仲良く隣に並んで昼食をカップラーメンで済ませていたすみれが、横から青島の肘をつついてくる。
「で、どこまでいってるのよ」
ラーメンをすすりながら、横目ですみれを見る。
「どこって?何がよ?」
「何って、コレとに決まってるでしょ」
と、眉間に人差し指を当てるすみれ。
室井と両思いになってから、三ヶ月が過ぎていた。
青島は一瞬きょとんとしてから、苦笑した。
「…何で、そんなこと気にすんのさ」
「あら、随分ね!告白するまであんなに相談に乗ってあげたのに、上手くいった途端お役ごめんなわけ?」
本気で怒っているわけではないだろうが、すみれが頬を膨らませる。
確かに、告白するまですみれには色々相談に乗ってもらった。
遊んでるというほど派手な女性関係はなかったが、青島も人並みに恋愛はしてきた。
だが今回は相手が相手だったがために、どうしたらよいものか散々悩んで、すみれに相談に乗ってもらったのだ。
青島の片思いを知っている唯一の人だった。
だからすみれにそう言われると、返す言葉がない。
「そんなわけじゃないけどさ…」
「じゃあ、教えないさいよ〜。減るわけでもあるまいし」
「いや、勿体ぶってるわけでもないんだけど」
青島が言い淀むと、すみれが鼻で笑った。
「大の大人がこんなことで恥らってるなんて言ったら、笑ってやるから」
「だからそんなんじゃなくて」
青島は困った顔をしながら、ある意味恥ずかしくて言えないんだけど、と心の中で付け足す。
そして、最後の抵抗を試みる。
「すみれさん、それってセクハラじゃないの?」
「男が女に聞けばね」
ニッコリ笑われて、青島は溜息を吐いた。
こうなったすみれは、事件でも起こらない限り誤魔化されてはくれない。
青島は覚悟を決める。
「どこにもいってないよ」
簡潔に答えるとすみれが眉間に皺を寄せた。
「ちょっと。誰もデートの話なんかしてないわよ」
「分かってるってば。だから、…………何にもないんだってば」
青島が言い辛そうに口篭りながら答えると、すみれは目を丸くした。
だから言いたくなかったのである。
「いい年した男がカマトトぶっても可愛くないわよ?」
「だから、本当に、何も、ないんだってば!」
青島は自分で言っていて虚しくなる台詞を繰り返した。
「何もない?」
瞬きしながら、すみれも繰り返す。
「そう」
「三ヶ月も経つのに?」
「…そう」
「キスも?」
「……一度だけ」
室井に告白された時のそれだ。
それ以外では一度もない。
すみれは本当に驚いた顔で青島を見上げてくる。
これ以上ないくらい気まずい雰囲気である。
「それは…………気持ちが悪い」
気持ちは分かるが、失礼極まりないすみれの評価である。
「30代も後半になろうかという男がそんなプラトニックなお付き合いしてるなんて、気持ちが悪いわよ」
今時の中学生の方が余程進んでいるだろう。
いや、小学生にだって負けているかもしれない。
青島は肩を竦めた。
「仕方ないでしょ。あんまり会う機会もないし」
「て言ったって、全く会ってないわけでもないんでしょ?」
「そりゃあ…まあ。でも、外で会うのがほとんどだし。まさかその辺でするわけにもいかないでしょ」
青島の言い分も尤もである。
確かに全く会っていないわけではないが週に一度顔を会わせれば会えているほうだし、お互いに忙しいから仕事の帰りに食事をして解散するのがほとんどだった。
お互いの家に行き来したことは、交際し始めてからは一度もない。
ぼそぼそと言い訳をする青島に、すみれは呆れたように一瞥をくれる。
「そんなのんびりしてると、お爺さんになっちゃうわよ」
「ねぇ?」
「ねぇ、じゃないわよ。もう…」
あっさり同意した青島に、すみれは溜息を吐いた。
青島だって何とかしたいとは思っている。
折角付き合いだしたというのに、これではどこまでいっても友人の延長である。
それこそ思春期の男の子みたいに先を急ぐことばかり考えてはいないが、あまりにもスローペースだと、いつの間にかただの友人に戻っていそうで怖くもあった。
「機会がないんだよ」
複雑な思いで青島がぼやくと、すみれは厳しく言う。
「ないなら、作る!男でしょ?それぐらい、やんなさいよ」
「そ、そりゃあ、そうなんだろうけどさぁ」
すみれの勢いに押される青島。
引き気味の青島に、すみれは意地悪く笑った。
「青島君、好物件捉まえてるんだから、のんびり構えてたらまずいかもよ〜?誰かに取られたりして〜?」
計らずとも青島の痛いところをついてくるすみれ。
青島はのびだしてきた麺をすすりながら、恨めしげな目ですみれを見た。
「…分かってるよ」
「じゃあ、何とかしなきゃね」
すみれに言われるまでもなく、何とかしたいと思ってはいる。
好きな人と一緒にいるのに、触れたくないわけがない。
触れたいに決まってる。
一度拒んでいるせいか、室井から露骨に誘われることはない。
青島から行動を起こさない限り、室井の性格からいって当分このままな気もする。
だが、青島には躊躇う理由がないこともなかった。
あの時、室井は青島を抱くつもりで押し倒した。
正直に言えば、「俺がそっちか!」と驚いたのだが、室井がそうしたいならそれでいいと思う。
思うが、本当に出来るかどうかが、実は不安だった。
青島が怖くて出来ないという意味ではない。
怖くないとは言えないが、そんな思いより室井としたいと思う気持ちの方が強い。
好きな相手なのだから、当然だ。
問題は室井の方である。
青島は女じゃない。
ノーマルである室井が青島に何の反応も示さなくたっておかしくないのだ。
その時になってやはりダメだったとなれば、室井と付き合っていくことなど出来ないだろう。
こんなことなら、あの時勢いのままに抱かれておけば良かったとさえ思う。
青島はまた溜息を吐いた。
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