■ Before I know(5)


青島は薄暗い資料室で、資料の整理をしていた。
交番勤務ではなくなったものの、湾岸署どころか刑事課にすら戻れていない。
それでも青島は腐ってはいなかった。
青島に出来ることは、ここにだってある。
今は過去の事件の資料をパソコンに打ち込んで、データベース化していた。
薄暗い中でディスプレイを見続けているのはさすがに疲れる。
青島はキリの良いところで手を止めると、軽く伸びをした。
ディスプレイから視線を逸らすと、隣に置いてあった携帯電話に手を伸ばす。
当然だが、改めて確認するまでもなく、着信もメールの受信も無い。
「……」
青島は小さな溜息を零した。
室井とは一月会っていなかった。
毎週毎週欠かさず会っていたのに、だ。
何があったわけではない。
ただ室井の都合が悪くなっただけ。
間で二度、青島は室井を誘った。
しかし、二回とも室井が忙しかったらしく、断られた。
さすがに三度誘うのは躊躇われて、それから連絡は取っていない。
二度目の断りの時は、青島がメールで誘ったにも拘わらず、室井はわざわざ電話をくれた。
本当に申し訳なさそうに謝罪を口にした室井だから、急に青島を嫌いになったわけではない、と思いたい。
会えずにいる分だけ、青島は無性に室井に会いたくなっていた。
頻繁に誘ってくれていた相手が、急に連絡すら寄越さなくなる。
青島は苦笑した。
―なんか、『押して駄目なら引いてみろ』、みたいな…。
そこまで考えて、ハッとした。
そして赤面する。
青島は別に室井に口説かれているわけではない。
ましてや、男同士。
いつかすみれに青島自身が言った通り、「有り得ない」ことだ。
それなのに、思わず室井が駆け引きでもしているかのように感じてしまった自分が恥ずかしい。
「…大体、室井さんにそんな器用なマネ出来るわけないよな」
青島が知る中で一番不器用な男の顔が浮かんで、知らず表情が緩む。
それに気が付いて、慌てて引き締めた。
「だから俺は何を考えてるんだ」
室井の性格の問題ではない。
そもそも室井が駆け引きをする必要などどこにもないのだ。
ないはずだ。
多分。
きっと。
―無い、よなぁ。そんな関係じゃないもんね、俺ら。
と考えて、青島はとうとう頭を抱えた。
「だからそんな関係って、どんな関係だっつーんだよ…」
青島はゴールの無い迷路に迷い込んだ気分だった。
青島と室井の関係。
部下と上司。
もう少し突っ込んで言えば、友人と言えるかもしれない。
青島自身はそうだと信じてきたが、ようやくそれだけじゃないような気がしてきた。
何かがおかしい。
ずっと思ってはいたが、ここにきてその「何か」が強く存在感を示すようになってきたのだ。
少なくても青島にとっては。
室井がどう感じているかは知らない。
初めから、室井の考えていることは、何一つ知らなかった。
青島は黙って携帯を眺めた。
―室井さんに会いたい。
はっきりとそう思った。
―顔が見たい。声が聞きたい。話しがしたい。何を考えているのか…知りたい。
青島がそう思った瞬間に、携帯の呼びだし音が鳴った。





「この前は誘ってくれたのに、すまなかった」
室井が申し訳無さそうに言うから、青島は緩く首を振った。
「いえ」
久しぶりに室井の部屋にお呼ばれした青島は、やはり久しぶりに室井の手づくりの食事にありついていた。
「バタバタしてしまって、ようやく時間が取れたんだ。…急で大丈夫だったか?」
室井の伺うような視線に、青島は小さく微笑んだ。
「ええ」
「そっか…なら良かったんだが。そういえば、杉並北警察署に移ったんだって?」
「あ、はい」
室井は青島の異動のことを、ずっと気にかけてくれている。
いずれ湾岸署に戻してくれるのは、きっと室井だろうと思う。
それを期待しているわけではないが、室井ならきっとそうしてくれるだろうという気持ちはあった。
…本音を言えば、全く期待していないわけでもないが、それを期待して室井とこうしているわけでは、もちろんない。
「どうだ?」
室井が短く尋ねてくるから、青島はわざとらしく肩を竦める。
「湾岸署よりも静かで落ち着いてます」
室井は苦笑した。
「湾岸署が特殊なんだ」
「でしょうね」
室井が酒をついでくれるので、返杯しながら青島は質問をした。
「忙しかったんですか?」
「ああ…警備局に異動になったんだ」
「警備局?刑事部じゃなくなったんですか?」
「ああ」
少し室井の表情が曇った。
警備局ならば、捜査には携われない。
室井だって青島と一緒で、捜査に関わっていたいはずだった。
だがきっと、この異動は昇進への一歩だ。
ならば、室井はもちろん青島だって喜ばなければならない。
青島は明るく笑った。
「そうですか。どうです?警備局は」
青島の笑顔につられてか、雲っていた室井の表情も少しだけ緩くなる。
「引継ぎなどでバタバタしていて忙しかったのだが、警備局自体は…」
肩を竦めた。
どうやら、暇らしい。
「室井さんはワーカホリックの気があるから、たまにはそういう部署もいいんじゃないですか?」
励ましになるかは分からないが、青島は笑いながら室井のグラスを満たした。
室井は苦笑を浮かべた。
「君も、大した変わらないと思うが?」
「室井さんほどじゃないですって」
「…どっちもどっちか」
小さく溜息を吐いた室井に、青島はひっそりと笑った。


ふっと訪れた沈黙を、室井が破る。
「それにしても、久しぶりだな」
柔らかく微笑まれて、青島は思わず赤面した。
それに気が付いたのか、室井の表情が少し動く。
「青島…?」
「い、いや、何でも無いです」
これでは何でも無くないと言っているようなものである。
室井に微笑まれただけで、優しい目で見つめられただけで、顔が熱くなる。
何故こんなことになっているのか、青島にだって分からない。
軽く混乱気味な青島が視線を逸らすと、不意に室井の手が伸びてきた。
頬に触れられて、青島は当然の如く驚く。
ぎょっとして室井を見ると、室井は真剣な顔で青島を見ていた。
「…室井さん?」
「青島」
「は、はい?」
目を白黒させている青島に、室井は言った。
「会いたかった」
それがどういう意味なのか、青島に考える余裕は無かった。
耳まで熱くなり、仕舞いには息苦しくなって、胸を押さえる始末。
青島だって会いたいと思っていた。
だが、何か違う。
こんな雰囲気はおかしい。
―これじゃあ、まるで…。
それ以上は、考えられなかった。
オーバーヒートした青島の脳は、機能を完全に停止していた。
脳どころか、身体の動きすら止まってしまった青島に、室井はそっと声を掛けてくる。
「青島…?」
青島はそれに弾かれたように反応を示し、慌てて立ち上がった。
「あ、あの、俺、用事が、急な用事が急用なんで、失礼します」
『頭痛が痛い』並に不自然な日本語を用いて、青島は室井に頭を下げた。
そして鞄を掴むと、一目散に玄関に向かった。
背後から青島を呼ぶ室井の声がしたが、青島は決して振り返らなかった。
振り返れなかった。










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2005.5.3

あとがき


一応ガイドブックなどを見ながら、時系列に注意してみたつもりなのですが…。
ズレが生じていたら、申し訳ありません〜。

次で終わりです!



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