一倉氏の受難(1)










一倉は一瞬呼吸が止まるくらい驚いた。

妙にドキドキする心臓を押さえる。

「すまないが・・・もう一度言ってくれないか」

「だから」

何度も言いたくないのであろう、室井が眉間に皺を寄せる。

一倉だって、何度も聞きたくはない。

聞きたくはないが、珍しくも室井から折り入って話があると誘われて、喫茶店で差し向かいで会

話をしているというのに、聞き流すわけにも無視するわけにもいかないではないか。

容易に納得できない話なのだから、後は聞き返すしか一倉に出来ることはなかったのだ。

「だから、青島と付き合うことになった」

尤も何度聞き返したところで返事が変わるわけではない。

一倉は溜息を吐いた。

単純な驚きが去れば、冷静な思考回路が戻ってくる。

友人に恋人が出来たと聞けば、普通喜ぶべきだ。

性格が多少歪んでいる一倉だって、それくらいの良心は持っている。

それから、室井に対する友情も。

だが室井の立場と相手のことを考えると、どう考えても手放しで喜んでいい話ではなかった。

「俺におめでとう、とでも言って欲しいのか」

嫌な言い方だと言った本人も思ったが、室井は表情を変えなかった。

「まさか。気持ちが悪い」

「・・・おい」

一瞬からかわれたのかと思ったが、室井があまりにも真剣な目をしているので、そうではないこ

とをすぐに悟った。

「お前が納得しないことは承知の上だ」

一倉は眉間に皺を寄せて、厳しい目で室井を見た。

「なら、話は早い。こんなことはお前の自由で、他人の恋愛なんかに首を突っ込んで良い事なん

か誰にとっても無いと思うが、あえて言わせてもらうぞ」

「・・・・・・」

室井が無言だったから、一倉は勝手に話を進める。

「マイナスにしかならないぞ。お前、結婚しない気か?」

もちろん結婚しなければ絶対に昇進できないというわけではない。

だが、不利にはなる。

「マイナスになっているつもりは全く無いんだが」

淡々と答える室井に、一倉は鼻で笑った。

「恋は盲目っていうからな。幸せの絶頂期で他の事に目がいかなくなってるんじゃないのか?」

ケンカを売るつもりはないが、室井を怒らせてでも気持ちを変えさせたいと一倉は思った。

青島のことは一倉も嫌いじゃない。

バカなヤツだとは思うが、室井が選んだ相手にしては上出来であるとさえ思う。

例えば室井か青島のどちらかが女性であるとか、せめて警察官ではないとか。

そして二人が愛人という関係でも割り切って交際が出来るタイプだったら一倉は反対しなかった。

そんなことは室井はもちろん、青島にだって無理だろう。

二人とも曲がったことが嫌いなのだ。

意外にも室井は一倉の暴言に怒らなかった。

「かもしれないな」

あっさり肯定されて、一倉の目じりが釣りあがる。

「お前・・・・・・上に行くのを諦めたのか?」

言ってから、そんなわけがないことにすぐ気がついた。

青島と付き合っていくのに、そんなことがあるわけがない。

「俺は、警察を変えるのには、青島が絶対必要だと思ってる」

室井がそう思っていることは一倉も知っている。

室井が昇進して警察を変えるのだとしたら、その言葉も間違いではないだろう。

「なら、そのパートナーとしてだけじゃダメなのか」

無駄な質問だと思いながら尋ねると、室井が苦笑した。

「それで済むなら、そうした」

「そりゃ、そうだ」

予想通りの返事が返ってきて投げやりに応じる。

「一倉」

室井が真摯に見つめてくるから、一倉は仕方なく視線を合わせた。

「認めてもらえるとは思ってない」

「・・・じゃあ、何で俺に言った」

「知っててもらいたかっただけだ」

微笑されて、一倉は俯いて額に手を当てた。

どう説得したって聞き入れてはもらえないだろう。

始めから分かっていたことだ。

「一倉」

もう一度名前を呼ばれて、少しだけ視線を向ける。

視線の先で、室井が力強く言った。

「必ず青島と上に行くぞ」

それは決意なのか、願望なのか。

はっきりしているのは、一倉に黙って見てろと言っていることだ。

一倉は深い溜息を吐いた。

「全く・・・」

「悪いな」

「俺に謝る必要はねぇだろ」

「それもそうだな」

やっぱり淡々と言われて、複雑な表情で室井を見た。

「お前が上に行くのを期待してんのは、何も青島だけじゃねぇんだ」

思わずぼやくと室井は目を丸くして一倉を見返した。

室井が昇進する必要がなければ、一倉には反対する理由もなかったのである。

室井には昇進して欲しかった。

自分には出来そうに無いことを「必ず」と公言している室井。

口に出したことは無かったが、室井には上に行ってもらって夢を現実にして欲しかった。

余計なお世話だと知りつつ口を挟んだのはそのためだ。

「それは・・・・・・ありがとう」

室井も複雑な表情で礼を寄こすから、一倉は苦笑した。

「やめろ。それこそ、気持ちが悪い」

「そうだな」

「室井」

「ん?」

「おめでとう」

ぶっきら棒に言うと、室井がまた目を剥いた。

それから、一倉に打ち明けてから初めて、照れくさそうな笑顔を見せた。





あんまり恋愛に興味がなさそうだったから、幸せそうな顔を見ているとこれで良いのかもしれな

いと思った。

既婚者だからというわけではないが、支えあえる人がいるということは素晴らしいことだと素直

に思う。

口に出せば、室井に「悪いものでも食ったのか」と言われそうだから言わないが。

手放しで喜べる報告ではなかったが、本人たちが良いならそれでいいのだろう。

一倉が室井にしてやれることは、数少ないと思われる味方になってやることだけだ。

後は精々、余計な口を挟むことくらいか。

そう思って、一倉はにやりと笑った。

―しばらく、楽しめそうだなぁ。

などと思っていることが室井が知ったら、打ち明けたことを間違いなく後悔しただろう。





























NEXT

(2004.912)


アンケートでご要望のあった「ケンカする室青に振り回される一倉さん」になる予定です(笑)

何を間違ったのか、一話目がシリアスっぽくなってしまいました・・・。
次からはギャグっぽくなるはずです。
落差の激しい話になりそうだな・・・すみません(^^;