一倉は本庁の喫煙所で珍しいものを発見した。
青島と新城が二人仲良く…かどうかは分からないが、二人並んでコーヒーを飲んでいるのだ。
青島の方はともかく、新城の方は相変わらず青島に対して態度が硬い。
一倉に言わせれば、新城のその態度は小学生の愛情表現に近いものがある。
何かにつけて青島に絡んでいく新城の姿を見ていると、好きな子に意地悪をしている小学生のようで可笑しかった。
もちろんそんなことを新城に言えば、拳銃でも持ち出されかねないので言わないが。
珍しいといえば、もう一つ。
青島が制服を着ている。
刑事課にいる青島が制服を着ていることは珍しい。
尤も彼の場合は、他の部署に回されたところで、ほとんど制服を着ることはないようだが。
「本庁で七五三でもやるのか」
笑いながら喫煙所に入ってきた一倉の第一声がそれなのだから、一倉を見た青島の表情がうんざりしていても仕方がない。
もちろんそんなことを気にする一倉ではないいので、平然としている。
「それだと、俺っていくつになるんですか」
「もちろん三歳児だろう」
「そりゃあ、どうも」
肩を竦める青島。
一倉の戯言には慣れっこの青島には、軽く聞き流す程度の余裕があった。
うんざりはしているようだが、嫌われてはいないのは雰囲気で何となく伝わる。
一倉が室井の友人だからかもしれないが、青島の一倉に対する態度はわりと柔らかい。
それが微妙に嬉しいなどと思ってしまえば、一倉も新城とさして変わりがないことになる。
苦笑を浮かべて、新城を見た。
「珍しい組み合わせだな」
「…湾岸署に寄ったもので、本庁まで送らせました」
新城がいつもの無表情で答える。
が、ちょっとだけ引きつっている。
新城は一倉が少し苦手なのである。
一倉はそれに気がついていながら、平気で声をかけていく。
嫌がっているのが分かるからそれが結構楽しいのだが、室井に言わせると「悪趣味」の一言で片付けられてしまう。
自分でも自覚しているので、堪えたりはしない一倉だった。
「わざわざ、青島にか?」
ニヤリと笑ってやると、嫌そうな顔で一倉を見上げる新城。
「暇なヤツにやらせるのが当然でしょう」
「暇って…酷いなぁ。これでもね、結構忙しいんですよ」
憮然とした青島がぶつぶつと零す。
新城が密かに失言に後悔していることなど気付きもしない青島に、一倉は苦笑した。
そして、話を変えてやる。
「分かってるって。それより、なんで制服なんだ?」
「…さっきスコールみたいな雨降ってたの、知ってます?」
言われて一倉は「ああ」と頷く。
つい先程、雨が降っていたのは知っている。
一倉は本庁の建物の中から見ていただけだが、何人か雨に当たって困っていた刑事もいたことを思い出す。
「ああ…あの雨に当たったのか」
「そうなんですよ〜。晴れてるなぁと思ってたら、いきなりざーっと。そんで仕方がないから制服に着替えたんです」
「災難だったな」
そう言ってやりながら、まじまじと制服姿の青島を見る。
その視線に落ち着かないという様子の青島が、自分の服装を見ながら苦笑した。
「そんなに似合わないっすか?評判悪いな、俺の制服姿」
「いや、むしろ似合ってるんじゃないか?」
「本当ですか?あんまり言われないですよ?」
疑わしげに首を捻る青島。
「あれだ」
「はい?」
「イメクラっぽいな」
一倉がさらっと言うと、新城が盛大にコーヒーを噴出した。
青島は言われて一瞬嫌そうな顔をしたが、それよりも噴出した新城に驚いたらしい。
「わっ大丈夫ですか?もう、阿呆なこと言うからですよ〜」
前半部は新城に、後半部は一倉に向けて呆れたように言った。
慌ててポケットからしわくちゃのハンカチを取り出して、コーヒーの飛び散った新城の背広を拭いてやる。
「いっいい!青島!…平気だ」
「何言ってんですか。いいスーツなんでしょ?染みになっちゃいますよ」
構わずにズボンを拭いてやる青島に、新城は硬直した。
それを見ていた一倉は、笑いを噛殺すのに失敗し肩を大きく揺らしたため、青島に睨まれた。
「ちょっと。一倉さんのせいっすよー」
「それはすまんな」
半分は青島がそんな格好をしているせいだと思ったが、余計なことは言わなかった。
「ただ結構稼げるんじゃないかと思っただけだ」
「一倉さん!け、警察官ともあろうものが…っ!」
怒ったのは、新城の方である。
動揺しているのだ。
恐らく想像してしまったのだろう。
いろいろと。
そんなことに気がつくはずのない青島は、非常識な発言をする一倉に潔癖そうな新城が腹を立てていると思ったらしい。
「全くですよ、一倉さん。不謹慎ですよ〜」
のん気に同意をしている。
新城は眉間に皺を寄せて、青島の手を掴んだ。
「も、もう、いい!」
「…?そうですか?」
新城のキツイ物言いなど日常茶飯事なのでさして気にしたふうでもない青島は、肩を竦めて新城から手をひいた。
眉間に皺を寄せたまま、新城は立ち上がった。
そして苦虫を噛み潰したような顔で、青島を見つめる。
「…………ありがとう」
驚く二人をよそに、新城はさっさと喫煙所を出て行った。
「今のは…拭いたことにですかね?それとも送ってきたことにですかね?」
「さぁてな。どっちかかもしれないし、両方かもしれないな」
「はぁ…。あ、だから、雨降ったんですかね?」
呆然としていた青島が一倉を見上げて言うから、一倉は苦笑した。
「お前もたいがい失礼なヤツだな」
「一倉さんには負けますよ」
ベッと舌を出して見せる。
後数年で40歳になろうかという男のする表情ではないが、似合うから恐ろしい。
などと、一倉が思っていると青島も立ち上がる。
「俺も、もう戻んなきゃ」
コーヒーの紙コップをゴミ箱に捨てる。
青島が動いた瞬間に髪の毛が不自然に動いて、一倉は何となく手を伸ばした。
「お前、髪濡れてるんじゃないのか?風邪…」
引くぞ、と言おうとして、一倉は言葉を呑んだ。
髪に触れるつもりだったのだが、青島が動いたせいで一倉の指先が耳の裏を掠めた。
それはほんのちょっとだったが、青島は一瞬ビクッと反応する。
青島はすぐに自分の耳に手を当てて、苦笑した。
「はは、俺ちょっとくすぐったがりなんですよね〜」
照れながら笑う青島に、一倉はすぐに返事が出来なかった。
くすぐったさに思わず身体が反応したのだろう。
人によって様々だが、他人に触られると極端に反応を示す人もいるから、青島の反応は珍しくはない。
だが、一倉には軽い衝撃だった。
声を上げたわけでも何でもない。
ただ一瞬だけ、青島は目をぎゅっと瞑り、何かに耐えるような表情を見せた。
まるで、快感をやり過ごしているような…。
「一倉さん?」
電池が切れたみたいに止まっていた一倉は、青島に顔を覗きこまれて我に返った。
「あ、ああ。すまん」
「どうかしました?」
「いや、ちょっと事件のことで気にかかることを思い出しただけだ」
さらりと嘘を吐く。
青島はもちろん疑わない。
「そうですか。あ、じゃあ、俺、本当に帰りますね〜」
「ああ…」
喫煙所から出て行く青島の後姿を見送って、一倉は口元を手で隠した。
「……俺としたことが」
一瞬でも見とれた自分が口惜しい。
これでは、新城を笑えない。
軽く首を振って気分を変える。
無意味な動揺が、一倉のプライドに触った。
いつものように薄く笑うと、不吉なことを心に誓う。
この責任は―責任もくそも誰も悪くないのだが、恋人である室井に取らせよう。
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