一倉はそれまで室井に相談されたことなど、すっかり忘れていた。
もう一月近くも前のことだし、他人の恋愛をいつまでも気にしているほど一倉だって暇じゃない。
だが、やけに暗い表情の青島を見ると、思い出さずにいられない。
どうやら上手くはいってくれなかったらしい。
思わず一倉は話しかけようかどうしようか迷ってしまった。
迷っているうちに、青島が一倉に気がついたようだった。
しまったと思ったが、もう遅い。
目が合って驚いた顔をしている青島に、一倉は仕方がなく片手を上げた。
「よう」
挨拶というには少々おざなりに声をかけると、青島は何故だか慌てたように一倉の傍に駆け寄っ
てくる。
そして、ぎょっとしている一倉の腕を掴んだ。
「今、忙しいっすか?」
「え?あ、ああ。暇じゃない」
「5分だけ、付き合ってください」
「あ?おい!」
暇じゃないと言ったのに、一倉をずるずる引っ張っていく青島。
一倉の都合を聞いたのは、何のためだったのか。
そう思いながら、一倉は半ば諦めの溜息を吐く。
青島に引きずられながら向かった先は、喫煙所だった。
そこまで行ってようやく青島が手を離してくれたので、一倉はソファーに座り腕を組んだ。
「で?何のようだ?」
室井のこと以外ではないのだろうが、一応尋ねる。
話を聞かなきゃ解放されないのは分かっている。
青島は一倉の前に立ったまま、相変わらず暗い表情だ。
少しだけ躊躇ってから、口を開いた。
「・・・室井さん、変わりないですか?」
青島の質問に、一倉は方眉を吊り上げた。
妙な質問だ。
「ああ。特に変わりはなさそうだが・・・」
室井と一倉は所属が違うから、頻繁にあっているわけではない。
青島の方が会っていてもおかしくないのにと思ってから、はたと気付く。
一倉が室井に「連絡を待ってみれば」と言ってから、二人は一度も会っていないのではないだろ
うか。
もしかして・・・と嫌な予感に包まれながら、一倉は青島に尋ねる。
「・・・・・・どれくらい会ってないんだ?」
「一月くらい」
青島が辛そうな顔で言うから、一倉は目を丸くする。
「電話も来なくなっちゃって・・・」
ポツリと呟いて、青島は俯いた。
その姿に項垂れた犬を思い浮かべながら、一倉はげんなりした。
嫌な予感は的中。
室井からの連絡が急に途絶えたせいで、青島は落ち込んでいるのだろう。
―これって、俺のせいなのか!?
心の中で盛大に溜息を吐いた。
「お前から連絡してみればいいじゃないか」
一倉が当たり前のことを言うと、俯いていた青島が少し顔をあげて上目使いに一倉を見てくる。
「しようと思ったけど、出来ませんでした」
「なんで」
「だって・・・連絡がないってことは、室井さんが忙しいのかもしれないし」
「そりゃあ暇はしてないだろうが、恋人が電話するのにそこまで気にする必要ないだろうが」
「・・・・・・それに、それまでは忙しくても連絡くれてたのに、急に無くなったから・・・・・・」
また青島が俯いてしまう。
「・・・・・・・・・嫌われたのかもしれないし」
一倉は激しい頭痛を覚えた。
なんでこの二人はこんなにマイナス思考なんだ。
普段の室井や青島がマイナス思考だとは全く思わない。
マイナス思考のヤツが警察を変えようなんて無謀なことを思いつくわけがない。
にもかかわらず、お互いのことになると恐ろしくネガティブだ。
「お前なぁ・・・」
一倉は呆れたように言いかけて、言葉を飲み込んだ。
青島の頬が濡れていたからだ。
一倉は珍しくも動揺する。
―俺が室井に余計なことを言ったせいか?だから、こんな深刻な問題になってるのか??
そう思いながら、ソファーから立ち上がる。
「おい、青島・・・」
青島は乱暴に頬を拭った。
「すいません。情けないな・・・忘れてください」
「ちょっと待て」
「今の話、室井さんには内緒にしてください」
「俺に言えないような話なのか」
青島にとっても一倉にとっても聞きなれた声がして、二人は慌てて振り返る。
そこにはいつ現れたのかは分からないが、予想通りに室井が立っていた。
眉間に深い皺を寄せて。
「む、むろいさん・・・」
青島はまだ赤い目を丸くした。
その目を見て、室井の表情が更に曇る。
「何の話をしてたんだ?」
室井が尋ねるが、青島は即答できない。
青島にしてみれば自信をなくした情けない姿を室井に見せたくなかっただけなのだろうが、室井
の方はそうとらない。
青島が躊躇ったのを見て、室井は痛そうに表情を歪めた。
「・・・俺と会わなくても平気そうにしてるのに、一倉には泣きつけるのか?」
室井が辛そうに吐き出したので、堪らず一倉が口を挟む。
「おい、室井」
「お前は黙ってろ」
「黙ってられるか。お前、激しい誤解をしてないか?」
冗談ではない。
何が悲しくて男同士の痴話喧嘩に巻き込まれなきゃいけないんだ。
一倉はうんざりしながら、室井に説明をしようとしたが。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
室井と一倉の間に青島が入ってくる。
「それより・・・俺が室井さんと会わなくても平気だなんて、本気で思ってるんですか?」
赤い目で室井を睨んでいる。
それを見つめ返す室井の表情は厳しい。
「違うとでもいうのか?」
「言うに決まってるでしょ!」
「いつだって、平気そうだったじゃないか!」
「んなわけあるか!」
青島が室井の胸倉を掴んで怒鳴ると、少しだけ室井が息を飲んだ。
「・・・だって、いつもあっさりしてただろう・・・」
「俺にどうしろって言うんですか。アンタに仕事投げ出して俺を優先してとでも泣きつけって言
うんですか」
そんなことを望む青島ではないことは、室井が一番良く知っているはずだ。
「俺にだって男として、刑事としてのプライドがあるんだ。アンタの邪魔をするような付き合い
がしたいわけじゃない」
真っ直ぐに見詰めてくる青島に、室井の表情がいくらか和らぐ。
少しだけそのまま見詰め合って、青島は力を抜いた。
軽く俯いて室井から手を離す。
「すいません・・・」
「君の言いたいことも分かる」
室井は自分で乱れた襟元を直しながら、言った。
「君の気遣いは嬉しい。それに、信念を貫き通す姿勢も尊敬している。・・・だが」
「・・・だが?」
「俺は君のなんだ?」
室井が青島を見つめたまま訪ねると、青島は一瞬だけ呆けた。
「・・・ええと・・・一応、恋人のつもりだったんですけど」
「一応?」
「あ、や、恋人。・・・です」
一応、という言葉が気に入らなかった室井に睨まれて、青島は慌てて言いなおした。
室井は一つ溜息を吐いた。
「恋人に会いたいと思うことは、いけないことか?」
「・・・・・・いいえ」
「俺は君と会いたかったから、電話をしたり誘ったりしたんだ」
「・・・はい」
「・・・君は?」
「俺も、・・・・・・会いたかったです」
青島が素直にそういうと、室井は小さく笑った。
「なら、そう言ってくれればいい。仕事を投げ出して来いと言われても行けないが、君に会いに
行く努力は惜しまないから」
「室井さん・・・」
今にも抱き合いそうな二人を目の前に、一倉は最早考えることを止めた。
いちゃいちゃして不安になって疑ってけんかして仲直りする。
ちゃんと恋愛してるじゃないか。
良かった良かった。
激しくなげやりにだったが、一倉は自分に言い聞かせる。
室井が幸せそうなのだから、それでいいではないか。
ただ、願わくば自分のいないところで、自分の関係ないところでして欲しい。
そう思わずにいられない。
「・・・俺は本庁に帰るぞ」
「うん?ああ、俺も帰る」
一倉の存在などすっかり忘れていたであろう室井が言う。
そして、青島の手を軽く握った。
一倉はそれを横目で見て見ぬ振りをした。
「また、連絡する」
室井がそう言うと、青島が悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
「・・・帰りに、寄ってくれませんか?」
「!」
もちろん、と締まりのない顔をする室井の背中を蹴り飛ばしたくなったのは、一倉のせいではな
かったはずだ。
END
(2004.9.19)
これでケンカしたとか言い張ってみます!(処刑)
・・・・・・・・・すみません。
一倉さんがバカップルに振り回される話はまた書きたいです。
書いててちょっと楽しかったり(笑)
うちの青島君。
良く室井さんや一倉さんの胸倉掴んでるなぁ・・・。
キャリアなのに・・・。