■ ずっと傍に(4)


不思議だな。
青島は眠る室井を見ながら思う。
室井が意識不明になってからの方が、ずっと室井に会っている。
当然だ。
毎日仕事の帰りに、必ず室井の病室に寄っているのだ。
眠っている室井の手を握って、ひたすら喋って帰る。
これを毎日繰り返している。
今までよりずっと室井の傍にいた。
それが青島には不思議で、何だか可笑しかった。
青島は室井に毎日会っているのに、室井はこの10日間一度も青島に会っていないのだ。
そんなことを考えながら、青島は室井の頬をなぜた。
「いや…」
小さく微笑む。
「室井さんも俺と会ってるといいなぁ」
夢の中で。
青島が傍にいる楽しい夢。
だから室井は起きられないのだ。
青島はそんなことを考えてから、薄く笑った。
「…それなら、早く起きてよ。もっと楽しくなれるから」
青島の小さな呟きが途絶えると、静かな部屋の中は医療器具の音しかしない。
心電図の音を聞きながら青島は瞳を閉じて、握った室井の手に唇を押し付ける。
暫くそのまま動けずにいた。
そっと目を開けると、静かに立ち上がる。
「また、明日」





室井の容態が急変したのは、その翌日だった。
それを青島が聞いたのは、わざわざ湾岸署までやって来た一倉の口からだった。
「会わせたい人がいたらすぐに来てもらうように医者に言われた」
一倉の低い声に、傍にいたすみれが口に手を当てて絶句している。
青島はただ呆然と聞いていた。
「青島」
急かすような一倉の声に青島は首を振る。
「室井さんは死にません」
室井が意識不明になってから何度も繰り返した台詞。
青島はまた繰り返した。
室井は死なない。
だからいつものように仕事を終えてから、また無駄話をしに行くつもりだ。
頑なな青島に業を煮やした一倉が怒鳴る。
「青島っ!いいから室井に会いに行ってやってくれ!」
「夜に会いに行きます」
「それまで、もつか分からないんだっ!」
「室井さんは死なない!」
初めて青島が声を荒げた。
一倉もすみれもハッとしたように青島を見る。
「あの人が死ぬ?そんなわけ…そんなわけないだろう!冗談じゃないっ!あの人が何で死ななきゃいけない!なんで…っ!」
憤りと焦躁で、頭を掻きむしる。
青島はずっと「室井は死んだりしない」と繰り返してきた。
それは頑なにそう信じていたからではない。
室井がいなくなることなど、認められなかっただけである。
室井が青島を置いて逝ってしまう。
二度と会えなくなる。
そんなことを青島が信じられるわけが無かった。
だから死ぬはずがないと思い込もうとしたのだ。
そうでなければ、どうやって自分が呼吸をしていたかすら、忘れそうだった。
とても普通じゃいられなかった。
ただ、それだけだったのだ。
「あの人が死ぬなんて…頼むから言わないで…」
デスクに寄り掛かった青島は、額に手を当てて俯いてしまった。
呼吸が浅くなり、肩が小刻みに震えている。
その肩を力強く掴まれる。
「俺もそう願ってる」
そっと顔を上げると、真剣な眼差しとぶつかる。
ぼんやりと青島は尋ねた。
「室井さん…死ぬの…?」
「死なない、お前がそう信じてるんだ。だったらあいつが諦めるもんか」
室井がお前の期待を裏切るはずがない。
一倉は少し笑ってそう言った。
そう。
室井はいつだって青島の期待に、気持ちに応えてくれた。
「あいつが諦めないように、最後の最後まで諦めないように、傍にいてやってくれないか?」
らしくもなく真摯な一倉。
一倉は一倉なりに友人にしてやれることを―もしかしたらこれが最後になるかもしれない、精一杯にしてくれているのだろう。
一倉は一分でも一秒でも長く、室井を青島の傍にいさせてやりたかったのだ。
魂が抜けてしまったような青島の手をすみれが握ってくれる。
すみれを見ると、目が真っ赤だった。
「室井さん、待ってるよ…?」
―室井さんが待ってる…か。
青島は目を伏せた。
―俺もずっと待ってたよ。
室井が戻ってくるのを。
目を覚ますのを。
お守りに祈りながら。
―今もまだ、待ってるんだ。
青島はすみれの手を握り返した。
深呼吸をする。
「行ってくる…」










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2005.2.20

あとがき


次で最後です。

病室にある心臓の動きを見る機械、
あれって心電図であってますよね?ね?(自信がないらしい)
間違えていたら申し訳ありません…。



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