■ 鬼ごっこ(2)


―何もこんなときに湾岸署の管轄内で事件など起こらなくても良いのに。
室井がそう思ったのも無理はないだろう。
先日の青島の告白から、まだ一週間と経っていない。
室井としてはこのまま何事も無かったかのように流してしまいたい。
この数日だって、考えないように思い出さないように、と心がけていたのだ。
考え出せば出口のない迷路のごとく、延々と考え込んでしまうから。
答えが出ていないわけではない。
室井が男で青島も男な以上、返事など一つしかない。
だけど、青島は今は返事はいらないと言う。
青島が室井に要求したことといえば「覚悟」をすることだけだ。
では一体何を覚悟しておいたらよいのか。
「考えたくもない…」
思わず口をついた独り言に、後ろを歩く部下が声をかけてくる。
「どうかしましたか?」
「…いや、なんでもない」
そう答えつつ、室井は刑事課の前で止まりそうになる足をなんとか動かした。


刑事課に入ると、すでに連絡が入っていたらしく袴田が飛んでくる。
「これはこれは」
「ご協力、よろしくお願いします」
袴田の長くなりそうな挨拶を遮って、特捜本部の設置を依頼する。
刑事課に残っていた刑事たちも設置に借り出されるようで、重い腰を上げ始める。
室井はそれを見るとはなしに見て、青島がいないことだけを確認した。
先延ばしにしたところで湾岸署に特捜本部が立った以上、会わずにいられるわけもないのだが。
とりあえずホッとしている室井の胸ポケットで携帯がなった。
「失礼」
袴田に断りを入れて電話に出る。
急用で、至急本庁に戻れという内容だった。
煩わしくは思うが、上の我侭には慣れている。
室井はすぐに戻ることを伝えて、電話を切った。
「一旦、本庁に戻ります。島津課長の指示に従ってください」
袴田にそう言い残し、後を島津に任せる。
「ああ、本庁までうちの刑事に送らせましょう」
「いや…」
袴田の申し出は有り難いが、特捜本部が立ってこれから忙しくなるというのに、誰かの手を煩わせるのも気が引けるので室井は断ろうとした。
だが。
「あ、俺、行きますよ」
聞き覚えのある声がかかった。
室井は恐る恐る振り返る。
視線の先には想像通りの人物が立っていた。
たった今外出から戻った所らしく、いつものコートを着たままだった。
「ああ、丁度良いところに、青島君」
お送りして、と袴田に頼まれるまでも無く送る気満々の青島。
室井にしてみれば、青島の送迎だけは勘弁して欲しかった。
しかし、今まで室井が青島の送迎を断ったことなどないし、「青島君は嫌です」などと言えば青島の立場が悪くなるのではないかとも思った。
そこまで考えて、室井ははたと気付く。
何故自分がそこまで青島のことを気にしなければならないのか。
それとは別に、「青島君は嫌です」なんて子供みたいなことを言うのもどうかとも思うし…。
等と室井が一人ぐるぐると考え込んでるうちに、青島が送るということで話がついてしまう。
「さ、行きましょう。室井さん」
笑顔で勧められて、室井は仕方なくそれに続いた。


後部座席に収まった室井は、無表情に資料をめくる。
その実、かなり落ち着かないでいたのだが、それを青島に悟られないようにしていた。
そんなことを知っているのかいないのか。
それどころか、青島は先日のことなど忘れてしまったようにさえ見える。
「どうなんすかね?」
「…まだ初動捜査だけだからな。なんとも言えない」
「物取りですかね?怨恨ですかね?」
「部屋は荒らされてはいたが」
「それだけじゃ、判断できないですもんね」
相変わらず事件のことに興味津々の青島に、室井もうっかり付き合ってしまう。
元から青島と事件の話をするのは苦にならないのだ。
ヒントを貰うことすらあると思う。
だけど、何事も無く話している自分を可笑しいと思わなくもない。
―冗談だったのか?
そう思って、少しホッとしてみたり。
―あんな冗談言えるだろうか?普通。
などと思い悩んでみたり。
前を見て運転する青島の表情は、室井の位置からでは全く見えない。
「本店、忙しいですか?」
「暇じゃない。が、君らも変わらないだろう」
「はは、相変わらず、バタバタした毎日ですよ」
屈託なく笑われて、室井も苦笑した。
何だか、全然普通である。
室井はとりあえずあまり気にしないことにした。
青島が気にしていないのなら自分が気にするのもおかしな話だと、結論付けてしまったのだ。
室井らしくもなく考えることを放棄して、ただただ問題を先送りにしただけである。


事件の話をしているうちに、いつの間にか本庁についてしまった。
「ありがとう」
室井は律儀に礼を言って、車を降りようとする。
「室井さん」
ふいに呼び止められて、室井はドアを開けようとした手を止めて青島を振り返った。
青島が室井を見ていた。
「好きですよ」
「!」
言われて、室井は不覚にも赤面した。
何事も無かったような顔をしていたくせに、不意打ちは卑怯だ。
そう思ったが、室井は口をパクパクさせるだけで何も言えない。
青島は苦笑した。
「いや、ほら、言っとかないと。室井さん、無かったことにしそうだから」
その通りである。
室井は思わず眉間に皺を寄せた。
変なところで勘の良い男である。
「……」
「そんな怖い顔をしないでくださいよ」
そんなつもりではなかったのだが、よほど顔が強張っていたらしい。
青島に指摘されて、室井は努力して少し力を抜いた。
「…どうしたいんだ、君は」
返事をいらないと言われてしまっている以上、室井には青島にしてやれることは何も無いはずだ。
受け入れられないのだから、仕方がないだろう。
青島は笑顔を浮かべてみせる。
「今のところは、忘れないでいてくれたらそれで良いです」
「…そうか」
本当は忘れられたら楽なのだが、と室井は口には出さずに思った。
「もう行くぞ」
「はい、お疲れ様でした」
室井はドアを開けて、車を降りる。
そして、背後で車が走り去る音を聞いてから振り返った。
「……」
いつもの青島なら、降りて室井が建物の中に入るのを見送ってくれていた。
今日は車から降りもせずに、そのまま走り去ってしまった。


青島は別れ際以外はずっと普通通りだった。
あれでも、もしかしたら気まずかったのだろうか。
室井は複雑な思いで、青島が走り去った方を見ていた。
青島のことは嫌いじゃないのだ。
数少ない刑事仲間で友人だとも思っている。
思っているからこそ、こんなことでゴタゴタしたくは無かった。
―出来ることなら、今まで通りに。
そう思ってから、虫のいいことだと自分を嘲った。
青島にとっては、きっと酷なことだろう。
鬱々とした気分を振り切るように、室井は軽く首を振ってから本庁に戻った。










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2004.6.12

あとがき


嫌がっているというよりは、ひたすら困っている室井さん…。
まだしばらく思い悩みそうです(笑)

時期は正確に決めてないのですが(おい)
だいたい、ドラマ本編の中盤以降かなぁと思ったり。
少なくても雪乃さんの事件の後以降から、最終回までの間かなと。
広いな(笑)
最終回に近いかもしれませんね。
室井さんが青島君に好意的だし。



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