一倉氏の受難(3)










捜査一課で朝一番に顔を合わせた室井が、眉間にいつもの倍くらい深そうな皺を寄せていた。

普段は無表情ではあるが、不機嫌面をさらしていることはそうない。

何かあったなと一倉が思うのも無理はないだろう。

幸せの絶頂にあるはずの、室井の機嫌を損ねる原因が何であるか。

一倉が想像するのは難しいことではなかった。

「お前らでも、ケンカなんかするんだな」

一倉が思わず漏らすと、室井にじろりと睨まれる。

自業自得とはいえ一倉が飲み屋でバカップルに盛大にあてられてから、まだ日も浅い。

人前であれだけいちゃいちゃしておいてからに、最早ケンカかと半ば呆れる。

「そんなんじゃない」

むっつりと答える室井。

「じゃあ、なんでそんなに不機嫌なんだ?」

「別に・・・」

「眉間にメモ用紙くらいなら挟めそうだぞ」

人を射殺せそうな目で見つめられて、一倉は肩を竦めた。

いくら一倉でも前回の飲み会で懲りたから、二人のことに首を突っ込みたくない。

ないのだが、室井にがしっと腕を掴まれてしまっては、逃げられそうにない。

「親切にも惚気話を聞いてくれるくらいだから、相談にも乗ってくれるな」

「止めといたらどうだ?からかうぞ。俺、きっと」

「構わん」

切羽詰っているのか、眉間に皺を寄せたまま頷かれて、一倉はげんなりした。

―惚気話の次は痴話喧嘩か。

そう思って溜息を吐く。

だが、余計な首を突っ込んだのは自分であることは自覚している。

それに今の室井を放っておくのも気が引ける。

厄介な友人を持ったものだと一倉は思ったが、恐らく同じことを室井も思っているだろう。

「長くなるか?」

「わからん」

「・・・昼飯食いながらにしよう」

「わかった」

約束をするとようやく手を離してくれた。

じゃあ、仕事するか。

そう言って、自分のデスクに向かって行った室井を見送って、一倉はもう一度溜息を吐いた。






「あいつは俺を好きじゃないのかもしれない」

約束どおり昼食をとりながら、室井が切り出した。

あれだけ人の目の前でバカップル全開だったにも拘らず、何を言う。

そう一倉は思ったが、室井が深刻そうな顔をしていたのでとりあえず先を促す。

「何で」

「・・・急用で会えなくなっても怒ることはないし、「じゃあ、また今度」と笑って済ましてしまう。

それも一度や二度じゃない」

「物分りのいい恋人で結構じゃないか。それで文句言うなんて贅沢な話だと思うが?」

あまりにもあっさり納得されてしまえば、「そんなに想われていないのかも・・・」と思う気持ちも

分からなくはない。

だが、ドタキャンが続いても文句を言わない恋人なんてそうはいない。

いっそ羨ましい話に聞こえる。

大抵はあまり忙しすぎる恋人は好まれないし、一倉も「仕事と私とどっちが大事なの!」と言われ

たことは一度や二度じゃない。

同じ仕事をしている青島だから理解があるのだろう。

それに、男同士だということもあるのかもしれない。

何にせよ、一倉にしてみれば羨ましい限りだった。

「それだけじゃない。青島から会いたがることも、電話が来ることもないんだ」

室井が眉間に皺を寄せて呟いた。

それには、一倉も少し驚く。

あの社交的を絵に描いたような男が、自分からアクションを起こさないというのは確かに意外だった。

「誘えば喜んで会ってくれるが・・・。青島は無理に自分に合わせてくれているのかもしれない」

「それはないだろう」

妙な確信を持って答える一倉に、室井怪訝そうに視線を寄こす。

「何でそんなこと言える」

「青島、ゲイなわけじゃないんだろう?」

「それは・・・違ったと思うが」

「だったら、男相手に無理してお付き合いは出来ないだろうよ。恋愛感情がなきゃな」

それまでは同性愛者じゃなかった人間が同性の人間と交際しようと思いきるには、それなりの勇

気と覚悟がいるはずだ。

いくら青島がお人よしだと言っても、室井との間に確かな恋愛感情がなければ交際に踏み切った

りはしなかっただろう。

「それはそうかもしれないが・・・」

「うん?」

「勘違いとか、気の迷いとか、流されてとかあるだろう」

「・・・お前、自分で言ってて悲しくないか?」

あまりに悲観的な室井の発言に一倉は呆れた顔をした。

実際有り得ない話ではないが、交際したての恋人をそんなふうに疑うのはかなりネガティブになっ

ている証拠である。

室井だって男同士の恋愛など初めてだろうから、勝手が分からないのだろうが。

「青島だって気を使ってるだけかもしれないだろう?お前が忙しいの知ってるから、無理も言え

ないんだろう」

「そうかもしれない。でも青島が会いたいと思ってくれているのそうじゃないのか、俺には分か

らない」

付き合ったばかりで自信が持てないということもあるのだろう。

それは分からなくも無いが、それでも一倉が見た限りでは青島は室井のことを凄く慕っているよ

うだった。

恐らく室井の考えすぎだろう。

そう結論付ける。

「だったら、少し待ってみたらどうだ?」

「待つ?」

「そう。青島だってお前から連絡なければ、自分からしてくるだろう。会いたいと思ってればな」

「・・・連絡が無かったら」

「だから、なんでそうネガティブなんだ!」

一倉はさすがに投げ出したくなった。

だが、一応長年の友人だ。

そう簡単に見捨てられない。

「今青島が付き合ってるのは誰だ?」

「・・・俺だ」

「青島が好きだと言ってるのは?」

「・・・・・・俺」

「あいつとキスするのもセックスするのも、相手はお前だろうが」

露骨な言い方をすると、室井が眉間に皺を寄せた。

構わずに一倉は続けた。

「だったら、信じてやれよ」

「信じてないわけでは」

「バカ。自分を好きじゃないかもーなんて思うってことは、信じてないっつーことだろうが」

いつもは説教されるのは自分のほうなのに、と思うと少し可笑しい。

室井にとっては可笑しくはないだろうが、一倉の言うことには納得が出来るらしく頷いている。

自覚はちゃんとあるのだ。

「そのうち、我慢できずに青島から連絡くるさ」

「・・・・・・そうしてみる」

あまり恋愛に駆け引きなど持ち込まない室井のことだから、気が引けているのだろう。

難しい表情で頷いた。

一倉にしてみれば、恋愛なのだからそれくらいの駆け引きはするべきだと思う。

気持ちの再確認にもなるし、さらに想いが強くなることもある。

これ以上バカップルになられても困るのだが、これ以上バカップルの相談を受けるのも嫌だった

ので、さっさと上手くいってくれないかなと思っているというのが本音ではあったが。

とりあえず納得した室井に、一倉は晴れやかな気持ちで昼食を取った。

まだ何も解決していないのに。






























NEXT

(2004.9.17)

ネガティブ室井さん・・・何だかとっても情けない感じです(^^;

次で終わる予定です。
まだケンカしてませんけど!(汗)
次でケンカして仲直りさせます!
出来たら!(おい)