バタバタと走って刑事課に入ってきた青島を見て、真下は呆れた顔をした。
頭の天辺から靴の先までびしょびしょなのだ。
そういえば、先程から夕立のような雨が降っていた。
びしょ濡れの青島を見て、真下はそれを思い出した。
仏頂面でフルフルと首を振り、髪から滴り落ちる雨水を振り払っている。
まるで犬みたいだなと失礼なことを思いながら、久しぶりにあった青島に声をかける。
「何してんすか、先輩」
真下の呆れ声に、その存在に初めて気が付いたらしい青島が、一瞬目を丸くしバツが悪そうな顔をした。
それから、強気に胸を張る。
「お前こそ、なにしてんの。こんなとこで」
「もちろん、し」
「雪乃さんに会いに来たのか」
「そう…って、違いますよ!仕事に来たんです!」
今日は本当に仕事なのに、と真下が思っていると。
「今日は本当に、お仕事で来てるんですよ〜」
青島の背後から資料を手に刑事課に戻って来た雪乃が、通りすがりに付け足した。
可愛い顔をしてキツイところは、彼女も相変わらずである。
真下が情けない表情をしていることなど全く気にせず、雪乃は青島を見て目を丸くした。
「あら、雨に当たっちゃったんですかー?」
「そ。全くついてないよ。出る時は降って無かったのに、5分もしないで大雨になるんだもん」
用事足す前に帰って来ちゃったよ、とぼやく青島。
目的地に辿り着く前にびしょ濡れになってしまったらしく、結局何もせずにただ折り返してきただけらしい。
「濡れ損でしたね」
「全くだよ」
気の毒そうな雪乃に苦笑しながら、青島は濡れた前髪をかきあげる。
それを見て、真下は思わず動きを止めた。
前髪から雫がたって、顎のラインを流れていく。
全身が濡れてしまったせいで寒いのか、濡れて震えている唇が妙に艶かしい。
真下は見てはいけないものを見た気になって、思わず視線を逸らした。
真下には断じてその気はない。
雪乃一筋だと言い切れる。
―だけど…何、この色気は…。
真下は妙に動悸が早くなっていることに気が付いて、思わず愕然とする。
そんなことには一向に気が付かない青島は、びしょびしょになった背広を脱ごうとボタンを外し始める。
慌てたのは真下である。
「ちょ、ちょっと!何やってるんですか!」
突然大きな声を出した真下に、青島は怪訝そうな表情を浮かべる。
「何って…寒いし重いから上着を脱ぐんだよ。シャツまでべちゃべちゃでさぁ…」
ほんの少しの間だけだったのに…とブツブツぼやいている青島の言葉なんか、真下はもう聞いちゃいなかった。
一人、それどころではなかったのだ。
「こ、こんな所で、脱がないでくださいよ!」
「はぁ?お前、何言ってんの?」
「更衣室行ってください!」
「心配しなくても、パンツまで脱ぎゃあしないよ」
呆れ気味の青島のセリフに、真下は更にテンションが上がってしまう。
「バカなこと言ってないで!ここじゃあ、まずいですよ!」
「何で。上着脱ぐくらいで大袈裟だな。女の子でもあるまいし、見えて困るもんがあるわけじゃないだろ」
「シャツまで濡れてるなら、す、透けるでしょうが!」
心底呆れた顔で青島は真下を見た。
「それこそ、女の子じゃないんだ。透けて困る下着なんかつけてるか」
下着どころか乳首が透けるじゃないかー!
と思ったが、真下は寸でのところで、何とか飲み込む。
言ってしまったら、本格的に真下の人格が疑われかねない。
真下はイライラしながら、刑事課の外を指差す。
「公衆の面前!着替えは更衣室でやりましょう!これ、一般常識!」
「…袴田課長、いつもそこで着替えてんじゃん」
「青島さん」
埒の明かない会話を繰り返している二人に、雪乃が助け舟を出してくれる。
「どっちみちそのままじゃ風邪引いちゃうから、制服にでも着替えた方がいいですよ?それにタオルで身体を拭いたほうがいいですし」
そう言って、更衣室に行くことを勧める。
雪乃にそう言われれば、青島もそれもそうかなぁとあっさりと気持ちを切り替える。
「ん。じゃあ、ちょっと着替えてくるわ」
「タオルあります?」
「大丈夫。確かロッカーに入ってるはずだから」
そう言って、二人に手をふって青島が刑事課を出て行く。
その後姿を見送って、真下はやっと安堵の溜息をついた。
あんな青島が傍にいたのでは、心臓に悪い。
真下は真剣にそう思っていた、
ふと、雪乃の視線に気が付いて顔を上げる。
目が会うと、意味深に微笑まれる。
「ゆ、雪乃さん?」
「室井さんに殺されますよー」
「なっ、な、な、ななんでですか!」
青島の恋人である室井に殺される覚えなんかない。
ないはず。
ないと思いたい。
真下が激しく動揺している横で、雪乃がひっそりと溜息を吐いた。
「室井さんも大変だわ、これは」
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