■ 悪いのはどっち?(4)


夜遅くになって室井から「後5分でそっちに着く」という電話をもらい、青島は驚いた。
室井がいきなり遊びにくることは珍しい。
当日約束をつけることはあっても、約束もしていないの自宅までやってくることはあまりない。
もちろん不愉快に思うわけもなく、喜んで待っていると告げた。
迷惑ではなかったが、「珍しいな」とは思った。
室井を待っている間に、つまみになりそうなものを探すのに冷蔵庫を漁ってみようかと思ったが、インターホンが鳴ったのですぐに諦める。
どうせろくなものは入っていないだろうし。
「おっつかれさま!」
妙な節をつけて出迎えると、室井は一瞬目を丸くして苦笑した。
「お疲れ様」
「珍しいっすね〜。突然来るの」
室井を招きいれながら青島は尋ねた。
「あ、なんかありました?」
「いや、特には。急で迷惑じゃなかったか?」
「迷惑なわけないでしょ!会えて嬉しいですよ」
照れながらもそう笑うと、室井も微笑を返してくれる。
だが、微妙に元気がない気がするのは青島の気のせいだろうか。
首を捻りながらも、とりあえず室井を座らせビールを持ってくる。
「飲むでしょ?」
「ああ…ありがとう」
無意味に乾杯をして、お互いにビールを煽る。
室井はあまり飲まずに、缶をテーブルに置いた。
ちらりと視線を寄こされて、なんとなく青島も缶を置く。
「やっぱり、何かありました?」
再度尋ねるが、室井はそれにははっきりと答えずに「いや…」と口の中で呟いた。
首を傾げている青島に、室井は何度か躊躇ってから口を開いた。
「青島」
「は、はい?」
室井の硬い雰囲気につられてか、青島も思わず緊張する。
「頼みが、あるんだが」
「はぁ…」
突然「頼み」といわれても、青島には何のことだかさっぱり分からない。
「なんでしょう?」
面を食らいつつも、室井を促す。
何だか良く分からないが、室井の頼みとあらば出来る限りは良い返事を返してやりたい。
そんな風に思って続きを待っていると、室井が眉間に皺を寄せて難しい表情を浮かべるから、青島は一瞬別れ話かと思ってぞっとした。
眉間に皺を寄せたまま、室井が口を開いた。
「雨が降ったら、傘をさせ」
「…………は?」
青島が間抜け面をさらしても仕方がなかっただろう。
それだけ、室井の表情と「頼み」のギャップが激しかった。
俺は小学生かと思いつつ、青島は首を竦めた。
「雨が降れば傘くらい差しますよ、俺だって」
「今日、ずぶぬれになったらしいじゃないか」
「あっ!」
言われて思い出す。
「そうそう。今日酷い目にあっちゃって……って、なんで知ってるんですか?室井さん」
思い出したと同時にグチろうとした青島は、ふと疑問に思う。
室井は難しい表情を崩さない。
「電話を貰ったんだ」
「なんで?一体誰がそんなことをわざわざ…」
「最初は柏木君」
「雪乃さん?……え?最初?」
軽く混乱してくる青島。
室井は構わず続ける。
「次は恩田君」
「すみれさんも?」
「最後は……一倉だ」
一倉の名を出すときに、室井は苦虫を噛み潰したような顔をした。
それだけでどんな電話だったか、想像に難くない。
青島は三人の名前を聞いて、呆気にとられた。
「…………なんで?」
室井がわざわざ青島に話すということは、三人の電話が青島に関わることだったということだ。
いくら青島だってそれくらいは分かる。
だが、理由が分からない。
今日、青島の身に起こったことを、わざわざ室井に申告した理由が。
目を白黒させている青島に、室井は溜息を付いた。


雪乃からは真下の様子と、「もっと周囲に気をつけたほうがいい」という忠告。
すみれからは新城の様子と、「しつけがなってない!もっとちゃんと管理しろ!」というお小言。
一倉からは…。
「眼福だった」という腹立たしいまでに嬉しげな一言だった。


それが、今日室井の受けた電話の全てだ。
青島の自覚の無さを今更嘆いても仕方がない。
室井も鈍感だから人のことは言えないと思っているが、だからといって黙っているわけにもいかなかった。
おかげで今日はろくに仕事にならならかったのだ。
そんな気持ちで室井が青島に会いに来ているとは思ってもいない青島は、相も変わらず首を捻っている。
「出来る限り、傘をさせ。風邪を引くぞ」
一番心配なのはそこじゃないだろうが、室井はもっともらしく付け足した。
青島はいまいち腑に落ちない表情だが、とりあえず頷く。
「ええ…させる状況なら」
傘が手元にあって、犯人を追っかけていない時なら、青島も傘くらいさす。
尤もあまり傘が手元にある時がないので、あまり意味のある約束ではない。
それを承知の上でか、室井は次に進む。
「それから、署に背広の替えを置いておいてくれ。着替えるのは更衣室でだぞ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。何ですか、それは…」
ますます意味の分からなくなる室井の「頼み」に青島は更に混乱する。
だが、室井の有無を言わさない視線に思わず黙る。
決して怒られているわけではない。
わけではないが、責められているような気がするのは青島の気のせいだろうか。
「制服だと窮屈だろう。制服で歩けば嫌でも目立つし」
「え、ええ、まあ、そうですけど」
「君の場合、雨に濡れるだけじゃなくて、良く被疑者と格闘して…本当はこれも控えてほしいのだが、背広をダメにすることがあるだろう。念のためにロッカーに一着入れておくと便利だぞ」
台本でもあるのかと疑いたくなるほど、淀みなく喋る室井。
「それから、着替えは更衣室でするべきだ」
「そんなことまで言ったんですかぁ?いや、俺だって、大抵は更衣室で着替えてますって」
驚きと弁明を口にする青島。
それも室井は取り合わない。
「俺たちは男だからいいが、見ている女性が不快に思わないとも限らない」
「…はぁ。確かにセクハラとか問題になりそうっすもんね。それは気をつけます」
室井の思惑とは大分違うのだろうが、その点については青島も納得がいく。
セクハラ問題に煩くなった昨今、迂闊な言動は出来るだけ避けるべきだろうな。
などと、思っている。
「それから」
「ま、まだあるんですか!」
じろりと睨まれて、青島は口をつぐむ。
今日は室井に逆らわない方がいいと、本能が告げている。
「…なんでしょう」
大人しく尋ねると、室井が眉間に皺を寄せたまま手を伸ばしてきた。
室井の指が、青島の髪を梳いて耳の裏を撫ぜた。
ビクッと小さく反応を示した青島は、ちょっと赤い顔をして身を引いた。
「なにするんですか、いきなり」
「…そのくすぐったがりを治せ」
「はい?」
唐突な室井の無理難題に、青島は目を丸くして声を上げた。
室井は相変わらず難しい表情をしている。
青島が耳を押さえて目を白黒させていると、室井はテーブルを迂回して青島の傍にやってくる。
「ちょちょちょっと、なんですか」
思わず後退りする青島に、室井はまた手を伸ばしてくる。
「慣れろ」
「はい?」
「沢山触れば慣れるだろう」
そう言うと、室井は青島の首筋やら耳元にベタベタ触れてくる。
「ちょっ、待っ、わっ…っ!」
青島は小さな悲鳴を堪える。
弱い所に容易く触れてくる室井の手から逃れるために、後退りながら身を捩った。
室井は片手で青島の腰を抱いて、空いた手で青島の身体に触れてくる。
「な、なんですか!突然!」
「協力してやるから、治せ」
「別に日常生活で困ること無いですって!……くっ」
両目をぎゅっと閉じると、室井がその眉間に唇を寄せてくる。
「…そういう顔を、他の奴に見せるな」
ぼそりと呟かれて、青島はそっと目を開く。
間近で室井が眉間に皺を寄せていた。
少しだけ切羽詰った表情。
それに首を傾げながら、青島は困った顔をする。
「そ、そういう顔って言われても」
「色っぽいから止めてくれ」
「いろ…っ!何言ってんですか!」
いつ誰がそんな顔をしたのだと文句を言う青島に構わず、室井は耳元に唇を寄せてくる。
ほとんど愛撫に近いが、室井は真剣な表情で繰り返す。
本当に、青島のくすぐったがりを治したいだけらしい。
「分からないならそれでもいい。とにかく、慣れてくれ」
「…っ!?慣れろって言われても…無理ですってばぁ」
青島は身を捩りながら、何とか室井から離れようとする。
だか、室井は離してくれない。
「やってみないとわからないだろう」
「わっ…わかり、ますって!」
「何度も同じ事をすれば何でも慣れるものだと思うぞ」
「室井さんが相手じゃ無理です!」
青島が慌てて言った一言に、室井の動きが止まる。
それから眉間に深い皺を刻んで、不機嫌面になる。
「それはどういう意味だ」
「い、いや、その…っ」
明らかに不機嫌になった恋人に、自分の失言を悔やみつつ青島は言葉を探した。
室井は青島の返事を待たずに、再び青島の弱い所に触れる。
「…っ!」
息を飲んだ青島に、室井が低く囁いた。
「治してみせようじゃないか」
耳元で囁かれて小さく反応を返してしまってから、青島は諦め悪く嘆いた。
「だから、無理ですってばぁ」
「なんで」
「た、確かに、俺くすぐったがりですけど…っ、それは他の人に触られるからであってっ」
耳の裏を舐められて、思わず仰け反った。
抜き差しなら無い状況に陥りそうだったため、溜まらず叫ぶ。
「あ、アンタにさわられると、感じるんだってば!」
再び室井が動きを止める。
目を丸くして見つめられて、居心地悪げに視線を逸らした。
「……仕方ないでしょ。好きな人に触られれば」
青島は照れながらぽそぽそと呟く。
他の誰に触られたってくすぐったいだけだが、室井だけは別だった。
惚れた相手なのだから、それだけで済むわけが無い。
一瞬呆けた室井だったが、青島と視線を合わせると不意に口付けを仕掛けてきた。
舌が唇を割って、深く求められる。
面食らいつつも、青島もそれに応えた。
青島の身体から力が抜けた頃に、室井がようやく解放してくれる。
「室井さん…?」
手の甲で濡れた唇を拭いながら、下から室井を見上げる。
「無理かどうか、試してみよう」
言っていることはさっきと変わらないが、表情は全然違っている。
優しい視線の中にはっきりとした欲情の色を見つけて、青島は焦った。
「む、室井さん」
さっきまでとは違う、明らかな意思を持って動く室井の手。
「ちょっと、待っ…っ。何か、目的変わってません!?」
「変わってない、気にするな」
そう言って、耳の裏を舐められる。
不快感からじゃない鳥肌を立てながら、青島は叫んだ。
「嘘だ!絶対変わってる!」
「…いっぱい触るついでに、くすぐったがりも治ればいいな?」
「…!やっぱり、変わってるじゃないか!」


青島を押し倒しながら室井は思った。
―どう考えても君が悪い。










END

2004.7.27

あとがき


というわけで、どう考えても悪いのは青島君ということで(笑)
あちこち微妙なお話になってしまいました。
そして、あちこちに私の妄想が溢れ出ちゃってます(^^;
申し訳ありません…。
暑いですからね。
そんなこともありますよね(おい)

恋人兼保護者室井さん。
大変です。
自覚のない恋人を持つと。
いいこともあるようですが(笑)



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