やはりちゃんと向き合って話がしたい。
そう思った室井は、湾岸署の応接室にいた。
青島の反感を買うことは承知の上で、湾岸署に訪れ青島を名指しで呼び出した。
今、事情を知るはずのない袴田が、とにかく室井の機嫌を損ねないために必死で聞きこみ中の青島を呼び戻しているところだ。
上司命令となれば、青島も避けては通れまい。
彼が怒ることは目に見えているし、職権濫用の自覚はしっかりあったから気が重いが、それでもこうする他、青島とまともに話せる機会がない。
電話で会いたいと打診したが色よい返事は貰えず、しつこく願ったら電話を切られてしまい、その後は何度かけても電話に出ないという徹底ぶりだった。
そこまで避けられれば傷つきもするが、青島に確認したいことがあった。
だから、仕事の合間を縫って、湾岸署に乗り込んできた。
さっきまで神田と秋山が揃ってありもしない部下の不始末を詫びていたが、室井がとにかく青島君をと告げたきり無言でいたら、今すぐにと言い残し二人とも応接室を出て行った。
権力を嵩にきたやり方に自己嫌悪しそうになるが、今はそれにも目をつぶることにした。
実際に眉間に皺を寄せたまま目を閉じて、室井は青島をじっと待っていた。
ドアが乱暴に開いたと思ったら、青島が押し込まれるようにして応接室に入ってきた。
「ちょっと、課長!」
噛みつく青島を犬でも払うように手で追いやり、袴田は室井に愛想笑いを浮かべた。
「大変お待たせいたしました。煮るなり焼くなりお好きにどうぞ」
それだけ言って、パタンとドアが閉まった。
青島はややしばらくドアを睨みつけていたが、室井を振り返ると今度は室井を睨んだ。
予想通りの機嫌の悪さだったが、室井にはやっと会えたという安堵感があった。
相手は不機嫌を絵に描いたような仏頂面にも係わらず、そんな顔ですら見られて嬉しいと思ってしまう自身にはいくらか呆れた。
青島は頭を乱暴に掻くと大股で移動し、椅子に座ると偉そうに背もたれに寄りかかって、そっぽを向いた。
「なんなんすか、一体」
不貞腐れた口調は作っているわけではなく、本気でへそを曲げているように見えた。
「湾岸署まで来てすまない」
「全くですよ、職権濫用もいいとこだ」
「お前が電話に出ないからだろう」
似たような会話を先日にもした気がするが、そんなことはどうでも良かった。
「青島」
「何の話か知りませんけど、仕事中ですよ。仕事の話ししか聞きませんからね」
いーだと歯を見せた青島を無視して、室井は続けた。
「新城に話を聞いた」
青島の顔が僅かにひきつる。
「新城にプライベートで俺と関わるなと言われたそうだな。そのせいか、俺と会おうとしないのは」
本音を知りたくて、青島をじっと見つめた。
電話では表情を読むことは出来ない。
人間の感情が想像以上に表情や態度に現れることは、取り調べの経験から室井も良く知っている。
上辺だけの言葉ではない青島の本音がどこにあるのか、見逃さないようにひたと見つめた。
新城の言葉は激しく余計な世話であり、そのせいで青島が室井を避けているのだとしたら新城を殴り飛ばしてやりたいくらいだが、それが理由なのだとしたら少なくても室井の告白のせいではなくなる。
そうであればいいと、室井は願っていた。
青島もしばらくは室井を睨むようにして視線を合わせていたが、鼻で笑うと視線を外した。
「自惚れないでくださいよ」
「何?」
「会わない理由なんか、会いたくないからに決まってんでしょ」
突き放した言い方に室井は眉を寄せたが、腹を立てたりはしなかった。
視線は合わないままで薄く笑っている青島が、本音を語っているとは思えなかった。
青島は必要があれば、それはそれは器用に嘘を吐く。
言葉は悪いが、人を騙すことも誑かすことも得意だし、躊躇わない男だ。
それが、今の青島はどうか。
冷たい態度をとってみせてはいるが、そこに青島らしさはない。
青島が怒った時には、ことのほか素直に純粋な怒りを見せる。
時には腹の底からの怒りで相手をきつく睨み付け、時には感情のまま子どものように膨れっ面を浮かべて見せる。
それらは決して作られたものではない。
青島の純粋な怒りや憤りにすら惹かれてやまない室井には、今の青島が本当の感情を見せていないことくらいは分かった。
そして、要領の良いはずの青島が、自身の前では上手く取り繕えていないことに、場違いにも喜びを感じていた。
それと同時に、青島の本音が別にあるのだと、室井に確信させる。
「青島」
名前を呼んでも視線はこちらを向かないが、室井は青島から視線を反らさなかった。
「何故、俺と会いたくないんだ」
理由を聞かせてくれと言えば、青島は口元に手を当てた。
笑ったらしいと気付いたのは、青島が喉を震わせたからだ。
「何で分かんないんですか?あんたが可笑しなことを言ったからですよ」
「君を好きだと言ったせいか」
青島が顔を歪めたのは一瞬だったが、じっと見つめていた室井にはそれが見えていた。
「ここをどこだと思ってんですか、やめてくださいよ」
確かに職場でするような話ではない。
室井だって本意ではないが、躊躇いはなかった。
「ここ以外では君に会えないんだ、どこで話せというんだ」
青島が黙る。
室井を避けに避けている青島だから、反論などあるわけがなかった。
室井は青島の本当の気持ちを知りたいだけで、責めたいわけではない。
だが、追い詰めることで青島が本音を吐くなら、それでもいいかもしれないと思い直した。
室井を見ようとしない青島が、室井の目には酷く辛そうに見えたからだ。
室井を嫌いで避けているわけではないと、室井は確信している。
また笑った顔を見せて欲しいと願うから、青島とこのままの関係でいるのは耐え難かった。
とにかく話を前に進めなければならない。
頑なな青島に付き合っていられるほどの余裕は、室井にももう無かった。
「…その話なら、もう終わったでしょ」
「勝手に終わらせないでくれ」
「俺、返事しましたよ。あれ以上何話せっていうんですか」
確かに、室井の告白に対して青島は「付き合えない」と答えている。
そういう意味では確かに話は終わっているが、室井は全く納得していない。
突然会ってくれなくなった理由が、室井の気持ちを知って不愉快になったからであるなら仕方がないが、そうとは思えなかった。
嫌いだとは言われていない。
嫌われたのだとは、思いたくもなかった。
それに、あの夜のキスの意味も結局まだ聞けていなかった。
「俺が嫌いか」
静かに問うが、青島は頑なに室井を見なかった。
「それも、答えましたよ」
嫌いじゃないけど付き合えない。
男だから付き合えない。
それが、青島の答えであった。
それなら、納得できるわけがない。
「嫌いではないというなら、諦められない」
青島は胸ポケットから煙草を取り出した。
「そんなこと、言われても」
「青島、ここは灰皿がないようだぞ」
煙草を咥えようとしていた青島の手が止まる。
視線がテーブルの上で泳ぎ、そっと溜息を吐いた。
煙草は箱には戻されず、青島の手の中で転がっていた。
「嫌いでないなら、これまで通り会ってくれないか」
「…何のために」
横を向いたままの青島は、どこか遠くを見ているようだった。
今、何を考えているのだろうか。
気にはなったが、自分の気持ちを伝えることを優先させることにした。
ちゃんと心を見せて欲しかったから、そのために自分の心をできる限り晒す。
それは、口下手な室井なりの精一杯の意思表示だ。
「好きだから会いたいと願うのは、理由にならないか」
「それは室井さんの都合だ、俺は…会いたくないです」
「嫌いではないと、言ったぞ」
「だからって」
言いかけたが、言葉が続かない。
「顔が見たいし、声が聞きたいんだ」
どんどん強張っていく青島の横顔に、淡々と語りかける。
「笑った顔が見たい、怒った顔すら恋しくなる。君に会えない日々が辛いんだ」
唐突に、青島が立ち上がった。
室井を見下ろす眼差しには、怒りが見えた。
不愉快な告白を聞かされたからではないはずだ。
だって、青島は頑なに室井を嫌いだと言わない。
室井が真っ直ぐに見つめ返せば、やはり先に視線を反らしたのは青島だった。
全くもって、彼らしくない。
らしくない青島の態度が室井を強気にさせていることにも、今の青島は気が付かないのだろう。
「仕事に戻ります」
「話は終わってないぞ」
「もうこんな用事で、ここに来ないでください。迷惑だ」
「承知しかねる。迷惑でも、君に会える唯一の手段がこれなら、遠慮せず職権濫用させてもらう」
一歩もひかない室井に、青島は一瞬だけ悲しげな瞳を向けた。
すぐに視線を反らし、応接室を出て行こうとする。
室井も席を立った。
青島が開いたドアの向こうに、不安げにこちらを伺っている袴田の姿が見えた。
青島が出て行く前に、室井は強引にドアを閉めた。
「なにすんですか」
鼻先で思い切りドアを閉められた青島が吠える。
「俺は諦めないぞ、青島」
睨むようにして言えば、青島は怯んだようだった。
「君が好きだ」
それだけ言い残して先に応接室を出た。
飛びついてきた袴田に青島に不手際があったわけではないことだけを告げ、足早に刑事課を後にした。
振り返って確認はしなかったが、青島は室井が出て行くまで応接室から出て来なかったようだった。
NEXT