■ ずっと傍に(5)
病室に入ると医師がいた。
「今は落ち着いています…」
医師は室井の現状を少し語って出ていった。
治療らしい治療はもうやることがないのだろう。
後は室井次第。
青島は椅子に座るといつものように室井の手を握った。
いつものように何かを話そうと思うのだが、思うように声が出ない。
「…室井さん…」
キツク手を握った。
「諦めないでよ…俺はまだ諦めてないよ?」
掠れる声が静かな部屋に響く。
「ねぇ…室井さん…」
どうしてこんなことになってしまったのか。
青島は何度も考えていた。
あの日。
室井が事故に遭った日。
どうすれば良かったのだろうか。
タクシーを呼んでいれば。
駅まで青島も一緒に行っていれば。
捜査になど行くなと、引き止めていたら。
電話に出るなと、我が儘を言っていれば。
青島の家になど招いていなければ……。
どれか一つでも違っていたら、室井が事故に遭うことなど無かったのに。
青島は室井が事故に遭ってからずっと、そんなことを考えていた。
実際は、何一つ変わらず。
室井は事故に遭い。
意識不明で。
今も眠ったまま。
どんなに後悔しても、どんなにやり直したくても。
決して過去は変えられない。
それならば、今が変わるはずもない。
青島の頬を涙が伝う。
「室井さん…」
声がどうしようもなく震える。
もう我慢できなかった。
「またなって言ったじゃないか…っ」
それは最後に室井と話した会話だった。
『じゃあ、また』
呟いた声が今でもはっきりと青島の耳に残っている。
微笑した室井の顔が今でもはっきりと思い出せる。
あの時は夢にも思わなかった。
こんなふうにしか室井と話せなくなるなんて。
ポタポタとシーツに涙が落ちる。
「…約束…まだ果たしてなっ…」
上手く言葉が出ない。
震える手で、必死に室井の手を握り締めた。
「頼むよ……室井さんっ」
床に膝をついて。
「逝かないでよ…っ」
キツク握った室井の手を、祈るように額に押し付けた。
もう青島には祈るしか出来ない。
―誰でも良い。
―室井さんを助けてくれるなら。
―なんだっていいから。
―なんだってするから。
―だから、お願い。
―お願いだから連れて逝かないで。
俺を置いて、逝かないで。
比較的規則正しく動いていた心電図が、不意に乱れた。
青島は弾かれたように顔を上げる。
―嫌だ、そんなの…っ。
室井が逝ってしまうなんて、絶対に耐えられない。
叫び出しそうな青島の視界に、信じられないものが映った。
「…むろ…い…さん?」
ぼやけた視線の先で、室井が目を開けた。
目の錯覚かと思い、何度も瞬きを繰り返す。
何度見ても、室井の両目が開いている。
青島は震える手で室井の頬に触れる。
「…室井さん?分かる…?」
頬を撫ぜながら尋ねると、室井が一度瞼を伏せた。
再び目を開いた室井が、青島の目には微笑んだように見えた。
「室井さ…っ」
青島は室井の頬を撫ぜながら、ただただ涙を零す。
言葉にはもうならなかった。
何度も何度も室井の頬に触れて、確かめる。
室井が生きていることを。
声にならない声で、何度も名前を呼びながら。
「…むろ…さ……むろ…」
握ったままだった室井の右手が微かに動いた。
お守りを握っていた手のひらが少しだけ開いて、青島の手と室井の手がお守りを挟んで重なる。
青島が力を入れて握り締めると、本当に微かにだが室井が握り返してくれた。
「…っ…ぅ…ぅぅ…」
そのまま室井の身体にしがみ付いて、青島は泣いた。
***
「本当に人騒がせなヤツだなっ」
珍しくも一倉が怒っている。
そして、珍しくも室井が黙って聞いている。
青島は二人の間で苦笑した。
「…すまない」
逆らわずに室井が謝ると、いくらか怒りが引いたのか一倉が鷹揚に頷く。
室井が目を覚まして、一週間が過ぎていた。
医者やら看護士を驚かせた室井の回復は、順調だった。
医者の話ではあの状態の人間が回復するのは、奇跡的なことらしい。
それが本当に奇跡なら、青島たちの想いと室井の生きようとする気持ちが引き起こしたのだろう。
何にせよ、青島はお守りと神様に素直に、そして心から感謝している。
「復帰したら、嫌っていうほど捜査させてやるからな」
「それは、事件次第じゃないのか?」
「無いなら、作ってやる」
「……」
そんな無茶なと思ったが、青島も室井も余計なことは言わない。
一倉がどれだけ室井の心配をしていたか、知っているから。
同じ立場だった青島が文句を言わないのは、目覚めた室井に縋ってしこたま泣いたせいだ。
溜まっていた全てを吐き出すように。
一倉に同じマネをしろとは言えないし、言ったところで一倉も室井も嫌がるだろう。
そうなるとやはり、黙って一倉のグチに耐えるしかあるまい。
幸い粘着質な男ではないので、言いたいことを言ったらスッキリするタイプだ。
現にかなり好き勝手なことを言ってスッキリしたのか、腰を上げた。
「お前は青島と俺に死ぬほど感謝しろ」
ふんっと鼻を鳴らして病室を出て行った。
「……感謝はしてるが、ああ言われると」
さすがに肩を竦めている室井に、青島は微笑みながら言った。
「感謝しといてくださいよ。俺が室井さんの傍にいれたのは一倉さんのおかげだし」
あの日、青島が室井の傍に行けたのは、一倉が背中を押してくれたから。
そうでなければ、行けなかったかもしれない。
怖くて。
室井を目の前で失うのが、怖くて。
「そうか…」
室井が青島に向かって手を伸ばした。
青島は黙って近づくと、その手を握る。
「なら、俺の命を救ったのは、君と一倉ということになるな」
「…え?」
「君がいなければ、多分俺は戻れなかった」
「室井さん…」
握る手に力を込めると、室井も力をいれて返してくれる。
あの時とは違う。
青島が一方的に室井の手を握り締めていた、あの時とは。
「あの時、君の声を聞いた気がするんだ」
「そっか」
青島は小さく微笑むと、身体を倒して室井の額にキスをした。
それから瞼に。
頬に。
視線を合わせてから、唇を重ねる。
室井の手が青島の頬を撫ぜた。
「ずっと、君が手を握ってくれていた気がする」
「それは…ないですよ。あの時は握ってましたけど」
毎日会いに行ったけど、それは夜だけである。
毎日数時間は握っていたことになるが、ずっとではない。
室井は少し考えて、微笑んだ。
「お守り、かな」
ずっと握らされていたお守り。
「君の代わりに、俺の手を握ってくれていたのかもしれない」
「ああ…そうかもしれませんね」
青島の想いが詰まったお守りだから。
室井の手を取ってくれたのかもしれない。
「青島」
「はい?」
「ありがとう」
額をつき合わせて、青島は微笑んだ。
「俺こそ、ありがとう」
生きていてくれて、ありがとう。
それから、室井さんを助けてくれて、ありがとう。
青島はお守りにも感謝した。
END
2005.2.20
あとがき
最後までお付き合い頂きまして、ありがとうございました。
ハッピーエンドです(^^)
私の書くものですから、恐らく予想は付いたでしょうが(笑)
室井さんが死ぬなんて、青島君どころか私も耐えられません。
しかも、これはリクエスト。
「お守りに助けられる室井さん」ですから。
死なれてしまっては困ります(笑)
「室井さんは死なない」と信じているというよりは、そう思い込もうとしていた青島君。
大事な人がいなくなるなんて信じられないし、認められないですよね。絶対に。
その辺の青島君の心情があまり上手く書けなくて申し訳ないです。
サイファ様、何だかとってもシリアスになってしまって申し訳ありません!
リクエストをありがとうございました(^^)
医療関係の知識が全く無いので不自然な点もあるかと思いますが、
ご了承くださいませ!
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