■ Before I know(6)


インターホンが鳴った。
理由は無かったが、すぐに室井だと分かった。
青島が室井の家から逃げるように帰ってから、一時間と経っていない。
恐らく少し後に青島を追って、出て来たのだろう。
躊躇しているうち、また鳴る。
ソファーに座って頭を抱えていた青島は、顔を上げた。
動揺は収まっていたが、かなりイライラしていた。
分からないことだらけだった。
インターホンには応じず、玄関に向かう。
ドアを開ける前にもう一度躊躇した。
催促されるように鳴ったインターホンに居留守を使う気にもならず、またそんなことをしても意味が無いだろうと思い、大人しくドアを開けた。
「夜分にすまない」
先程まで面を突き合わせていたというのに室井の妙な律儀さに、青島は失笑した。
「…どうぞ、入ってください」
青島はそれだけ言って踵を返すと、室井がその後についてくる。
「何か飲みます?」
「いや、いい」
素っ気無い質問に、素っ気無い返事が返ってくる。
突っ立っている室井に構わず、青島はソファーに座ると煙草に手を伸ばした。
―何しに来たんだ。
聞きたかったが、聞いてはいけない気がした。
聞かなくても、知っている気もした。
聞かなくても―――。
「青島」
―――室井が言わないわけがない。
青島は煙草を深く吸い込んだ。
「そろそろ、ちゃんと話すべきだと思っていた」
灰皿に灰を落とす手が、微かに震えた。
緊張しているのか、怖がっているのか。
自分でも良く分からなかった。
「青島」
すぐ傍に室井が立つ。
少しの間の後、青島は視線だけを持ち上げた。
真剣な眼差しを見て、視線を向けたことをすぐに後悔したが、少し遅かった。
「好きだ」
煙草がカーペットの上に落ちた。
落とした煙草を室井が拾って、灰皿の上に置いてくれる。
驚いた。
驚いたが、それよりもやっぱりという気持ちの方が強い。
「…いつから」
「最初から」
青島は思わず笑った。
「一目惚れだとでも言う気ですか」
口から思わず出た棘のある物言いに、青島自身驚いた。
それでも、室井は平然としている。
「いや、俺が君を誘うようになった『最初から』という意味だ」
正確には査問委員会の後だったという。
室井が自分の気持ちに気がついたのは。
「もう会えないかもしれないと思って、自覚した」
淡々とした室井の告白を聞きながら、青島は煙草を何度も口に運んだ。
ということは、室井のお誘いは全て室井なりのアプローチだったのだ。
青島は今の今まで、いや、室井と会わなくなるまで全く気が付かなかった。
「なんで……最初に言ってくれなかったんですか?」
「最初に言ったら、君は俺と会ってくれたか?」
「……」
あの日に、鍋をご馳走になった日に、室井に告白されていたら―。
青島はどうしただろうか。
室井をそんなふうに見たことは一度もなかった。
今までは。
―…今までは?
青島は自分の思考に戸惑った。
「俺は、君に俺のことを知って欲しかった」
そんなことには頓着せず、室井の淡々とした告白は続く。
「君に俺を知ってもらった上で、気持ちを伝えたかった」
青島は灰皿に煙草を押し付けて、乱暴に消した。
混乱が酷くて、頭の中が整理できない。
「だから、俺を誘って、部屋に泊めて、合鍵を渡した?」
「そうだ」
「卑怯だ」
青島が睨むと、室井はそれを静かに受け止めた。
何も知らない青島を、室井は巧みにテリトリーに入れてしまった。
青島にとって室井といることは、既に当たり前になってしまっていた。
「今になって言うのは、卑怯だ」
「…かもしれない」
あくまでも冷静な室井に、青島は何故か余計にいらだった。
「じゃあ、この一月会わなかったのも、室井さんの策略なわけ?」
さすがに室井の表情が曇った。
「そんなつもりは」
「まさに『押して駄目なら、引いてみろ』ってわけだ」
室井が傷ついた顔をした。
それを見て言った後から後悔したが、一度口に出した言葉はもう撤回できない。
青島は視線を逸らした。
別に室井を傷つけたかったわけではなかった。
混乱しているせいか、頭がまともに働いていない。
室井の告白も、素直に聞けない。
裏切られたような気がしたのだ。
俯いた青島は、片手で額を押さえた。
「…異動で忙しかったというのは、嘘じゃないんだ」
長い沈黙の後、抑えたような室井の声がした。
「君に好きになって欲しくて近づいたことは、事実だ。言い訳はしない」
青島は少しだけ顔を上げて、自分の手のひらを見つめた。
だが、視界に手のひらが入っているわけではなかった。
「こんな恋愛の仕方しか知らなくて、すまない」
ゆっくりと室井を見上げた。
「君が好きだ」
一瞬だけ見つめ合うと、室井は踵を返した。
黙って出て行く。
ドアが閉まる音が響いて、青島は頭を抱えた。
深い溜息を吐いたが、息が微かに震える。
―俺を、好きだって?室井さんが?
好きだから青島を誘って、部屋に泊めて、合鍵を渡した。
青島に自分のことを知ってもらいたくて、好きになって欲しくて…。
そう思えば、室井は室井なりに必死で恋愛をしていたのではないだろうか。
室井がしたことはかなり遠まわしだが、男女間の、普通の恋愛のアプローチだ。
例えば青島か室井のどちらかが女性だったら、いくら青島だって気が付いたはずだった。
ならば、室井だけを責めるのはお門違いだ。
気が付かなかった青島にも責任がある。
青島は目を閉じて、乱暴に頭を掻いた。
「普通、気付くわけないだろう…室井さんが俺を、なんて」
室井をそんなふうに考えたことは、一度も無かった。
―今までは。
またそう思って、青島は目を開けた。
「今までは」ということは、今現在はどう考えているというのだろうか。
室井のこと、室井とのことを。
青島がこのまま無かったことにしてしまえば、室井から連絡がくることはもう無いだろう。
室井の性格からいって、青島を困らせるようなマネが出来るとは思えない。
多分室井にとって、告白は「始まり」か「終わり」のどちらかだったのだ。
このまま「終わり」にしてしまえば、青島は頭を悩ませる必要などない。
室井とは一緒に酒を飲むことはもう無いだろうし、ましてや部屋に泊まることなど絶対にない。
仕事以外の付き合いが無い、昔の関係に戻るだけだ。
元に戻るだけ。
プライベートで声を聞くことも、笑い顔を見ることも、傍にいることすらも。
もう二度とない。
それが、寂しいだなんて。
―考えたことも無かった。


青島はソファーから立ち上がった。
走って玄関に向かう。
乱暴にドアを開けて。
硬直した。
室井がドアの前にいたからだ。
あんぐりと口を開けた青島に、室井は眉間に皺を寄せて呟いた。
「……押して駄目だから、引いてみた」
間抜け面を晒していた青島は、少しの間の後、表情を歪めた。
顔をくしゃくしゃにすると、声を漏らして笑う。
「そうきますか」
「何でもする。君が好きになってくれるなら」
「…っ」
短く息を飲んだ。
すぐに言葉など返せない。
青島はこんな告白をされたことが無かった。
しばらく絶句して漸く深い息を吐くと、苦笑を浮かべた。
「…とりあえず、入ってください」
青島がドアを支えて室井を促すと、室井は少しだけ青島を見つめて再び室内に戻った。
ドアを閉めると、青島も部屋に戻る。
「座ってください」
青島が言うと、室井は少し躊躇ったが結局ソファーに腰を下ろした。
青島はテーブルの上の煙草を手に取ると、灰皿を持って、壁に寄りかかり床に座る。
「…青島」
いくらか困ったような表情で、室井が青島を見た。
「ちょっと、黙っててください」
青島は言うと、煙草を口に咥えて火をつけた。
深く吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。
その煙を、室井は黙って見つめていた。
―答えが出ていないわけじゃない。


室井の気持ちを聞いて、裏切られた気分になった。
でもそれは、何も知らなかったことがショックだっただけだ。
その証拠に、不快感は一つも無い。
室井が、男の室井が自分を好きだというのに、だ。
その室井の部屋に幾度となく泊まり、合鍵まで持たされているのに、だ。
不快に思うどころか。
むしろ―。


答えが出ていないわけじゃない。
会いたいと思った理由も、会えなくなると寂しい思った理由も、はっきりしている。
必要なのは、認める勇気だけ。
青島は灰皿の上に、煙草を置いた。
「俺も室井さんも、男ですよ?」
室井を真っ直ぐに見つめた。
真摯な瞳が返ってくる。
「分かってる」
「今のままじゃ、駄目なんですか?」
「今のままの関係を望むなら、俺は君に近づいたりしなかった」
当然だ。
青島との関係を変えたいから、室井は時間と手間を掛けて青島に近づいたのだ。
やはりアレで室井なりに必死で口説いていたのだと思うと、何だか可笑しい。
―今更元に戻れないのは……俺も一緒か。
青島は笑みを零しながら、そう思った。
煙草を消すと、一つ深呼吸をする。
立ち上がって、室井の傍に歩み寄った。
室井が少し緊張しているのが分かる。
それだけ、青島に余裕が出てきたのだろう。
自分の返事を待って緊張している室井が、少しだけ可哀想で、かなり愛しく思う。
青島は腰を屈めると、室井の顔を覗きこんだ。
ぎょっとした室井の唇を、そっと奪う。
軽く触れて離れると、室井が呆然と青島を見つめた。
少し頬が熱くなった気がした。
―『後はキスしてエッチするだけ』…か。なるほどね。
青島はすみれの言葉を思い出した。
あの時は有り得ないと思ったが、今となっては頷ける。
「あ…青島?」
呆然としたまま、室井が青島を呼んだ。
驚きすぎたのか、目が落っこちてきそうだ。
青島は思わず破顔した。
「室井さんは、俺をこういうふうに好きなんですよね?」
一瞬の間の後、室井は真顔になって頷いた。
「……ずっと、そういうふうに君を好きだった」
どこまでも、実直な室井の告白。
青島は頬どころか耳まで熱くなるのを感じながら、笑みを深めた。
「俺も、そうみたい」
室井が息を飲んだ。
驚愕にまた目が見開かれるのを見ながら、青島は屈めていた腰を伸す。
「これからも、よろしくお願いします」
照れ臭そうに室井の前に片手を差し出した。
その手を掴むと、室井に力いっぱい引き寄せられた。
当然、青島の身体が室井の方に傾く。
「うわ…っ」
室井に身体を預ける形になると、背中を抱きしめられた。
すぐ耳元で、室井の声がする。
「……本当に?」
低くて、少し掠れている。
青島は答える代わりに、そっと背中を抱き返した。
室井の抱きしめる腕が強くなる。
「嫌われたと思った…」
青島の肩に顔を埋めたまま、呻くように呟いた。
「室井さん…」
泣いてはいないようだったが、それでも抱きしめた室井の背中は震えていた。
青島はふっと微笑むと、その背を軽く叩く。
「ドアの前で待ってたくせに?」
少しだけ顔を上げると、室井は眉間に皺を寄せて呟いた。
「…あれはただ、帰れなかっただけだ」
「え?」
「君にこれ以上嫌われたくなかったから、帰ろうとしたんだ。だけど、足が動かなかった」
青島が目を丸くすると、室井はまた青島の肩に顔を埋めた。
「諦め切れなかっただけだ」
室井の告白を聞きながら、青島は精一杯室井の背中を抱きしめた。










END

2005.5.3

あとがき


思いの他、長くなってしまいました!
最後までお付き合いくださって、ありがとうございました。

私はどこまでも不器用な室井さんが好きらしいです…(苦笑)
あれやこれやと策を弄したのかと思いきや、ほぼ偶然の産物(大笑)
だから、うちの室井さんはヘタレなのでしょうねぇ。


りえ様。
大変お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした!
微妙な積極性をみせる室井さんで、申し訳ありません…(汗)
少しでも楽しんで頂けていると良いのですが;
この度は、リクエストをありがとうございました!



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