「おかしいわよ、絶対」
すみれに断言されて、青島は肩を竦めた。
久しぶりにすみれに誘われて、一緒に酒を飲んでいた席でのことだった。
青島が湾岸署を出されてから、三ヵ月が過ぎていた。
近況などについて話をしているうちに、何となく室井とのことまで話してしまったのだ。
そしたら、断言されてしまった。
「週一で室井さんと会ってるって?」
「うん」
「時々、室井さんの部屋に泊まってるって?」
「うん、そう」
「昨日も室井さんの部屋からご出勤?」
青島が頷くと、すみれはまた「おかしい」と言った。
「何で急にそんなに親しくなったわけ?」
すみれの疑問も尤もだ。
二人揃って暴走し査問委員会にかけられた仲であるから、仲が悪いわけは無い。
だが本庁とより関係が深かった所轄にいる頃よりも、交番勤務についている今の方が親しいというのもおかしな話である。
普通なら疎遠になるはずだった。
室井が青島に電話を掛けてさえ来なければ、そうなるはずだったのだ。
切欠はやはり「きりたんぽ鍋」だろう。
それをすみれに伝えると、すみれは首を傾げた。
「切欠に過ぎないわけでしょ?それって」
「ん?…まぁ、そうだけど」
「話を聞いてても、きりたんぽまでは理解できるのよ。室井さんなら口約束も忘れないだろうなぁと思うし」
その後が分からない、と言って眉間に皺を寄せてしまった。
そんなことは青島に聞かれたって良く分からない。
切欠を作ったのが室井だったら、その後も連絡を寄越したのは室井の方だった。
成り行きから、今となっては青島が誘うこともある。
だけど青島が室井の部屋に自由に出入り出来るように仕向けたのは、やはり室井だった。
青島の鞄の中には、いつかに預かった室井の自宅のスペアキーが今も入っている。
さすがにすみれには話していない。
この鍵の存在も、この鍵を自由に使っていいと言われていることも。
言うのが躊躇われるくらいだから、青島自身、室井との関係になんの疑問を持っていないわけではないのだ。
「室井さんも楽しかっただけじゃないの?」
青島は深く考えずにすみれに言った。
何度も誘ってくるくらいだから―揚句鍵を預けてくれるくらいだ、嫌われてはいないはず。
「も、ってことは、青島君は楽しいんだ?」
すみれの大きな瞳に見つめられて、居心地悪そうに青島は首筋をなぜた。
「そりゃあ、つまんないと思えば、週に一度も酒を飲もうとは思わないよ」
室井もそう思ってくれているのではないかと、青島は思っている。
「それはそうね」
すみれはあっさり頷いたが、次には爆弾発言をしてくれた。
「でも、やっぱりおかしいわよ。あんたたちの関係」
「そう?」
「だって、それでエッチするようになったら、完全に恋人じゃない」
青島は飲みかけていたビールを吹き出しそうになり、慌てて飲み込む。
慌て過ぎて少々咳込んだ。
「な、に、阿呆なこと、言ってんの?」
半ば涙目になりながら言うと、すみれは肩を竦めてみせた。
「だって事実でしょ」
「どこが」
「週一で会ってるんでしょ?」
「酒を飲んでるだけだよ」
「自宅にまで泊まってるし」
「酒を飲んで帰るのが面倒臭くなったからだってば」
「パジャマとか歯ブラシとか、室井さんの部屋に青島君の分もあるんでしょ?」
「…あるけど」
「後してないことって、キスとエッチだけじゃないの?」
青島は返答に詰まった。
すみれの言い分も分からないではないが、あまりに乱暴で極端な結論だ。
青島がそう指摘すると、すみれは首を傾げて見せた。
「そうかしら?じゃあ、室井さんって他の友達ともそういう付き合い方してるわけ?」
「……」
また返事に困る。
正直なところ、室井の部屋に自分以外の人間が出入りしているとは思え無かった。
それこそ彼女じゃあるまいし、他人がいた形跡を調べて回る訳もないから、はっきりとしたことは言えない。
だが少なくても、室井の部屋に置かれている他人のパジャマや歯ブラシは、青島のものだけだった。
青島の困った表情に、すみれは勝ち誇った顔をした。
「ほら、やっぱり。なんかおかしいわよ、アンタたちの関係」
「…やっぱり、そうかな」
不自然だと感じていないわけではなかった。
青島もさすがに室井が青島の分のパジャマを用意してくれた辺りから、何かおかしいなぁとは思っていた。
それにしたって気付くのが遅すぎた。
本来であればスペアキーを渡された時点で気付くべきだったのだ。
室井の部屋に泊まるのが当たり前になるほど親しくなってから気が付いたところで意味はない。
「今更距離置くのも、おかしいでしょ」
「距離置きたいと思ってるなら、置けばいいじゃない。無理してお付き合いしてると疲れるし、いずれボロが出るわよ」
「……そうなんだけどさ」
すみれの言っていることは正論で、青島も頷ける。
青島が煮え切らないのは、「無理している」と思っていないからだ。
「今更距離を置けない」などと言ったが、単に置きたいと思っていないだけなのだ。
そこにすみれも気付いたようで、苦笑している。
「要するに、青島君は今の室井さんとの付き合いに、満足してるわけだ?」
「そう、かな」
「なら、いいんじゃない?」
枝豆をつまみながら言ったすみれに、青島は呆れた顔をした。
「おかしいって言い出したの、すみれさん」
「ねぇ」
青島の突っ込みをナチュラルにシカトしたすみれが、青島の方に身を乗り出して来た。
その分だけ青島の身体が後ろに反る。
「な、何」
「ついでだもん。恋人にしてもらえば?」
絶句した青島に構わず、すみれは一人「ナイスアイディアだ」とばかりに頷いている。
「どうしてそういうことになるわけ」
「いいじゃない。後はキスしてエッチするだけだもん。たいして変わんないわよ」
「大いに変わるよ…」
深い溜息をついた青島に、すみれは肩を竦めた。
「青島君も室井さんもフリーなんでしょ?いいじゃない、一石二鳥で」
何が一石二鳥なのかさっぱり分からない。
青島はビールを煽った。
「俺も室井さんも男だよ?有り得ないよ」
頬杖をついて、すみれは笑った。
「じょーだんよぉ。マジにとらないで」
カラカラと笑うすみれに、青島は深い溜息をついた。
どうやらすみれに酒の肴にされたようだった。
青島は余計な話をしたことを後悔した。
***
「今日も泊まっていくだろう?」
―そもそも、室井さんのこの一言からして変だよな。
青島が泊まるのが当然になっているのだ。
お互いにとって。
「青島?」
返事をしない青島を不審に思ってか、室井が顔を覗き込んでくる。
青島は慌てて笑みを作った。
「あー…いや、今日は帰ろっかなぁなんて」
答えると、室井の表情が一瞬曇った気がした。
「泊まって行かないのか?」
「いや、ええと、この間も泊まって行ったし」
「そんなことは、気にしないでいい」
青島が遠慮していると思ったのか、室井が柔らかく微笑んだ。
こういう顔をされるから、青島は断れないのだ。
「…じゃあ、お言葉に甘えようかな」
室井は嬉しそうに頷いた。
―やっぱりおかしいよなぁ。
そう思いながらも、青島は「風呂沸かしてきます」と言って立ち上がった。
その言動が既に、馴染みすぎた証である。
室井のベッドの横に布団を敷いて横になった。
「電気消すぞ」
「はい」
部屋が暗くなる。
おやすみなさいと言う前に、室井に声を掛けてみた。
「室井さん」
「ん?」
天井を見上げたまま、言葉を探す。
言いたいことや聞きたいことは色々あるはずなのに、正確な言葉としては浮かばない。
「ええとですね…」
「…?」
「俺といて、楽しいですか?」
結局言葉にして聞けたのはそんなことだった。
一番聞きたかったことではないような気がするが、そう的外れな質問でも無かった気がする。
少しの間の後、室井の静かな声が響いた。
「そうでなければ、君を誘ったりしない」
青島は暗闇の中で無意識に微笑んだが、続く室井の質問に目を丸くした。
「君は、何故俺に付き合ってくれるんだ」
青島が室井を振り返ると、暗闇に慣れた目がぼんやりと室井を捕える。
こちらを向いていることに気が付いて、青島は少し焦った。
「何故って…室井さんと一瞬ですよ」
「俺といて、楽しいか?」
自分が言った台詞と一緒なのに、言われると照れ臭いのは何故だろうか。
答える側だからだろうか。
「…じゃなかったら、断ってます」
素直に答えると、空気が振動する。
室井が声を立てずに笑ったようだった。
「そっか」
嬉しそうな声。
表情は見えないが、何となく想像が出来た。
「青島」
「はい?」
「俺は誰かとこんなに一緒にいたいと思ったことは無いんだ」
青島は息を飲んだ。
暗闇ではっきりしないのに、室井がじっと見つめている気がして、思わず身じろぐ。
何を言ったらいいのか分からず、無駄に呼吸を繰り返した。
「…室井さん?」
すぐ側を走り抜けた車のヘッドライトが、一瞬だけ部屋の中を明るくした。
本当に一瞬だけ。
室井と目が合った。
その視線に、青島は身体を硬直させる。
すぐにまた部屋が暗転する。
きぬ擦れの音がした。
室井が寝返りをうったらしい。
シルエットで、背中を向けられたのが分かった。
「おやすみ」
何も無かったような静かな声。
確かに何も無かった。
何も起こらなかった。
なのに、青島の動悸が治まらない。
静まり返った部屋に響いているような気がして、青島は布団を被って同じように寝返りを打った。
「…おやすみなさい」
しばらく、寝付けなかった。
室井の真剣な眼差しが、瞼の裏に焼きついて見えた。
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