表彰式に青島は現れなかった。
やっぱりというか何というか。
室井は「青島らしい」と思う反面、酷くがっかりしていた。
別れた青島と再会したのは、2年前。
潜水艦事件のときだった。
再会した青島は、付き合っていた当時と何等変わりがなかった。
くだらない話をしては屈託なく笑い、捜査方法で納得がいかないと噛み付いてくる。
捜査に対する熱意は相変わらずで、室井が嬉しくなるほどだった。
だが青島と接点があったのは仕事中だけで、プライベートを一緒に過ごすことは一度もなかった。
それどころか、二人きりになることすらなかった。
避けられている。
室井はそう思った。
思ったからこそ、告げられなかったのだ。
―今も昔と変わらずに、君を。
それを伝えて青島が「NO」と言えば、もう二度と室井は青島を手に入れることはできない。
言わなければ、青島の気持ちを聞かなければ、希望が持てる。
あの時青島が言ったように、青島自身が納得いくように成長できたら。
その時は、と。
表彰式が終わると、室井はスーツに着替えてコートを羽織り足早に本庁を出た。
手には携帯電話を握っている。
―青島に、気持ちを伝えたい。
青島と一緒に事件を解決した。
たぶんこれが、最後のチャンスだと思う。
青島を手に入れる、最後のチャンス。
潜水艦事件から2年経って、室井自身もこの事件を通して、少しは青島の期待に応えられる人間になれたように思う。
少しは失望させずに済む人間になれたように思う。
室井が微かにでも自信を持てているうちに、青島との距離が縮まっている今のうちに。
あの頃の全く変わらない思いを―。
そう思って本庁を出たところで、室井はすぐに足を止めた。
着信があったからだ。
「青島俊作」
ディスプレイに表示された名前を見て、室井は思わず息を飲んだ。
今、自分から連絡をしようとしていた相手からの電話なのに、すぐには出られない。
情けないことに、心臓が痛かった。
だけど切られたら困るので、一つ深呼吸をして通話ボタンを押した。
「はい」
―あ、青島です。
耳に直接響く青島の声に、名前を告げただけのその声に、室井は動悸が早くなるのを感じた。
「…表彰式、やっぱり来なかったな」
何となくそう言うと、電話の向こうで青島が苦笑したのが伝わる。
―仕事してたんですよ。
「堅苦っしいのが苦手なだけだろう」
―あ、やっぱりバレてました?
クスクス笑う青島につられて、室井の表情も緩む。
―……俺的には、室井さんが表彰されれば充分です。
一瞬笑い声が途切れて、呟く。
室井はすぐに返事が出来なかった。
やはり、今しかないと思う。
青島が室井の近くにいるうちに。
室井は強くそう思うと、携帯を握りなおした。
「青島」
―室井さん、キャビア食べに行きません?
室井が意を決して口を開いた瞬間に、わざととも思えるタイミングで青島が提案してきた。
いや。わざとだったんだろうと室井は思う。
はぐらかされたのかもしれない。
気落ちした声をださないように、気をつける。
「…キャビア、とは?」
―すみれさんと約束してまして…退院したから連れてけ連れてけって、うるさくて。
「そうか……何故、俺まで誘うんだ?」
―キャビア、高いですから。
室井は眉間に皺を寄せた。
俺は財布か。
一瞬そう思ったが、青島が露骨に室井にたかることなど、交際している時にもなかったことだ。
沈黙してしまった室井に、青島が小さく付け足した。
―……久しぶりに、一緒に飲みませんか。
口実だったのだろうか。
室井は自分に都合よく考えているかもしれないと思いながらも、喜びそうになる自分を抑えられなかった。
「わかった」
―良かった。また、連絡します。
「ああ」
短く挨拶を交わして、青島が切るのを待ってから電話を切った。
都合よく考えているのかもしれない。
青島は本当にただ飲みたかっただけかもしれないし、財布の助けになって欲しかったのかもしれない。
青島の気持ちなど、青島にしか分からないのだ。
考えても仕方が無い。
室井は青島に合わせるのではなく、自分のしたいことを優先することにした。
室井がしたいことは、ただ一つ。
気持ちを伝えることだけだ。
「これが最後のチャンスか」
呟いて、室井は携帯を握り締めた。
やっぱり心臓が痛かった。
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