苦笑した。

「こっちこそ誤解させてすまなかった。しかし、SMとはな」

「どうもすみません・・・」

青島も面目無さそうに苦笑いを浮かべた。

まさか、そんな理由で避けられていたとは思いもしなかった。

だからといって、青島を責めることはできない。

だが、一倉の嫌がらせのせいで青島に触れられなかったのかと思うと、それはそれで腹立たしい。

尤も一倉に文句も言えないが。

言えば喜ぶだけである。

どんなに恨みがあろうと、一倉を喜ばすことだけは絶対にイヤだった。

それなら、さっさと処分してしまわなかった自分が悪いのだと割り切るほかにない。

今はとにかく、誤解が解けたこととこうしてまた青島に触れられることを、素直に喜んでおくこ

とにした。

その頬に久しぶりに触れると、当然のように青島は目を瞑った。

そっと唇を重ねると、青島の両手が室井の首に回る。

どちらからともなく舌を差し入れ、相手を誘い、求め合う。

随分身体を重ねていない。

性急になるのも仕方がなかった。

青島がもどかしげに、室井のネクタイに手を掛けてくる。

「その・・・勝手に誤解して避けておいて、申し訳ないんですけど・・・」

唇が触れる距離で囁いて、ネクタイを解いてゆく。

室井は微笑すると、青島の腰を抱いた。

言われるまでもなく。

誘われるまでもなく。

「俺ももう我慢できない」

青島は照れ臭そうに、それでも嬉しそうに笑みを零して、唇を寄せてきた。





「それで、青島」

押し倒した青島の鎖骨の辺りを吸う。

「・・・っ・・・はい?」

少し眉を顰めて、室井に視線をくれた。

それを見つめ返しながら、室井は酷く言い辛そうに言う。

「・・・・・・した方がいいのか?」

「・・・?今、してるんじゃないですか?」

ちょっと困惑したような青島に、室井は緩く首を振る。

セックスの話じゃない。

いや、セックスの話ではあるのだが。

「じゃなくて・・・・・・その」

「はい?」

「だから」

「室井さん?」

室井は一旦閉ざした口を、意を決して開いた。

「・・・・・・手、」

「え?」

「縛ったり、目隠ししたり、した方がいいのか?」

目を剥いた青島が、いきなり半身を起こした。

「何言っ・・・・・・し、したいわけないでしょっ!」

「・・・・・・君が言ったんだぞ」

「苦肉の策ですよっ・・・室井さんが普通じゃダメなんだと思って!室井さんにも・・・良くなっても

らいたかったから必死で考えたんですよっ、コレでも!」

真っ赤になって怒鳴る青島に、室井は感動すら覚えた。

「青島!」

「・・・って、え?あ、ちょっ、待っ、室・・・!」





この晩、散々泣かされた青島は、自分の浅はかさを呪った。

―これでこの人が満足してないわけないじゃん・・・。

二度とこんな勘違いをするもんかと、心に誓った。

























END
(2005.7.2)


しつこく繰り返しますが、ギャグのつもりです。
笑うところはありませんがーーー・・・(本当にしつこい>笑)

二人とも至って真剣だという辺りが、ギャグなのでは・・・ないかと。

また微妙なお話になってしまいまして、申し訳ありません(^^;
ぶっちゃけ、皆様からメッセで頂いたネタの方が面白いと思うのですが〜。
あはははは・・・(笑ってる場合か)

足りないところは、皆様の妄想で補完して頂けると有り難いです!(><)