支払いを終えて店を出ると、室井が待っていてくれた。
「ご馳走様」
青島は笑って首を振った。
「いいえ〜」
次は青島が奢ると約束した、三日後。
意気揚々と室井にお誘いの電話を入れて、あまりの行動の早さに苦笑されながらも約束を取り付けた。
そしてこうして念願叶って―という言い方も可笑しいが、室井にご馳走出来たというわけだ。
割合で言えばまだまだ室井にご馳走になった分の方が多いのだが、それでもいくらか肩の荷がおりた気がする。
時計を見ると10時を少し過ぎていた。
ここで解散かなと思っていると、室井が声を掛けてくる。
「うちで飲みなおさないか?」
終電までには時間もあるし、それもいいかもしれない。
青島には断る理由は無かった。
「いいっすね。なんか買って行きますか」
「酒はあるが、ツマミがいるな。コンビニに寄るか」
室井の自宅近くのコンビニに立ち寄り、適当な乾き物と胡瓜の漬け物を買う。
室井が手にしているカゴに、横から二人分のアイスクリームを入れると苦笑された。
いらないとは言われなかったので、青島はそのまましておいた。
室井の部屋に着くと、いつか訪れた時のようにやっぱりキレイだった。
急な来客でも、室井なら困ることはないだろう。
「室井さんちって、いつもキレイですね」
お邪魔しますと言った後に付け加えると、室井は肩を竦めた。
「普通じゃないか?」
「俺んちが普通じゃないってことか…」
自分の部屋と比べて溜息をつくと、室井がちらりと青島に視線を寄こす。
「君の部屋は汚いのか?」
嫌な質問に青島は苦笑する。
「汚くはないと思いますけど、片付いては無いですね」
「どう違うんだ」
青島の微妙な言い回しに、室井は思案顔だ。
「不衛生にはしてませんよ」
簡素な回答だったが、室井は一応納得したように頷いた。
「今度片付けのコツを教えてやる」
「あ、マジですか。収納の仕方とか分かんなくて」
室井は少し戸惑った顔をした。
「…君の部屋に行ってもいいのか」
青島は首を傾げる。
今更の質問だと思ったのだ。
「もちろん」
頷いたら、室井は目を細めて小さく微笑んだ。
青島には理由は分からなかったが、室井が喜んでいるという事実にだけは気が付いた。
―何だろう。
一瞬頭に疑問が過ぎったが、室井に話し掛けられてすぐに忘れてしまう。
「座っててくれ。酒を持ってくるから」
「あ、はーい」
青島はツマミを漁りながら、室井を待った。
不意に、本当に不意に思い出して、青島は慌てて時計を見た。
「うわっ…終電終わっちゃいましたね」
酒も進みすっかり話し込んでしまったため、全く時間を気にしていなかったのだ。
青島が溜息をつくと室井も時計を見た。
「ああ、本当だな」
「夜遅くまで、すみませんでした」
青島は慌てて片付け始める。
「帰るのか?」
ここは青島の部屋ではないから帰らないわけがないので、当然である。
変な質問だったが、酔っ払った青島は特に気にしなかった。
「タクシー拾って帰りますよ〜」
テーブルの上を片付けていた青島の手を、室井がいきなり掴む。
きょとんとして室井を見ると、室井は真顔で言った。
「泊まっていけばいい」
さすがに青島も戸惑う。
いくらなんでも室井の部屋に泊めて貰うのは気が引けた。
「いや、でも」
「タクシー代、勿体ないだろう」
「そりゃあ…まぁ…」
「今から帰るのも面倒臭くないか?」
言われれば確かにその通りだった。
誰かの家で飲むとリラックスしすぎて帰るのが面倒臭くなる。
逡巡する青島に、室井が続ける。
「来客用に布団が一組あるんだ。泊まっていけばいい」
結局は室井の言葉に甘えることにした。
「ええと…じゃあ、泊めて貰ってもいいですか?」
「ああ」
どこかホッとしたように、室井は頷いた。
遠くから名前を呼ばれたような気がして、青島は目を開けた。
「青島?起きたか?」
室井が上から見下ろしている。
一瞬びっくりして目を丸くした青島に、室井は苦笑した。
「夕べのことは覚えてるか?」
言われて何とか、室井の部屋に泊めて貰ったことを思い出す。
「ああ、はい。おはようございます」
寝ぼけているのが丸分かりな返事をすると、室井は苦笑を深めた。
「おはよう。すまないが、俺はもう本庁に行く」
見ると、室井はもうスーツに着替えていた。
青島は慌てて跳び起きる。
「す、すいません、俺もすぐ仕度しますから」
室井が忙しいことは青島だって知っていたのに、起こされるまで寝ているとは不覚である。
青島はそう思って慌てたのだが、室井は起き上がろうとする青島を手で制した。
「本庁から呼び出しをくったんだ。まだ7時だから、焦らなくていい」
確かに7時なら、青島はまだ慌てて出かける必要はない。
無いが、室井が出かけるというのに、青島だけのんびりしていくわけにいかないだろう。
青島がそう思っていると、室井はポケットから鍵を取り出した。
青島の手の平に落とす。
「君が出る時に掛けていってくれ」
「え?あ、でも鍵はどうしたら」
「それはスペアだ。とりあえず君が持っていてくれ」
目を見開いた青島に構わず室井はさっさと寝室から出て行ってしまう。
「ちょっ、室井さんっ?」
焦って声を掛けると、ドアの所で振り返った室井が少しだけ微笑んだ。
「遅刻するなよ」
それだけ言うと出ていってしまった。
青島は少しの間呆然として、手の中の鍵を眺めていた。
そう簡単にスペアキーを預けてしまって良いのだろうか。
預けられた青島が悩むのも可笑しな話しだが、慎重な室井にしては意外な行動な気がした。
―それだけ、俺を信頼してくれているってことかな。
そう思うと、単純な青島には少しばかり嬉しかった。
室井が用意してくれていった朝食を有り難く頂戴し、顔を洗ってスーツに着替える。
出勤時刻に間に合うように、のんびりと室井の部屋を後にした。
鍵を掛けると、スペアキーを大事そうにポケットにしまう。
「またどうせ近いうちに会うだろうし、その時に返せばいいか」
そう呟いて、青島は歩き出した。
室井と会うことが当たり前になっている。
それがどういうことなのか、青島にはまだ分かっていなかった。
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