聞き込みから戻ったばかりの青島は、喫煙所で赤ん坊を抱いているすみれを見て目を丸くした。
「すみれさん、いつ産んだの」
「殴るわよ」
睨まれて首を竦める。
鞄を自分の机に放り投げると、青島はすみれに近づいた。
赤ん坊は絶好調に泣いている。
必死にあやしながら、すみれは困ったように青島を見た。
「捨て子なの」
「捨て子ぉ?」
青島はまた目を丸くした。
「署内の駐車場に置き去りにされてたらしいの」
「目撃者は?」
「今、雪乃さんや緒方君が聞き込み中」
「警察なら保護してくれるとでも思ったのかね…」
少し腰をおって、赤ん坊の顔を覗きこむ。
子供のいない青島に、赤ん坊の年齢など分からない。
だがその小ささからいって、一歳にも満たないのではないだろうかと思った。
盛大に泣いているせいか赤ら顔で顔立ちも良く分からないが、赤ん坊特有の可愛らしさは充分にあった。
青島の表情が思わず緩む。
「こんなに可愛いのになぁ…」
思わず手を伸ばして、柔らかそうなほっぺをそっと突く。
すると、どういうわけか赤ん坊が泣き止んだ。
丸い澄み切った瞳が青島を見つめている。
青島とすみれは顔を見合わせた。
「…青島君、ちょっと」
言うなり、人形のような赤ん坊を渡されて、青島は慌てた。
「ちょ、ちょっと!すみれさんっ」
「泣かない」
「は?」
「さっきまであんなに泣いてたのに」
すみれが驚いたように言った。
「赤ん坊が泣き止まないから、刑事課より静かなこっちに来たの。あ、今ここ禁煙だから」
喫煙所が禁煙とはどういうことだと思ったが、赤ん坊がいるのでは仕方が無い。
青島はぎこちない手つきで抱きながら、赤ん坊を見下ろす。
その途端、赤ん坊がニッコリと笑った。
青島もすみれもつられるように相好を崩す。
「可愛い…」
「ねぇ」
「何でこんな子供、置いてっちゃうかなぁ」
「……青島君」
すみれが低い声を出した。
「何?」
「まさか青島君の子供じゃないでしょうね」
青島は危うく赤ん坊を落っことすところだった。
慌てて大勢を立て直すと、首を振る。
「んなわけないでしょ!」
「どぉだかぁ〜」
胡散臭そうに見つめられて、青島は渋面になる。
そして小声で反論する。
「俺が誰と付き合ってるか、すみれさん知ってるでしょっ」
青島と青島の今の恋人の間には、子供が生まれるはずがない。
それはすみれも知っていることだった。
「過去の女の子供とか?」
「有り得ません」
「何で言い切れるのよ」
それは、断言出来た。
最後に付き合った彼女は、サラリーマン時代だったからどう考えても計算が合わないのだ。
そう言うと、すみれに哀れみの目で見つめられた。
「寂しいわね、それも」
「ほっといてよ」
「あ〜でも今は、寂しくないもんね〜」
あからさまにからかい口調のすみれを、青島は軽く睨んだ。
「それどころじゃないでしょ」
「そうでした。でも何で青島君は平気なのかなぁ」
聞けば、誰が抱いてもあやしても、一向に泣き止んでくれなかったのだとか。
何故かと聞かれたって、青島に思い当たる節はない。
抱き方も悪いだろうから、赤ん坊にとって心地が良いとは思えなかった。
「ただ単に泣きつかれたんじゃないの?」
「そうかしら。なんか機嫌良さそうだけど」
すみれの指摘に視線をまた赤ん坊に落とすと、にこぉっと微笑まれる。
青島は油断すると際限なく緩みそうな顔をなんとか堪えた。
「…安心してるみたいね」
「そうかなぁ」
「仲間だと思ってるんじゃないの?」
父親の次は、赤ん坊扱いである。
青島が憮然としていると、すみれに怒られる。
「ほら、恐い顔でしないの。赤ちゃんが怯えるでしょ」
言われて、慌てて笑顔を作る。
また泣かれてはかなわない。
すみれは苦笑した。
「本当に、何でこんな可愛い子を捨てたりするのかしらね…」
赤ちゃんのほっぺを撫でながら、すみれは呟いた。
「ほら良かったね〜、パパでちゅよ〜」
まだ言うかと青島が呆れていると、大きな物音がして青島もすみれも赤ん坊から顔を上げた。
喫煙所の入り口に、呆然とした室井が立っている。
物音は室井が鞄を取り落とした音だった。
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