Roadshow(9)


「青島君のことで、話があるんですけど」
ちょっと顔貸してくんないとすみれが言えば、電話の向こうで室井が押し黙った。
室井の眉間の皺が見えるようだった。
本庁の捜査一課に電話をかけて、室井に繋いでもらっていた。
『…忙しいのだが、今話せないのか』
すみれの呼び出しに対する答えがそれで、すみれは鼻で笑った。
すみれの呼び出しにも応じないつもりか。
それほど青島から逃げたいのか。
逃げたい理由は室井にしか分からないが、すみれを納得させるだけの理由があるとは思えない。
「青島君の生死に関わることです」
すみれが真面目な声で言えば、逃げ腰だった室井の反応が途端に変わった。
『どういうことだ』
「青島君、この間病院に運ばれたでしょ。あの時、頭を強く打ってて」
『…!まさか、後遺症でも…』
「そのことで、室井さんに相談があるんです」
『分かった、すぐに行く』
おい室井慎次忙しかったんじゃないのかとすみれは胸中で突っ込みつつ、室井を呼び出すことに成功したことにほくそ笑んだ。
署に来られて青島と鉢合わせをしても面倒なので、テレポート駅近くのカフェで待ち合わせることにし、すみれは電話を切った。


すみれが時間通りにカフェに着いた時には、室井は既に到着していた。
ウェイトレスにコーヒーを頼み、室井の向かいの席に腰を下ろす。
「急にすみません」
「いや…それより、青島は」
「ええ、頭を強く打ったせいか、前より元気で袴田課長に鬱陶しがられてます」
しれっと答えたら、室井が目を剥いた。
しばし呆然としていたが、すみれに謀られたと気付いたのか、眉間に深い皺を寄せた。
「恩田君」
「嘘を吐いたことは謝るわ、ごめんなさい」
ペコリと頭を下げたが、再び上げた時には室井を睨みつけた。
それだけで、室井が僅かに怯む。
室井に嫌われているとは思っていないが、苦手とされていることには気付いていた。
すみれが生意気なことを言えばムキになって言い返してくるが、本気で怒られたことはない。
遥か上の階級なのだから、無礼だとすみれの態度を咎めれば済むことなのに、本当におかしな官僚だと思う。
だが今は、すみれに弱いらしい室井の性格に甘えておくことにする。
「今更何で青島君避けてるんですか?」
単刀直入に尋ねたら、室井の眉間の溝が深くなった。
「避けてなどいない」
ここで、君には関係ないと言わないところが、室井のいいところだ。
会話する気はあるらしい。
言い逃れをさせてやる気は、すみれにないが。
「話があるって言ってる青島君を無視してるじゃない」
「無視なんかしていない、忙しかっただけだ」
「へえ、なら今ここに青島君呼び出してもいいですか」
ひくりと動いた眉が、室井の動揺を物語っている。
本当に青島に会いたくないらしい。
(何よ、今更。散々、人の目の前でいちゃいちゃしてたくせに)
すみれに実害があるわけではないのだが、これで本当に室井が青島を何とも思っておらず青島のことが煩わしくて避けているだけとしたら、腹立たしいことこの上ない。
何だか知らないが、とにかく苛々した。
「青島君が何の話をしたいか、室井さんも分かってるんじゃないの?」
ズバリと切り込むと室井が目を剥いた。
素直な反応は肯定を示していた。
「…ということは、君も知っているということか」
僅かに室井の目が暗く沈んだ気がした。
気持ちがバレたくらいでそんなに落ち込まなくてもいいのにと思いつつ、すみれは頷いた。
「何となくですけど」
本当に事情の全てを知っているわけではないから曖昧に返事をした。
「青島に聞いたのか」
「少し」
「そうか…」
室井は難しい顔で目を瞑ってしまった。
苦悩している姿を見れば、またイライラする。
本当に今更だ。
室井への想いを自覚した上で諦めようとしている青島を、今更独りにするつもりか。
「無かったことにしようとしてるなら、卑怯だわ室井さん」
室井は目を開き、すみれを見た。
眉間には相変わらず溝が出来ていたが眼差しには鋭い剣はなく、どちらかといえば悲しそうにすら見えた。
「君の言う通りだ、俺は青島に謝らなければならない」
「何を謝るのよ」
「青島に聞いているのだろう?」
室井は小さく息を吐いた。
「青島を勝手に抱きしめた。さぞ、不愉快な思いをさせただろう」
ぽかんとしているすみれに気付くことなく、室井は自分の行いを省みて後悔を口にした。
「青島は怒っているか?」
「ええ?」
「セクハラと捉えられても仕方がない」
「ちょっと待って室井さん」
室井さんがセクハラ…なんて不釣り合いな単語だろうと思いつつ、すみれは室井の言葉を遮った。
なんだか頭が痛い。
「室井さんは青島君の話が何だと思ってるんですか?」
「だから…俺の邪な気持ちに気付いたから、文句の一つも言いたいのだろう」
すみれは痛む額を押えた。
青島も大概鈍感だと思ったが、室井はそれ以上だ。
室井が抱きしめた時、青島は抗ったりはしなかっただろう。
室井が後悔するくらいだから、それはきっとただの抱擁ではなかったはず。
青島が無事であったことを確かめ、喜び、安堵して、意思とは関係なく咄嗟にしてしまった抱擁は、きっと力強く想いのこもったものだったのではないか。
その場にいなかったすみれは想像するしかできないが、その行き過ぎた熱い抱擁を嫌がらずに受け入れた青島が、どうして同じ気持ちだと気付かない。
「室井さん」
「なんだ」
「青島君が室井さんに話したかったことは、そんなことじゃないわよ」
「なに…」
「青島君は、もっと前向きな話を貴方としたかったんです」
ぼやかした言い方になったが、肝心なことはすみれの口から伝えるべきではない。
意味が伝わらなかったのか、室井は沈黙し考えこんだ。
もっと考えればいい。
青島のことだけ考えて、逃げずに答えを出せばいい。
「貴方にとっても青島君にとっても、絶対に悪い話じゃないから、ちゃんと青島君と話し合ってください」
すみれはそれだけ言い残すと、喫茶店を後にした。


もう知らない。
ここまで助け船を出してやったのだから、後は自分たちでなんとかすればいい。
いい大人なんだから、なんとかするだろう。
投げやりな気持ちで湾岸署に戻ったすみれだったが、青島に「どうしたの?機嫌良さそうだね」と笑われて、室井のごとく眉間に皺を寄せた。










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2014.3.2

あとがき


すみれさんが青島馬鹿になっている気がする(笑)
私が書くと皆青島馬鹿になる呪いにでもかかるのでしょうか。
すみれさんはこんなに余計なお世話はやかないと思いますが、
私の呪いのせいでちょっと変な感じになっちゃいましたね。
申し訳ない…

後少しだけ、続きます!


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