青島宅のソファーの上。
瞳を閉じて室井の唇を受け入れていた青島は、目を開けた。
不意に室井が動きを止めてしまったからだ。
眉間に皺が寄ってしまっている室井に、首を傾げる。
「室井さん?どうかしました?」
「…いや」
首を振ったが、どうもしないという感じでは無かった。
暫く躊躇ってから、室井は胸ポケットから携帯電話を取り出した。
マナーモードになっているらしく、忙しなく震えている。
ディスプレイを確認した室井の表情が更に険しくなるのを見て、青島は悟った。
本庁からの呼び出しなのだろう。
ディスプレイを睨んだまま出ようとしない室井に、青島は苦笑した。
「出なくていいんですか?」
「……」
ちらっと室井が視線を寄越す。
青島は笑って見せた。
「出た方が良いですよ」
「しかし」
「事件だったら困るでしょ?」
「しかし、事件だとしたら…」
電話に出て事件だとしたら、当然これから現場に行かなければならないだろう。
はっきり言って、これから楽しもうという恋人同士にとって、これ以上迷惑な電話もない。
だが、しかし。
電話を迷惑がってはいても、室井はこの電話を無視できない。
また例え無視したとしても、この後事件が気になってしまって、室井は青島との逢瀬を心から楽しめないだろう。
そんなことは、青島も良く知っている。
室井も青島も刑事なのだ。
「かなりしつこく鳴ってますよ」
重大なのか緊急なのか知らないが、鳴り止まない電話を指差しながら言う。
室井は諦めたように溜息をついて青島から離れると、通話ボタンを押した。
「室井です」
二、三言交わすと、室井の表情が変わった。
―やっぱり事件だな…。
渋っていたくせに、やはり事件と聞くとやる気が出るらしい。
鋭い眼差しで部下に指示を出す恋人を見ながら、青島は苦笑を深めた。
残念だが仕方が無い。
今日のデートはこれまでだ。
「青島」
電話を切った室井がすまなそうに声をかけてくるから、青島は手を伸ばして室井の襟首を掴む。
引き寄せて軽く唇を奪うと、明るく笑った。
「こればっかりはね、仕方ないっすから」
「すまない」
「いいですって」
「埋め合わせは、必ずする」
そう言って今度は室井からキスをくれた。
「楽しみにしてます」
室井は一つ頷くと、立ち上がってコートを手にした。
「タクシー呼びましょうか?」
「いや、駅前まで行けば捕まるだろう」
駅まで送ろうかとも思ったが、止めておくことにした。
別れ難くなっていけない。
室井はこれから捜査に向かうのだから、余計な余韻は無い方が良いだろう。
「気をつけて行ってくださいね」
別れ際、玄関でそう告げると、室井はドアを開けて振り返った。
そして小さく微笑んだ。
「じゃあ、また」
―青島に悪いことをした。
そう思いながら、駅方向へ急ぐ。
いくら同業者で室井の立場を理解してくれているとはいえ、途中で別れなければならなくなるなんてガッカリさせてしまったことだろう。
室井自身がガッカリしているのだから当然だ。
快く送り出してくれた恋人に報いるためにも、事件は早期解決しなければ。
室井はそう強く思った。
丁度青になったばかりの信号を早足で渡る。
「危ない!」
誰かの声がした。
驚いた室井の目に映ったのは、車のヘッドライト。
―眩しい。
思った次の瞬間には、身体に凄い衝撃を受けていた。
室井には何が起こったのか分からなかった。
身体が宙に浮く感触。
車の急ブレーキの音。
誰かの悲鳴。
一瞬の空白。
次に気が付いた時には、室井の身体は地面の上にあった。
その状態になっても室井には何が起こったのか理解できなかった。
頭を強打したらしく、思考が全く働かない。
信じられないほど重たくなった身体と、真っ白になってしまった頭。
室井の胸にあることは一つだけ。
「…あおしま…」
意識を失う直前に、室井は青島を呼んだ。
それは音にはならずに、騒音に掻き消された。
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