■ crisis(4)


―歩きながら尻触るの、やめてくんないかな。
男の案内でホテルに向かって歩きながら、青島は心の中でぼやいた。
痴漢よろしく揉みしだかれているわけじゃないが、腰を抱く要領で尻に手を回している。
正直、気持ちが悪い。
しかし、これからホテルに行こうという相手である。
手を振り払うわけにもいかない。
「良くナンパされるだろ?」
男が世間話をしてくる。
…内容は微妙な世間話だが。
青島は肩を竦めた。
「いや?そうでもないよ」
「そうか?それは勿体無いな」
「何が」
「凄い俺の好みだから」
ふっと微笑まれて、鳥肌が立った。
それでも笑顔を作るのを忘れない。
「口上手いね」
「事実だぜ?」
キスをしそうなほど、顔が近い。
青島は照れたふりをして、顔を背けた。
ホテルに着くと男が部屋の希望を聞いてくるが、青島は何処の部屋だって構わなかった。
―たまには、こういうところもいいかもなぁ。
室井とは専ら互いの自宅で会っている。
今度室井さんを誘ってみようなどと、場違いなことを考えていた。
男に全てお任せで、後をついて部屋に向かう。
丸いベッドがグルグル回るようなベタな部屋ではなく、シンプルで小奇麗な部屋だ。
だが、あちこち微妙にいやらしい。
照明の色合いだとか、鏡の位置だとか、バスルームがガラス張りだとか。
部屋に入った途端、男は鞄を放り出し青島を抱き寄せた。
さすがにちょっと焦る。
―い、いきなりかよっ。
男の胸を押し返そうとしたら、その手を逆に取られる。
「ちょ…っ」
一度静止させようとした青島の唇を、男が自分の唇で塞いでしまう。
「んっ」
舌を差し入れられて、吐き気がする。
―せっかちなヤツだなっ…つーか室井さんゴメンナサイ。
不可抗力だと思いつつ心の中で室井に謝罪しながら、極端にならないように顔を背けて男の唇から逃れる。
「がっつきすぎると…焦ってるように見えるよ」
呼吸を整えながら男を見上げると、男の手が青島の唇をなぞった。
「吸い付きたくなるような唇してるから」
―おぇ。
「それは、どうも」
「クールだな」
「いや、そうでもないんだけど」
この男相手に、どうやって熱くなれというのか。
密着した男の身体に、寒気すら覚えるというのに。
男の手が腰を抱き、首筋を吸われる。
―本当にせっかちなヤツだな!…じゃなくてっ、さっさと薬を出せ!
このままではある程度しないと、男は薬を持ち出さないだろう。
捜査とはいえそこまでする気はないし、室井を裏切るつもりもない。
「っ…ねぇ」
「何だ?」
「普通にする気?」
男が首筋から顔を上げたから、青島は物足りないとでもいうふうに男を見上げた。
「俺、多分普通じゃイけないよ」
男の目に欲望が見て取れる。
口元がいやらしく歪んだ。
「意外に、ヤラシイんだな」
心の底から心外だが、青島は微笑する。
「どうかな」
「気持ち良くなりたいか」
「もちろん。なれないなら、アンタと寝ない」
青島は強気に出た。
ここまでやる気満々なのだから、今更青島を逃がそうとは思わないだろうと思ったのだ。
男はふっと笑うと、尻のポケットに手を突っ込んだ。
無造作に取り出した錠剤を見て、青島の目が光る。
「それが、気持ち良くなる薬?」
会話を聞いているであろう刑事たちに知らせるべく、青島は声に出して確認した。
自分を尾行しているはずの刑事たちが迷子になっていることなど、青島には知る由もない。
男は答えずにニヤリと笑うと、それを唇に咥えた。
―あ、自分でもヤッてるって話だったから…。
それを男が飲み込むのかと、青島は思った。
が、次の瞬間に強く腕を引かれて、抱きしめられる。
「―っ!」
驚いた青島の唇を奪うと、舌ごと錠剤を押し込まれる。
―しまったっ。
反射的に飲み込んでしまった。
―やべぇ…。
口元に手をやった青島を見て、男がからかうように言った。
「びびってんの?」
「……これって、依存性高かったりする?」
今更な質問をすると、男が声を立てて笑った。
先程まで挑発的な発言をしていた青島が、急に怖気ついて見えて可笑しかったのかもしれない。
「心配ないよ、それ合法ドラッグだから」
言われて、青島の目が点になる。
合法ドラッグなら麻薬なわけがないから、被疑者ではないことになる。
「…麻薬、じゃないの?」
「まさか!そんな危ないモンじゃない。ただちょっと……気持ち良くなるだけ」
男の手が青島の喉元を撫ぜた。
青島はいきなり青ざめる。
―所謂、媚薬ってヤツか!
被疑者じゃなかったことは仕方が無いとしても、そんな薬を飲まされてしまったことはいただけない。
頭が真っ白になってしまった青島だが、男の手が首筋を撫ぜた瞬間に背筋がゾクっとして慌てる。
薬が効き始めているのだ。
―本庁の刑事は何で入ってこないんだ!?
青島と男の会話から被疑者じゃないと分かったからだろうか。
それならば自力で脱出しろということなのだろうか。
しかし、室井がそんな指示を出すとは思えない。
とすると、何かあったのかもしれない。
どちらにせよぼうっとしている場合ではない。
薬が完全に効く前になんとかしなければ。
こんな薬を使用したことがないからどんなことになるのか見当もつかないが、この調子なら逃げることが困難になるのは間違いないだろう。
―冗談じゃない!
青島はとっさに口元を手で覆って、蹲った。
「ううっ」
男がうろたえる。
「お、おい、どうした?」
「気持ち悪…薬、合わなかったかも…」
「ええっ?マジかよ…大丈夫か?」
心配そうに青島の顔を覗きこんでくる男。
色々と混乱する頭の隅っこで、悪い男でもなかったのかも…等と思いながら、青島はよろよろと立ち上がる。
「…ちょっと、吐いてくる」
トイレに向かう、振りだ。
「手、貸そうか」
そんなご親切は不要である。
青島は俯いたまま首を振った。
「ゴメンネ」
そう言うと、青島はトイレに見向きもせずに、ドアを開けて部屋を飛び出した。
背後で男の声がしたが、振り返らずに全力疾走である。
「…冗談、じゃ…ないよ…全く…」
荒い呼吸でぼやくが、ぼやく余裕すらなくなりそうだった。
ホテルを出た途端に、足の力が抜けてくる。
身体に力が入らない。
青島はホテルから少しでも離れようと、何とか足を動かす。
それだけでどんどん呼吸が上がってくる。
―どうしよう…室井さん…。
さすがに心細い。
こんな状態では思考回路もまともに働かない。
どうするべきか悩んでいると、
「青島刑事!」
声を掛けられて振り返ると、本庁の刑事がいた。
「本庁の…」
青島もホッとしたが、彼らの方がホッとしたようだった。
「無事だったんだな!」
「え…ええ…被疑者じゃありませんでした」
それだけは報告しておかなければと思い伝えると、刑事が頷く。
イヤホンで彼らも青島たちの話を聞いていたから、被疑者じゃないことは判っていたのだ。
「すまない、俺たちが見失ってしまって…」
刑事たちが青島の姿を見失ってしまったことを説明してくれているのだが、青島の方はろくに話が聞ける状態ではなかった。
「青島刑事?大丈夫か?」
「そういえば、何か飲まされてたな」
「病院に…」
彼らの一人が、微かに震えている青島に手を差し伸べようとしてくれたのだが、青島はその手を避けた。
身体が異常に熱かった。
「…室井さん、呼んでください」
「室井管理官?しかし…」
「病院に行った方が良くないか?」
病院に行ってどうにかしてくれるとは思えない。
また、どうにかして欲しいとも思わない。
どうにかして欲しいのは、室井だけ。
頭がガンガンして、心臓がバクバクいっている。
それなのに、青島の心を占めるのは、室井のことだけだった。
室井のことしか考えられない。
「室井さん…呼んでください…」
繰り返すと膝をついて、とうとう地面に座り込んでしまう。
「わ、分かった!室井管理官を携帯で呼び出せ!」
青島のただならぬ様子に、本庁刑事も慌てて携帯を取り出した。
室井に掛けてくれているらしく、二言三言かわしてすぐに切った。
「もう近くまで来てるみたいだ。すぐに来ると思う」
「そう…ですか…」
青島がぼんやりした視線を刑事たちに向けると、刑事たちが一瞬たじろいで視線を逸らした。
自分では分からなかったが、今の青島は異常な色気を発していた。
発情しているのと変わらないわけだから、それも仕方が無いだろう。
目の毒と思ったのか室井に殺されると思ったのかは分からないが、刑事たちは青島を直視しない。
そんなことを気に掛けている余裕のない青島は、祈るように室井を待った。
本当に近くまで来ていたらしく、それほど待たずに黒いコートが視界に入った。
「青島!」
血相を変えた室井が青島の前に跪く。
「大丈夫か!?青島!」
両肩をグッと掴まれて、青島は声をあげそうになるのを何とか堪える。
室井に触れられるだけで、声が出そうだった。
室井はイヤホンをしていないし、青島たちがホテルに着く前に本部を出てしまっているから、青島の身に何があったのか全く知らなかった。
「…だい…じょうぶです…」
「しかしっ」
青島は室井のコートを掴むと、身を寄せた。
耳元で、室井にしか聞こえないように、囁いた。
「媚薬、飲まされちゃって…」
「!」
ぎょっとして青島の顔を見ようとした室井の目を避けるように、青島は室井の肩に額を押し付けた。
「室井さん…」
「な、何だ」
「ごめ…何とかして…」
熱くて熱くてどうにかなりそうだった。
室井に、どうにかして欲しかった。
一瞬の間の後、室井が青島の肩を抱いた。
「―分かった」
少しだけ我慢してくれ、と言って刑事にタクシーを呼んでくれるように頼む。
後は一倉の指示に従うように刑事たちに言うと、室井は青島を支えてタクシーに乗り込んだ。


タクシーの中で、室井はずっと青島の手を強く握っていてくれた。










NEXT

2005.3.12

あとがき


というわけで、まだ終わりません(笑)
どうしましょう。書いても書いても終わりません;
大した事件じゃないのに…どうもすみません(^^;

もうちょっと色気大爆発な青島君が書きたいのですが、だめですね…。
描写が上手くなりたいものです。

室井さん、暴走する間がなくて申し訳ありません(笑)
まあ、この後で、暴走してくれたのではないかと(大笑)
漸くウサ晴らしができたのではないでしょうかね。

事件解決までは、まだまだストレス溜まるでしょうけどねぇ。



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