■ ずっと傍に(3)


デスクで聞き込み調査の報告書を書いていた青島は、すみれが差し出してくれたコーヒーに気が付いて顔を上げた。
すみれを見上げると、心配そうな顔をしていた。
「青島君、大丈夫?」
室井のことが湾岸署に知れ渡るのに、一日と立たなかった。
なんだかんだと言って、あの管理官は湾岸署では愛されているのだ。
室井が意識不明になって3日が過ぎていたが、入れ替わりで皆病院に見舞いに行っている。
すみれも最初の日に来ていた。
青島が仕事帰りに寄る時に、一緒に来たのだ。
礼を言って、コーヒーを受け取る。
「俺は大丈夫だよ」
少しだけ微笑むと、すみれは更に心配そうな顔になった。
「やっぱり、室井さんのとこについてなよ」
すみれの気遣いに、青島はやっぱり微笑して首を振る。
「大丈夫。室井さんは死んだりしないから」
この3日間、何度も繰り返した台詞だった。
室井は絶対死んだりしない。
そう信じている。
だから一倉にもすみれにも、繰り返した。
「…そうね」
青島が頑なだからかそれとも本当にそう思っているのか、すみれは笑って頷くと席に戻って行った。
―そう、絶対に死なない。
青島は心の中でまた繰り返した。
―死ぬわけが無い。
強く想う気持ちとは裏腹に、青島の瞳は彼らしくもなく暗かった。





病室の前に行くと、一倉が丁度出て来たところだった。
一倉に会うのは、最初の日以来だ。
「よぉ」
青島に気が付いた一倉が、声を掛けてきた。
「お疲れ様です」
「お疲れ。…毎日来てるのか?」
「ええ。他に出来ることもないですからね」
肩を竦めると、一倉も苦笑して頷いた。
一倉も毎日来ているのかもしれなかったが、青島は聞きはしなかった。
またなと言って手を振って、一倉は帰っていった。
これからまた仕事なのかもしれない。
やっぱり青島は何も聞かずにそれを見送った。
何かを考えたり気にしたりする余裕が、実のところ青島にはなかった。
普通にしているつもりだが、思考回路が働いちゃいない。
捜査の時はいい。
夢中になっているから。
それ以外では全くダメだった。
室井のことしか。
浮かばない。
青島は病室のドアを開けた。
変わらない姿で、室井が横たわっている。
点滴を入れているせいで、痩せこけた印象はない。
ただ顔色は悪かった。
色の浅黒い肌なのに、どういうわけか青白く見えた。
青島は椅子に座ると、いつものように室井の手を握る。
その手には青島のお守りが握られている。
青島が室井に握らせたのだ。
頼んだわけでもお願いしたわけでもないが、誰もそれには触れず青島が握らせたままの形で室井の手の中にあった。
「……今日も聞き込みしてたんですけど、やっぱり碌な手がかりはありませんでした」
今日あった出来事をポツリポツリと話し始める。
これも日課になっていた。
青島は毎日仕事帰りに室井に会いに来ては、室井の手を握りながらその日の出来事を話して帰る。
何か意味があるわけではない。
ただ、何もせずにいられなかっただけだ。
だから室井が傍にいれば、いつもしていたことをしているだけ。
会えば、いつもくだらないことをいっぱい話した。
湾岸署であったこと。
事件のこと。
すみれに怒られたこと。
寝坊したこと。
階段を踏み外して転んだこと。
室井はいつも全部聞いてくれた。
時には笑って、時には呆れて、時には怒って。
今は何一つ返って来ない。
「…でね、課長に怒られちゃいましたよ」
苦笑を浮かべた視線の先で、室井が眠っている。
どれくらいそうしていたのか、青島は12時過ぎに漸く腰を上げた。
握った室井の手を、そっと離す。
「明日も、また来ます」
額に唇を押し付ける。
青島はしばらく室井の顔を見つめていた。
そんなはずはないけど、有り得ないのは分かっているけど。
もしかしたら。
目を開けて、笑ってくれるのではないか。
そう期待したから。
開くわけの無い瞳を確認すると、青島は静かに部屋を後にした。



俺を何度となく救ったんだ。
すみれさんも雪乃さんも真下までも救われてる。
室井さんだけ救わないなんて、そんなことは有り得ない。


神様。
これっきりで効果がなくなっても構わないから。
これ以上は何も望まないから。
どうか。
彼を。










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2005.2.19

あとがき


鬱々としてきました…(苦笑)
頑張れ、青島君。



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