一倉から連絡を貰った青島は、タクシーで病院に駆け付けた。
降りる時になって財布が無いことに気が付き、警察手帳を見せて必ず返しに行くと約束をして下ろしてもらった。
集中治療室の前に、一倉はいた。
他にも警察関係者と思しき人物が何人もいる。
「一倉さん!」
青島が声を掛けると、一倉は手招きをして青島を少し外れに誘った。
らしくもなく疲れた顔をしている一倉に、青島は嫌な予感がした。
「室井さんは?どうなんですか?」
「…手術は成功したんだが、頭を強く打っているらしいんだ」
青島の顔から血の気が引いていく。
それを痛ましそうに見ながら、一倉は重い口を開いた。
「このまま目が覚めることが無いかもしれないそうだ」
眠り続けるのか、眠ったまま逝ってしまうのかは、分からない。
一倉の言葉に目の前が暗くなった。
本当に真っ暗で何も見えなくなる。
目の前の一倉の姿さえ。
―室井さんが……死ぬ?
有り得ない。
室井が死ぬわけが無いではないか。
青島は呆然としたまま思った。
「室井さんに会えますか?」
尋ねると、一倉は静かに頷いた。
集中治療室のドアを開けると、中にいた看護士に話をつけて青島を通してくれる。
何かあったらすぐに呼ぶように言われて、看護士は一倉と共に出て行った。
部屋の中には室井と青島の二人だけ。
青島はそっと室井のそばに寄った。
ベッドに横たわった室井の身体のあちこちにチューブが繋がれている。
青島は不思議な気持ちでそれを眺めた。
「ついさっきまで元気だったじゃないか…」
室井と一緒にいたのはほんの数時間前である。
話して、笑って、触れて、口付けて。
確かについさっきまで青島の傍にいたのだ。
青島は手を伸ばすと、室井の頬に触れる。
ちゃんと温かい。
なのに。
目覚めないかもしれないなんて。
「…なわけ…ない…そんなわけ……」
あるはずがない。
室井の頬を何度もなぜながら呟く。
室井が死んでしまうわけがない。
青島は糸が切れた人形のようにベッドサイドの椅子に腰を降ろすと、呪文のように繰り返した。
朝になって病室を出ると、些か憔悴している一倉がいた。
「一倉さん、ずっとここにいたんですか?」
「いや、捜査に行っていた」
一倉は捜査一課長なのだ。
事件は待ってくれない。
管理官は誰か代わりがあてがわれていることだろう。
「ちょっと様子を見にな…お前は?」
「俺も仕事に行きます」
そう言うと、一倉は驚いた顔をした。
頭を下げると青島はその場を去ろうとしたが、その腕を一倉に掴まれた。
一倉を見ると、見たこともないような真剣な顔で見つめられる。
「俺が頼むようなことじゃないが、あいつの傍にいてやってくれないか」
一倉と室井は本人たちは腐れ縁だと主張するが、友人だ。
室井が何を望むかくらいは分かっている。
青島は一倉を見つめて小さく笑った。
「大丈夫。室井さんは死んだりしない」
返答に詰まった一倉に構わずに続けた。
「室井さん頑張ってるはずだから、俺も頑張らなきゃ」
夜にはまた来ますと言って、青島は一倉の腕を逃れる。
病院を後にすると、そのまま湾岸署に向かった。
一倉はそっと病室のドアを開けた。
ベッドサイドに近づくと、数時間前となんら変わりの無い姿で横たわる室井がいた。
長い付き合いだが、こんな気持ちでこの男を見つめる時がくるとは思いもしなかった。
『室井は死なない』
そう言い切った青島には感謝したいくらいだ。
一倉にはそう信じることが難しくなっていたからだ。
死んだように眠っている友人を静かに見つめた。
「…行っちまったぞ、青島」
薄情だとは思わない。
ただ意外だった。
青島は室井の傍から離れないのではないかと思っていたのだ。
そして、それが良いと一倉は思っていた。
室井をこの世に繋ぎ止められるとしたら、それは青島だけだと思うから。
ベッドサイドの椅子に腰を下ろすと、あることに気が付いた。
室井の右手が、何かを握っている。
覗き込むようにして見てみる。
「……お守り?」
随分古ぼけたお守りだった。
室井と何の関係もない看護士が握らせてくれるわけがないから、これを置いて行ったのは青島だということになる。
力が入るわけが無い室井の手のひらに、お守りを押し付けて。
その上から握りこむ。
祈るように。
一倉の脳裏にそんな青島の姿が浮かんだ。
―どんな想いで、そんなことを。
一倉はその室井の手を握った。
「置いていって…やるなよな…」
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