■ Before I know(2)


交番で青島はメールを送信していた。
相手は室井である。
今晩の待ち合わせについて室井から連絡があったから、それに返信をしていたのだ。
室井ときりたんぽ鍋を食べてから、一月が過ぎていた。
あれから既に4回、今日も入れると5回目になるが、室井と一緒に酒を飲んでいた。
大体週一のペースで会っていることになるが、全て室井のお誘いである。
もちろん都合が合わない時もあるのだが、その時は時間を互いに調整してまで会っている。
意外なことに「会える日はないか?」と、室井が青島の都合を聞いてくれるのだ。
何故そうまでして自分と飲もうとしてくれているのか、実のところ青島には不思議であった。
こうも頻繁に誘ってくれるのだから、室井にとって青島と酒を飲むことは不愉快なことではないということだろう。
わざわざ誘ってまで飲もうと言うのだから、楽しいと思ってくれているはずだ。
また青島にしても同じことが言える。
いくらお気楽な青島でも、相手が他のキャリアなら御免被る。
権力と面突き合わせて酒を飲んでも、楽しくとも何ともない。
つまり青島が室井の誘いを断らないということは、室井とは楽しい酒が飲めているということだった。
室井が誘ってくれるのは単純に嬉しかった。
だからとはいえ、その頻度に疑問が無いわけではない。
交番に移った青島は湾岸署にいるときよりも時間に余裕があるが、室井の方はそうはいかないはずだ。
相変わらず忙しいはずなのに、何故か自分に時間を割いてくれている。
誘ってくるのは室井の方なのだから、青島が気に病むことではない。
ないのだが、気にならないわけでもなかった。
「……なんでだろうなぁ」
呟きながら携帯を眺める。
すぐに室井から返事が届いた。





「お姉さ〜ん」
側を歩いていた店員に声を掛けると、居酒屋らしく元気な声が返って来た。
青島はテーブルにお品書きを広げる。
「生二つ。それから豚と砂肝と…室井さんは?」
「軟骨」
「あ、いいっすね。それにつくねも」
他にも何品か注文して店員が離れて行くと、室井は苦笑した。
「腹が減ってるみたいだな」
最初からあれこれと注文したからだろう。
青島は肩を竦める。
「今日、昼飯食いっぱぐれちゃって」
「忙しかったのか……誘って大丈夫だったか?」
「いや、迷子の子供と遊んでただけっすから」
青島が笑って頭を掻くと、室井は目を丸くした。
気を使ったわけでも何でもない。
昼過ぎに交番に泣きながらやってきた幼稚園児と、母親が迎えに来るまでの数時間遊び倒したせいで、昼食を食べ過ごしたのだ。
交番勤務になってから忙しいと感じたことは無かったが、それを室井には伝え無かった。
「5歳児から見たら、俺ももうオジサンらしいです」
子供におじさんと呼ばれた話をしながら青島がわざとらしく溜息をつくと、室井は苦笑を浮かべた。
「そうだな」
「あ、室井さんまで、酷い」
「君がオジサンなら、俺もオジサンだろう」
室井の方が四つ年上なのだ。
「まだ若いつもりだったんだけどなぁ」
青島がぼやいていると、店員がビールを運んできた。
「お疲れ様です」
「お疲れ様」
何となくグラスをぶつけてから、ビールを煽った。


頻繁に会っているから、互いの近況報告と言ってもそれほど話すことは無かった。
それなのにどういうわけか、室井と会って話すと会話は尽きない。
その日にあったくだらないことから、時には警察組織について意見を交わすこともある。
一緒に酒を飲んでいると、室井は存外饒舌だった。
お喋りなわけではない。
青島の話すことや質問に対して、真面目に応じてくれているせいだ。
室井から誘ってくれているのだから心配は無いと思うが、室井にとってストレスの溜まる飲み会になっていなければいいと思う。
青島一人楽しんでいるのでは、申し訳が無い。
青島が楽しく感じている分、室井がどう思っているのか少し気になった。


時間も大分経ち、テーブルもあらかた綺麗になった頃、青島は切り出した。
「今日は俺が奢りますからね」
最初に室井の部屋にお呼ばれした時はもちろん、その後の飲み代も全て室井の奢りだった。
青島は割り勘にしようとしたのだが、室井がそれを拒んだのだ。
今回こそは自分が払おうとした青島に、室井はやっぱり首を振った。
「いや、俺が出そう」
「ダメですよ」
「本当にいいから」
頑なな室井に、青島は強気に言ってみた。
「ノンキャリだって、ここの飲み代くらい払えますよ」
しつこく食いつく青島に、室井は苦笑している。
「それは分かってる」
「なら」
「誘ったのは俺だ。だから、俺が払う」
いつもこれだった。
理屈が通っているようでいない理由。
そんなことを言っていては、割り勘で酒など飲めない。
そうは思うのだが、室井は頑固だし、上手い説得も出来ない。
結局いつも室井に押し切られて、奢って貰っている。
ご馳走になるのに文句があるわけではないが、奢られっぱなしでは落ち着かないし申し訳ない。
青島がどうしたものかと思案していると、室井が意外な提案をした。
「もし、君が気になるなら」
「はい?」
「次は君から誘ってくれないか」
じっと自分を見つめる視線に、青島は一瞬言葉に詰まる。
室井の言い分を通すなら、確かに青島から誘えば奢らせてくれるだろう。
―だけど、そういう問題か?
いやにまどろっこしいことをしている気がするのは、青島の気のせいか。
だが結局は、自分を見つめる室井の強い視線に負けて、青島は頷いた。
「次は俺が誘いますから、次こそ俺に奢らせてくださいよ」
室井がふっと見たこともない顔で微笑んだ。
それに驚いた青島は、短く息を飲む。
「楽しみにしてる」
満足そうに頷いている室井に、青島は些かほうけたが、やがて苦笑した。
室井がやりたいことが青島には分からない。
だが少なくても、室井は青島と酒を飲むことを楽しんでいるらしい。
青島はそれならそれで良かった。
「絶対ですよ」
青島が釘を刺すと、室井は「約束だ」と返事を寄越した。



この時。
青島は室井が何を考えているのか、深く考え無かった。
彼らしいお気楽さで「まぁ、いいっか」と割り切ってしまったのだ。
そのせいか、そのおかげか。
室井が仕掛けた細い糸が、青島には全く見えていなかった。










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2005.4.25

あとがき


本当に亀の歩みで申し訳ありません;

室井さんのまどろっこしいアプローチ。
これは積極的と言えるんだろうか…言えないかな(滝汗)
徐々に積極的に出来たらなぁと思っております〜。



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