■ 鬼ごっこ・その後(3)


婦警に声をかけられた青島は、目を丸くした。
「え?」
「だから、青島さんと室井管理官、仲良いんでしょ?」
あまり話したことのない婦警だった。
ニッコリ微笑まれて、青島はちょっと嫌な予感がする。
「仲が良いって……いや、ほら、上司だし…」
言葉を濁そうとした青島は、笑顔の婦警に詰め寄られて、一歩引く。
「室井さんって、恋人いるんですか?」
ああ、やっぱり…と青島は思う。
「さあ、プライベートな話しはしないから。分からないよ」
ここに居るよと思いつつ、青島は申し訳なさそうに言った。
室井が人気があるのは知っている。
高学歴で高収入のキャリアだし、まだまだ出世するだろうし。
いい意味でキャリアらしくないから、所轄での受けはすこぶるいいし。
「ええ〜そうなんですか?」
青島が知っていると思っていたのか、残念そうな声をあげる婦警に青島は苦笑する。
「ごめんね」
色んな意味での謝罪である。
―あの人、俺んだもん。
密やかな優越感と罪悪感。
嫌なヤツだと自分のことを笑いながら、公にできない関係なのだからこれくらい許して欲しいとも思う。
「そっか…あ、じゃあ、紹介してくれません?」
「えええ?」
室井について聞かれたことは初めてではないが、紹介してくれと言われたのは初めてである。
「無理だよ、それは」
「え〜、どうしてですか?」
「ど、どうしてって…」
そんなの俺のものだからだ、と言ってやりたいがそうとも言えず。
「だから、プライベートじゃ付き合いないんだってば」
「えーずるいですよ!青島さんばっかり、室井さん独占して!」
理不尽に責められて、青島は返答に詰まる。
青島には室井を独占する権利がある。
彼女にそのことで責められる理由はどこにもない。
無いが、説明はできない。
「青島く〜ん」
すみれの呼ぶ声に顔を上げると、刑事課の入り口から青島を呼んでいた。
天の助け、とばかりに青島は婦警に謝ってその場を逃れた。
「はぁ…あ、どうしたの?すみれさん」
すみれに駆け寄って一息つくと、改めてすみれを見る。
「青島君も、大変ね。ご褒美来てるわよ」
どうやら話し声が聞こえていたらしく苦笑しながら、刑事課の中を指し示した。
中には、袴田と話している室井がいた。
「あ、青島君。丁度いいところに」
袴田が青島に気付いて、手招きをする。
それで青島の存在に気がついたらしい室井が、振り返って視線を寄こした。
「どおも」
笑いながら近づくと、袴田に睨まれる。
失礼な態度を取るなと目で威嚇されるが、青島にはどこ吹く風といった感じだ。
「んで、何ですか?課長」
「あ、ああ。管理官が資料を取りにいらしたんだが、資料探しお手伝いして」
青島に促されて、袴田が思い出したように指示をだす。
室井相手じゃなければ面倒くさい雑用だが、今の青島にとっては楽しい仕事に他ならない。
思わず表情が緩くなる。
「了解でっす!行きましょうか、室井さん」
「ああ…宜しく頼む」
ヤケに嬉しそうな青島に不思議そうな袴田。
それを尻目に室井は苦笑していた。


「悪いな。君も仕事があるだろうに」
室井が資料を探しながら謝ってくるから、青島は笑って首を振った。
室井のこういうところがキャリアっぽくなくて、大好きだった。
「室井さんのお手伝いなら、いつでもオッケーっすよ」
「…ありがとう」
微笑されて、青島はドキッとする。
大笑いをすることはない室井だが、最近良く微笑んでくれたりする。
その度に、年甲斐もなくドキドキさせられるのだ。
いつも硬い表情の室井が笑ってくれると、自分が特別なのだと自惚れたくなる。
そんなことを思っていると、先の彼女のことを思い出した。
室井のことを聞かれたのは初めてじゃない。
本庁内部でのことまでは知らないが、所轄では人気がある。
出世株の独身者なのだ。
本庁でも似たようなものかもしれない。
そう思うと、青島は暗い気持ちになった。
青島のアプローチの甲斐があってかどうかは分からないが、室井も自分を好きになってくれた。
青島にとっては、晴天の霹靂である。
室井がいい加減な気持ちで自分の気持ちを受け入れたとは思えないので、室井の好意は信じている。
だが、室井にはまだまだたくさんの選択肢があるのだと、室井と付き合っている現在でも思う。
「青島?」
手が止まっていた青島を不思議に思ってか、いつの間にか室井がすぐそばに来ていた。
「あ…と、何でもないです」
笑って首を振ると、少し眉間に皺を寄せた室井と目が合った。
心配してくれているのかもしれない。
優しい人だから。
こんな人だから、ますます焦る。
付き合い始めて三ヶ月経ったが、あまりに変わらない二人の関係に。
きっと、こんな恋人なら、付け入る隙はいっぱいある。
自分で考えたことにゾッとした青島は、思わず室井の名前を呼んだ。
「室井さん」
「どうし…?」
青島は手を伸ばして、室井のスーツの胸倉を掴んで引き寄せる。
目を丸くしている室井に、そのまま口付ける。
二度目のキスは青島からだった。
触れるだけで離れる。
いまだに呆然としている室井と視線を合わせられなくて、青島は俯いた。
「…こんなところで、すいません」
真面目な人だから、怒られるかもしれないと思ったのだ。
室井は何も言わずに、両手を青島に向かって伸ばしてきた。
頬を包まれて、視線を逸らすことが出来ない。
すると、今度は室井から口付けられる。
それも、先程の軽いキスでは無く、深く求められる。
最初こそ驚いて硬直した青島も、すぐに室井に応える。
求められて、嬉しくないわけが無かったからだ。
室井が告白してくれた時のように、激しいキス。
青島の頭がぼうっとしてくる頃に、室井はようやく解放してくれた。
濡れた唇を指先で拭われて、青島は尚更赤面する。
「こんなところで、すまない」
さっきの青島と同じ台詞である。
目を丸くして室井を見つめると、照れているのか眉間に深い皺を刻んでいる。
青島は破顔した。
そして、思う。
―やっぱり、この人は、俺のモンだ。
「室井さん」
「ん」
「今晩、俺の家に来ませんか?」










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2004.8.29

あとがき


本当は、ここで止めるつもりでした。
ちょっと中途半端な気がしますので、後一話書きます〜。
もうちょっと直前まで書こうかと…(直前じゃなくて、最中も書けって話です)
もう少しお付き合いくださいませ。

細かくいつと決めているわけではないですが、「1」よりは前じゃないかと。
順調に出世していた、降格する前のお話かな…。



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