■ 鬼ごっこ(3)


会わないとなると何日も姿を見ないのだが、会うとなるととことん顔を合わせるらしい。
湾岸署に特捜が立っているのだから仕方ないのだが、室井にはかなりキツかった。
顔を合わせることは、気まずいくらいでなんでもない。
室井が困っている事柄は、唯一つ。
署内ですれ違うとき、車で送迎してもらうとき、喫煙所で二人きりになったとき。
必ず青島が「好きですよ」と言うことだった。
まるで挨拶のように言われるので、室井は言われっぱなしである。
返事を返すとか返さないとかではなく、まるで耳に青島の独り言が入ってくるような感覚である。
しかも、内容が内容だ。
無視するにも限度がある。
湾岸署での事件も中々解決せずに、業を煮やした室井が青島を捕まえた。
「おい」
「な、なんですか」
「あまり人の来ないとこはどこだ」
廊下で青島の腕を捕まえて至近距離で問い詰めると、青島は一瞬きょとんとしてからふざけた。
「いやん。室井さんてば、積極的〜」
「ばっ!なっ!」
室井が赤面しながら額に青筋を浮かべたので、青島は慌てて両手を挙げる。
「じょ、冗談ですって。こっち、資料室行きましょ」
降参のポーズをとりながら、青島は顎で資料室の方を指した。
その手の冗談が得意じゃない挙句、相手が青島ということもあって過剰に反応してしまったのが、少し恥ずかしくなる。
室井は眉間に深い皺を刻んだまま頷いた。
青島の後をついて資料室に入ると、室井は厳しい表情のまま青島を見つめた。
「どういうつもりだ」
言われた青島はというと、困惑気味だ。
室井が怒っている理由が分からないのだろう。
「どう、とは?」
「あ、あれだ」
「あ、あれ?」
「っ、君は何だって、一々好きだというんだ」
こっ恥ずかしくて言いたくは無かったのだが、何とか我慢して言う。
そうでなければ伝わらないからだ。
青島はやっと合点したようで、「ああ…」と呟く。
「ほら、室井さん、言っとかないと忘れ…」
「俺だって老人じゃないんだ、そうそう忘れない」
イライラしたように遮ると、青島は少し困ったような表情を浮かべた。
「すいません。そんなに迷惑でした?一応、仕事中には声掛けないようにしてたんですけど…」
頭を掻きながら言われて、室井もやはりと思う。
それは室井も気付いていた。
捜査会議の前後や仕事中に顔を合わせても、当たり前の会話以外は無かった。
人が近くにいるときもそうだ。
いつもの人懐っこい青島がいるだけ。
それも青島なりの気遣いなのだろう。
「それは、分かった……しかし、何のために会う度に言うんだ?」
室井は困惑気味に尋ねる。
「ええと、暗示にでもかかってくれないかなーと思って」
「……は?」
青島の突拍子も無い発言に、室井は目を丸くする。
「いや、好き好き言い続けたら、いつか室井さんもそんな気になってくれないかなーと」
室井は思わず呆けて、間抜け面をさらした。
子供っぽいというか、なんというか。
そういえば、青島には子供みたいなところが確かにある。
良くそんなことが考え付くものだと、室井は半ば感心する勢いだった。
室井にしてみれば嫌がらせかとも思える行為だったが、聞いてみれば想像以上に可愛らしい理由が返ってきて、正直対処に困る。
まさか「室井に好かれたくて」好きだと言い続けていたとは思いもしなかったのだ。
あっけに取られた室井に見つめられて、青島は居心地悪そうにしている。
「君は、バカか」
思わず漏らすと、青島は一瞬言葉に詰まってから苦笑を浮かべた。
「…はは、そうかも」
青島の表情を見て、室井は失言だったと気付く。
一瞬だけ酷く悲しそうな表情をしたからだ。
バカだと思ったことは嘘ではないが、青島を非難するために言ったわけではなかった。
ただ自分に好かれたくて、青島が自分を何度も好きだと言っていたのかと思うと、「ばかだ」としか思えなかったのだ。


―何故俺なんかに好かれたいんだ…。


室井を好きだからなのだろうが、室井には納得できなかった。
青島なら自分じゃなくても相手には困らないだろうと思う。
自分と違って女性に好かれるタイプだとも思う。
陽気で、親切で、頭の回転も早い。
何より、優しい男だ。
それに、青島は恐らく同性愛者ではないのだろう。
自分が初めてだと言う。
余計に、何故自分なんかを、と思う。


「すみませんでした、迷惑かけて。もうその辺で言ったりはしませんから」
言われて、考え込んでいた室井は意識を青島に戻した。
室井の不用意な発言が尾を引いているのだろう。
笑ってみせる青島の表情が暗い。
青島の言ったこと自体は有り難いのだが、誤解されているのが気になった。
迷惑だから「バカだ」と言ったのではなくて、青島にそんなマネをさせたくないから「バカだ」と言ったのだ。
室井は眉間に皺を寄せた。
「そうしてくれ」
「はい」
「……言われなくても心に留めておくから」
君の気持ちは。
室井はそれだけ言うと、青島の返事も待たずにさっさと資料室を出て行く。
背後で青島が息を呑む音が聞こえたが、振り返らない。


室井の精一杯の譲歩である。
青島を嫌いなわけではない。
受け入れることは出来ないけれど。


どうしてか、青島を傷つけることは躊躇われた。
どうしてか、青島が悲しい顔をするのを見るのは嫌だった。


―何故だろう…。
室井はそう思いながら足早に湾岸署を出た。





***





湾岸署での捜査は大分進んだのだが、室井の疲労はピークだった。
捜査本部は湾岸署以外にもあって、いくつか掛け持ちする毎日だからだ。
捜査の資料を片手に、喫煙所に立ち寄る。
本部でもコーヒーくらい飲めるが、少し一人にもなりたかった。
ソファーに座り、とりあえず資料を捲る。
数行読んでみるが、中々頭に入ってこない。
資料を睨みつけながら、欠伸を漏らす始末。
ぼんやりした頭で思い浮かべるのは、大詰めを向かえた捜査だけではない。
「……」
青島はあれから署内であっても、約束通り何も言わなくなった。
いつもとなんら変わりがない。
だけど、ふいに微笑まれたりすると、室井の方がドギマギさせられる。
「心に留めておく」と約束するまでもなく、忘れられそうにも無かった。
眠気で飛びそうになる脳裏に、ふと青島の顔が浮かぶ。
室井は慌てて首を振って目を覚ました。
―何故頭に青島の顔が浮かぶんだ…。
疲れているせいだと強引に理由を付けて、室井は考えることを放棄した。
コーヒーを買おうかと思っているうちに、視界がぼやけてくる。
室井は資料を持った体勢のまま、眠りに落ちた。



室井はゆっくりと深いところから覚醒した。
―ああ、いつの間にか眠ってしまったんだな。早く捜査に戻らないと…。
そう思いながら、異変に気付く。
右肩が重いのだ。
「……!」
室井は、それに気付いてぎょっとした。
それとは、重みの原因。
何故だか青島が室井の肩に寄りかかって、寝ている。
驚いた拍子に動いてしまったせいか、青島も目が覚めたようで身動ぎする。
「…ん?」
どうやら寝ぼけているらしく、視線をあちこちにやってからようやく隣の室井に気が付いたらしい。
目を丸くしている室井と目が合って、一瞬のタイムロス。
次の瞬間には、凄い勢いで室井から離れていった。
「あああれ?俺、寝てました?」
「あ、ああ。そうみたいだな」
青島があまりにも凄い反応だったので、逆に室井の方が落ち着きを取り戻す。
まだ頭が正常に働かないらしい青島は、しどろもどろになりながら説明を始めた。
「あの、一服しにきたら室井さんが寝てて、疲れてるみたいだしちょっとしたら起こそうと思って…」
隣に座ったら、一緒に眠ってしまったのだという。
「す、すいません。10分くらい待って起こそうと思ってたんですよ?おっかしいな…」
いつ寝ちゃったんだろうと、しきりに首を捻っている青島。
室井は堪えきれずに笑みを零した。
「む、室井さん?」
笑いを噛殺せなかった室井に、青島は驚いた様子だ。
室井は青島の慌てぶりが可笑しかったのだ。
室井に起こしてくれと頼まれたわけでもないのだから、青島が謝る筋合いのことではない。
肩に寄りかかったことを謝っているのなら分かるが、一緒になって眠ってしまったことを気にしているような青島が可笑しかった。
困った顔をしている青島に、室井は苦笑する。
「君が悪いわけじゃないだろう。気にするな」
「すいません」
謝罪を寄こしたが、室井の言葉で気が軽くなったのか、青島も苦笑している。
「大分、お疲れみたいですね」
「忙しいのは皆一緒だろう」
「でも、またいくつも捜査本部抱えてるんですよね?」
「まあ、そうだが…」
言葉を区切って、肩を竦めた。
「ここの事件も大詰めだからな…」
犯人の目星がついて、逮捕も時間の問題と見られているのだ。
犯人が逮捕されれば、湾岸署の捜査本部は解散される。
そうしたら。
「…また、しばらく会えませんね」
ぽつりと青島が呟いた。
室井は眉間に皺を寄せる。
青島の発言が不快だったわけではない。
どう対応したら良いか、分からなかったのだ。
室井が密かに動揺していると、青島が苦笑を浮かべた。
「あは。不謹慎っすよね。事件解決、喜ばなきゃいけないのに」
そう言って笑うと、席を立つ。
「俺も、もう、戻んなきゃ」
じゃあ、と席を立った青島に、思わず声を掛ける。
「あおしま」
「はい?」
振り返った青島に、一瞬躊躇ってから続けた。
「…忘れてないから」
何故そんな一言が出てきたのか、室井には分からない。
でも何か言わなくちゃいけないと思ったのは確かだった。
青島が驚いた顔で室井を見ている。
そして、笑った。
「はい!」
本当に嬉しそうに。


青島は喫煙所を出て行った。
室井の脳裏に消えない笑顔を残して。










NEXT

2004.6.16

あとがき


もうちょっと、上手に室井さんの気持ちの変化が書けないものか…(悩)
最初っから落ちてるっぽかったですが、もう完全に落ちてませんか?
どこまでも力不足で申し訳ありません…。

申し訳ありませんが、もう少々お付き合いくださいませ!



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