■ こんにちは、赤ちゃん(2)


「あ、室井さん。どうも〜」
青島は何も考えずに、笑顔で頭を下げた。
中々会えない恋人に不意に会えてラッキー、くらいにしか青島は思っていなかったが、室井はそれどころじゃなかったはずだ。
「あ…ああ、どうも」
呆然としたまま礼を返す室井に、すみれは吹き出した。
「青島君」
「え?何さ?」
「室井さん、誤解してるわよ」
「は?」
「『パパ』」
青島と赤ちゃんを交互に指して言うすみれに、青島は目を瞬かせた。
「…………!あ!ち、違う!違いますよ!」
慌てて否定した青島に、室井はそっと息をついた。
「そ、そうか」
「そうですよ。当たり前ですよ」
「そうか」
「そうですよ」
動転しているのか、二人ともろくな言葉が出てこない。
すみれは呆れつつ、室井に説明してやる。
「捨て子なの。湾岸署の駐車場に置いて行かれたみたいなんです」
「それは…」
室井が眉間に皺を寄せる。
確かに愉快な話ではない。
「身元が分かるものは無かったのか?」
「全然。手紙一つ無かった」
「じゃあ、名前すら分かんないんだ…」
青島は気の毒そうに赤ちゃんを見つめた。
何も分からないであろう赤ちゃんは、青島を見てニッコリ笑った。
何だか余計に可哀想になって、赤ちゃんを抱っこしてあやす。
「よしよし…」
「あれ?青島さん。…室井さんも」
聞き込みから戻ってきたらしい雪乃が、赤ちゃんをあやしている青島の姿に目を丸くした。
室井に向かっては一礼をする。
「あ、雪乃さん。どうだった?」
すみれが尋ねると、雪乃は緩く首を振った。
「ダメです。誰も見てないって」
「そう…」
「この子、どうなるの?」
青島が尋ねると、すみれが困ったように言った。
「親が見つからなければ、いずれ施設に入ることになるでしょうね」
4人が4人とも神妙な顔つきで赤ちゃんを見つめた。
赤ちゃんだけが上機嫌に笑いながら、青島の腕に抱かれている。
「とにかく」
すみれの声に、青島は赤ちゃんから顔を上げた。
「うん?」
「しばらくはここで面倒みましょう」
「面倒って……夜とかどうすんのさ」
「青島君が連れて帰るのよ」
「お、俺がっ!?」
ぎょっとしている青島の横で、室井も目を剥いている。
「だって、青島君に懐いてるんだから、仕方が無いでしょ〜」
「そんなこと言われても!俺、赤ん坊なんて触ったことないし!」
「今、触ってるじゃない」
「いや、そうじゃなくて!世話したことないんだってばっ!」
動転している青島に、すみれは冷たく言い放つ。
「そんなこと言ったら、私も雪乃さんも無いわよ」
「ねー」
と、雪乃まで頷いている。
冗談ではない。
青島は面倒を押し付けられるのが嫌で言っているのではないのだ。
誰かの手がないと簡単に死んでしまうような生き物を預けられるのが嫌だっただけだ。
何かあったときには、責任の取りようがない。
「俺じゃあ、無理だって…」
「青島君は赤ちゃんがずっと泣いていればいいって思うわけ?」
「そ、そんなことっ」
「じゃあ、諦めて。今晩連れて帰ってね」
すみれはニッコリ笑うと、手を振って離れていく。
「ちょっとっ!」
「青島さん」
「は、はい?」
「オムツやミルクを後で用意してきますから、持って帰ってくださいね」
ニッコリ笑って言うと、雪乃も行ってしまった。
取り残された、青島と室井。
目を合わせると、室井が同情的な眼差しで青島を見た。
「大丈夫か?」
青島は赤ん坊を抱いたまま、乾いた笑みを浮かべる。
「何とかなるでしょ」
どうにもならないとは言えなかった。
人の命を預かるのである。
何としても何とかせねば。
青島がそんなことを思っていると、室井が思い立ったように言った。
「今日、君の家に行ってもいいか」
「…え?」
「俺は妹の子供の面倒を見たことがある。少しくらいなら役に立てるだろう」
「いや、でも、そんな…」
もの凄く嬉しい申し出である。
経験者が手を貸してくれるのなら心強い。
だが、室井には全く関係のないことなのだ。
ただでさえ忙しい室井に迷惑を掛けるのは、やはり忍びなかった。
躊躇している青島に、室井はちらっと視線を寄こす。
「迷惑か?」
「まさかっ!」
「なら、仕事が終わったら真っ直ぐ君の家に行く」
「でも、忙しいでしょ?室井さん」
「それは君も一緒だろう」
「いや、うちの署に置き去りにされた赤ちゃんですからね。俺は仕方ないんですけど…」
すみれに押し付けられた身とはいえ、まだ署内のことだから仕方が無いと諦めもつく。
だけど、室井には関係のないことだ。
巻き込みたくは無かった。
それを青島が口にすると、室井の眉間に皺が寄った。
「君のことだろ。関係ないとは思ってない」
青島の頬が少し熱くなり、思わず言葉に詰まる。
室井は表情を緩めるとそっと赤ん坊に手を伸ばした。
頭を撫ぜてやると、赤ん坊が気持ち良さそうに目を閉じた。
どうやら本当に眠くなってきたらしい。
そんな赤ん坊を優しく見つめていた室井が視線を青島に戻した。
「恋人が困っている時に手を貸したくなるのは、当然じゃないのか?」
「……そうですね」
真っ直ぐな室井の言葉が少し照れ臭く、そしてかなり嬉しかった。
「待ってます」
それだけ言うと、室井が微笑して頷いてくれた。
「それじゃあ、仕事があるから」
「はい、すみません。足止めして」
「いや、俺が勝手に止まったんだ」
行きかけた室井は苦笑して足を止めた。
「心臓が止まるかと思った」
そう言って室井は喫煙所を出て行った。
青島は少し考えて、「パパでちゅよ〜」のことを指しているのだと気が付いた。
思わず笑いそうになって、何とか堪える。
腕の中で眠っている赤ん坊を気遣ってのことだ。
誤解する気持ちも判らなくは無いが。
「……俺は室井さん一筋だっつーの」
青島は苦笑しながら呟いた。










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2005.1.30

あとがき


普通独身男性に赤ちゃん押し付けないと思いますけどね(^^;
まあ、すみれさんだし。
実際に捨て子ってどうなるんでしょうかね。
親が見つからなければいずれ施設に、というのは間違いないと思うのですが。
とりあえず、警察で預かったりするのでしょうかね…。
少なくても刑事課が担当でははい気は致します。
ああ…自分で自分の小説の粗を突いてどうする(苦笑)
皆様も目を瞑ってやって頂けると嬉しいです(><)



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