without end(8)


面白くないな。
煙草の煙を吐きながら、青島はリモコンを操作して、テレビのチャンネルを変えた。
とっくに一巡しているから、どこのチャンネルをつけても興味が湧かないことは分かっているのに、無意味にチャンネルを変える。
適当なバラエティ番組をつけたまま、ソファにひっくり返った。
しばらくテレビを眺めていたが結局楽しめず、咥え煙草で天井を見上げた。
平日の昼間だったが、今日は休暇で一日暇だった。
室井はいない。
新城に付き添われて、本庁に出向いている。
記憶が戻ったわけではなく、職場に身を置くことで何かを思い出す切欠になることを期待してのことだ。
一度は新城の打診を独断で断った青島だったが、改めて室井を本庁に連れて行ってみてほしいと望んだのは青島だった。
早く記憶を取り戻して欲しいという気持ちが強くなったのが一番の理由だが、他にも理由があった。
室井が他人と関わり合うのを嫌い、自分の元に閉じ込めておきたいという願望が、少なからず自分の中にあると気付いたからだ。
以前新城に打診された時には室井のためを思って断ったつもりだったが、今考えると一概に室井のためだとは言えなかった。
自分勝手な望みで室井を自宅に押し込めておくことは間違えている。
それで事態が好転しているわけではないから尚更だ。
そう思ったから、青島は新城に室井を本庁に連れて行ってくれるように頼んだのだ。
どうしているだろうかと心配になるが、青島にできることは室井が早く記憶を取り戻してくれることを祈ることのみだ。
ぼんやりと天井を見上げていた青島は、乾燥機のアラーム音で意識を取り戻した。
最近はずっと室井に任せきりだった洗濯をしている最中だったことをそれで思い出した。
青島は溜め息と一緒に煙を吐き出すと、起き上がって煙草を灰皿に捨てた。

そっとドアを開けて、今は室井の部屋となっている部屋のドアを開けた。
元々は特に使用しておらず、趣味で集めた腕時計やモデルガンなどを収納していた部屋だったから、クロゼットや収納ケースにそれらが仕舞いこんではあるが、一時的に室井一人が暮らすスペースくらいはあった。
青島は畳んだ洗濯物を部屋の隅に置いたが、すぐに部屋を出ようとはしなかった。
いくらか室井の香りの残る部屋に、何とも言えない気持ちになった。
布団はきちんと畳まれており、多少なりとも室井の私物が増えたとはいえ、部屋の中は青島が物置として使用していた時より、こざっぱりとしていて片付いていた。
好きに使ってと言ってあったが、暇なときにでも整頓しておいてくれたのかもしれない。
布団の上に置かれたパジャマもちゃんと畳まれていて、彼らしいなと思った。
誘われるようにしてそのパジャマを手に取り、抱くように胸に抱えてみる。
変態くさいなと思わず笑ったが、その笑みも長くは続かなかった。
きつく目を閉じて、パジャマに顔を押し付けた。
呼吸が苦しくて、どうしようもなく目の奥が熱い。
無意味に室井の名前が口から溢れた。
一度溢れてしまえば、抑えが効かない。
青島はその場に蹲り、室井のパジャマを抱き締めた。
本人にそうするように、本人を求めるように強く抱いた。
傍にいるのに、どうしてこうできないんだ。
決まっている。
記憶がないからだ。
青島と恋人同士であったことなど、室井は想像もしていないはずだ。
抱き締めることなど、できるはずがなかった。
どうして忘れてしまったのか、何で室井さんがこんな目に、心の中で繰り返す。
早く思い出してと、何度も何度も繰り返した。
そして、心ごと傍に来て欲しい。
前のように、寄り添わせて欲しかった。
今は何一つ叶わない。
抱き締めることもキスすることも、室井を求めることは何一つ叶わない。
欲しくて堪らないのに、傍にいるのに、理由がなければ指先一つ触れることができなかった。
もうずっと、室井にまともに触れていなかった。
室井の匂いに反応するように、室井を求める身体が勝手に熱くなった。
口元に自嘲が浮かぶ。
「…最悪だ」
呟いたが、自身の欲望に抗わなかった。
自分が室井を望むことは当然のこと。
青島にとって、それは極自然なことだった。
ファスナーを下ろして、熱くなった自身を握り込んで慰める。
片手でパジャマを抱いたままで、俺は何をやっているんだろうと笑いたくなったが、身体以上に心は切実で代わりにもならない行為でも求めてやまない。
青島は瞼を閉じてパジャマに顔を埋めたまま、手を動かした。
頭の中で室井の姿を追うことに夢中になった。
そのせいで、全く気が付かなかった。
「青島…」
ハッとして顔をあげれば、ドアのところに室井がいた。
唖然としている室井に、青島も呆然となる。
まだ昼過ぎで、まさかこんなに早く帰宅するとは思っていなかった。
迂闊にも、物音に全く気が付かなかった。
リビングのテレビを点けっぱなしにしていたせいもあるかもしれない。
それにしたって、こんな真似をするのなら、もっと注意を払うべきだった。
そんな心の余裕は青島には全くなかった。
「最悪だ」
今度は吐き捨てるように呟き、青島は室井のパジャマを放りだすと、適当に身支度を整えて室井の脇を通り過ぎた。
慌てたのは室井の方で、青島の腕を掴んだ。
「ちょっと待ってくれ」
「離してください」
「青島」
「気持ち悪いでしょ」
唇だけ歪めて笑ったが、自分の言葉に傷ついた。
なんで俺がこんな思いをしないといけないんだ。
何度も愛し合った人を想って何が悪い。
そう思うが、室井に言えない。
単なる八つ当たりだ。
「一緒にいたくないでしょ、離してください」
腕を振り払って部屋を出て行こうとしたが、背後から強く室井に腕をひかれてままならない。
青島の目が潤む。
これ以上、みっともない自分を見られたくなかった。
「離してくれ…っ」
振り返って声を荒げた青島を、室井が力強く抱きしめた。
「気持ち悪くなんかないっ」
青島は目を剥いた。
「気持ち悪くない、一緒にいたい」
だからどこにも行くなと、強く引き留められる。
驚いて開いた青島の口からは、言葉がでなかった。
信じられないことに、室井に塞がれていたからだ。
信じられないが、温かな唇と舌に、これが現実なのだと知る。
久しぶりに与えられたそれだが、良く知る感触。
青島が硬直していたのはほんの少しの間だけだった。
動き出せば、止まれなかった。
「室井さん…っ」
室井に抱きつき、もっととキスを求める。
唇を塞ぎ、吸いつき、舌を絡めて、それでも足りないとばかりに、室井を床に押し倒した。
「青島…」
さすがに驚いたようだったが、室井は抗わない。
戸惑ったように青島を見上げながらも、頬に手を伸ばして優しく撫ぜてくれる。
「泣くな」
「…泣いてません」
鼻をすすりながら言えば、室井の眼差しが和らいだ。
ごしごしと青島の頬を掌で擦り、慰めるような優しいキスをくれた。
そんなものでは、足りない。
青島が欲望のまま室井の唇を貪れば、されるがままだった室井が唐突に動いた。
青島の頭と腰に手を回し、身体を入れ替えて青島の上にいく。
青島が腕を伸ばしその身体を引き寄せるよりも先に、室井が覆いかぶさり唇を塞いでくれた。
この時だけ、青島は室井が記憶喪失であることを忘れた。


「俺たちは、付き合っていたのか」
室井の声に、青島は落としていた瞼を持ち上げた。
室井は自分の腕を枕にし青島を見下ろしていた。
汗ばんだ額に伸びてきた手が、優しく額を撫ぜて髪を梳く。
勢いのまま床で抱き合い、もっととねだる青島に室井も応えてくれた。
途中からは青島の身体を気遣った室井が敷いてくれた布団の上で抱き合い、事が終っても二人は一つの布団の中にいた。
愛しげに触れてくる室井の手が、夢のようだった。
だが、紛れもない現実だ。
記憶を失ったままの室井と、セックスした。
「はい、恋人でした」
もう誤魔化す必要性を感じなかった。
「そうか…」
青島の様子でそう予想したのか、青島を抱ける自分にそれを悟ったのか、室井は驚いた雰囲気ではなかった。
嫌そうでも悲しそうでもないが、思うところは無くもなさそうだった。
男と恋人関係にあったと知ったのだから、それで当然だった。
「ショックでしたか?」
思わず聞いてしまったが、責めるような声音になった気がして後悔した。
こうなってしまった以上最早関係を誤魔化しようはないが、もう少し気遣ってやれば良かった。
突然のことに室井が驚いてもショックを受けても当然のことだと分かっているのに、少しでも自分を受け入れてもらえないことが気に入らないのだ。
結局また自分ことばかり考えているのではないかと自己嫌悪するが、青島が反省する間もなく室井が触れるだけのキスをくれた。
「ショックだったのは君だろう」
「…俺?」
「すまなかった、忘れてしまって…」
記憶を無くしていても、どこまでも誠実な室井に胸が痛くなる。
青島は室井に身を寄せ、額をその肩口に押し付けた。
「謝らないでください、室井さんが悪いわけじゃない」
それは心からの言葉だった。
青島よりも、室井の方がずっと辛いに決まっている。
そんなことは分かりきっているのに、何故忘れてしまったのかと、少しでも室井を責める気持ちを持ってしまったことを恥じた。
室井の手が柔らかく頭を撫ぜる。
「ありがとう」
「いや、俺は何も」
「俺は早く思い出さなければならないな…」
室井に抱き寄せられて素肌が触れ、その温かさに青島は酷く安堵した。
何も解決はしていない。
室井の記憶は戻っていないのだ。
戻らないことには、室井は仕事に復帰できない。
室井には警察官としてやらなければならないことがある。
青島にとっても、警察官であり続けてもらわなければならなかった。
それが室井の望みでもあるはずだった。
早く思い出して欲しいと心から思う。
だが今は、室井と寄り添うことが出来る喜びを素直に感じていた。
「俺、待ってますから」
甘えるようにぐりぐりと顔を押し付ければ、それに応えるように室井が背中を撫ぜてくれた。
「ずっと待ってますから、焦らないでいいですよ」
「青島…」
「大丈夫!そのうち思い出しますよ」
顔を上げてにっこり笑った青島に、室井も柔らかく目を細めた。
久しぶりに無理なく笑えた気がした。
ここのところ、室井に暗い顔を見せたくないという思いから、とにかく明るくしていなければ、笑っていなければという気負いが強すぎたようだ。
恋人としての自分を受け入れてもらえたら、その気負いが和らいだ。
自分の気持ちや欲望を露にし素の自分を知られてしまったせいか、無理に自分を作る必要はないのだと思えた。
心が軽くなったせいか、嫉妬や自己嫌悪であれほど苦しかったはずなのに、今はすっかりと穏やかになっている。
そしたら、笑顔も自然に浮かんだ。
少しの間じっと青島を見下ろしていた室井が顔を寄せて来るから、青島も瞼を落とす。
触れるだけだが、何度か繰り返されるキスが、くすぐったくて嬉しい。
「不思議だな」
「何がですか?」
「君が恋人だなんて考えてみたこともなかったのに、こうしているとこうすることが当然だと思える」
青島は目を閉じると、ぎゅっと室井に抱き付いた。
室井の心の深いところに青島の存在が確かにあるからこそそう感じてくれているのだとしたら、こんなに嬉しいことはない。
「俺たちにとっては、こうしてるのが当たり前です」
「そうか、そうなんだろうな」
「何度もこうやって、二人で過ごしました」
「ああ」
「キスだって、もっと」
「そうか」
心得たとばかりに頷き、唇を重ねてくる。
青島は嬉しそうに、室井にキスを返した。
「他には?」
「毎晩、一緒に寝てました」
「そうだったのか」
僅かに驚いたようだったが、それならばそうさせてもらおうと真顔で言う室井に、青島は破顔した。
一緒に暮らしていたわけではないから、毎晩一緒に眠っていたわけがないのだが、素直に青島の言葉を信じてくれた室井が愛しかった。
「何でも信じちゃだめですよ」
嘘ですごめんなさいと言えば、室井は目を剥いてからぐっと眉を寄せた。
「からかうな」
「嘘だったけど、からかってはないですよ」
「…騙されないぞ」
頭を優しく叩かれて、青島は声を漏らして笑った。
「ただの願望です」
だから許してと強請ったが、その声や仕草で室井が怒っていないことくらい容易に知れた。
案の定、室井は少しの間の後、律儀に怒っていないと囁き、再び青島に覆い被さった。
そういえば登庁しみてどうだったのだろうか。
記憶が戻らなかったことは確かだが、感想を聞いてみたかった。
そう思いながら、青島は室井の首に腕を回した。
今、この瞬間だけは、目の前の室井がいてくれたらそれで良かった。










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2015.5.17

あとがき

衝撃の事実をあっさり受け入れる室井さん(笑)
でも!相手が青島君だから!室井さんも納得ですよ!ね!(と、無理矢理言ってみる)

まだ何にも解決していませんがね。
一つだけ恋人という確かな関係を再び結べたので、
青島君にとっては大きな前進ではないでしょうか。

早く室井さんを元に戻したいですが、とりあえず青島君が底から浮上できたようで、
私も書いていて楽しくなって参りました(笑)
青島君が悲しいと私も悲しいのです。


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