もう知らない。
後は自分たちで何とかしなさい。
そう思っていたのは確かだが、その後、10日経ち、20日経っても何の音沙汰もないのはどうしたことか。
すみれには確かに関係がない。
それは端からすみれも分かっていたことだ。
だが、結局はそこそこ関わりがあったように思う。
背中を押してやったと言ったら恩着せがましいか。
いや、それくらいは言わせて貰ってもいいだろ。
そう思ったら、やっぱり腹が立った。
(青島君からも室井さんからも、何の報告もないってどういうこと)
報告の義務など無くても報告するのが、人としての道理ではないか。
道理を欠くなど、青島も室井も人の道に反している。
いや、そこまで言えば言い過ぎか。
そこまで憤ることでもない気がする。
(でも、だって、私には知る権利があるわよね)
うんそうだと自分を言い聞かせたすみれは、なんだかんだで自ら部外者でいることを止めていた。
もしかしたら、またこじれてしまっているのかもしれないが、この際それならそれでもいい。
いや、いい加減焦れったいのでやっぱりあまり良くはないが、とにかく今二人がどうなっているのか知りたかった。
両片想いなど第三者の立場で知ってしまったら、結末が気になって仕方がない。
これはすみれの野次馬根性ではなく、当然の成り行きだった。
珍しく暇なのか席で真下と談笑している呑気な男の前まで行くと、すみれは机を叩いた。
青島も真下も目を丸くしている。
「す、すみれさん?」
「ちょっと、顔貸しな」
顎で取調室を指し、青島を引っ張って行くすみれに、真下は小さな声で呟いた。
「…青島先輩、頑張れ」
真下の目には、青島がすみれにヤキを入れられるようにしか見えなかったようだ。
「な、なになに、なんなのさ」
ぐいぐいと腕を引っ張って行って取調室に放り込むと、青島は困惑していた。
無言で椅子を勧めれば、躊躇いつつ腰を落ち着ける。
すみれも青島の前に座った。
「どうしたの?すみれさん」
「どうしたもこうしたもないわよ」
「…顔が怖いよ?」
ジロリと睨めば、青島は引きつって姿勢を正した。
すみれは一つ咳払いをすると、机の上で手を組んだ。
「青島君、なんか私に報告することあるんじゃない?」
さすがに思い当たらないわけがなく、青島は少し困った顔をした。
すみれは青島を睨んだままである。
ごまかす気なら本当に殴ってやる。
という意思が伝わったのか、青島は慌てて言い訳をした。
「いや、俺もね、すみれさんにはちゃんと話さなくちゃとは思ったんだけどね」
「じゃあ、何で言わないのよ。あれから何日経ってると思ってんの」
「ご、ごめんなさい」
言い訳も許さんとばかりに詰め寄るすみれに、青島は思わずといった感じで詫びた。
だが、すみれの怒りは中々収まらない。
「冗談じゃないわよ、こっちは毎日どうなってんのか気にしてたのに」
「ごめんてば、そんなに気にしてくれてるなんて思ってなかったんだよ」
「気になるに決まってんでしょ。気にならなかったら、誰も余計なお世話なんか焼かないわよ」
「ごめんなさい、俺が悪かったです」
「室井さんも室井さんよ、私に礼の一言くらいあってもいいくらいだわ」
「あー、いや、室井さんは俺によろしく伝えてくれって言ってたから」
青島が困ったように頭を掻きながら言うから、すみれの文句が止った。
「それって、つまり?」
うん?と聞き返した青島だったが、すみれがじっと見つめ返すと、苦笑を浮かべた。
「うん、まあ、そのー、おかげさまで」
その先は言わなかったが、言わなくても意味は伝わった。
すみれは一瞬息を詰めたが、それはそれは深い溜息を吐いた。
大いに安堵が含まれた溜息だった。
「あ、そ…」
不義理を責めたて取り調べたわりに、すみれの感想は簡素なものだった。
収まるべき形に収まったとしか感じなかった。
これが彼らにとっていいことなのかどうかは、すみれの知ったことではない。
ただ、どこか照れくさそうに視線を泳がせている青島を見れば、今の青島が幸せなことだけは分かった。
それに満足したらしい自分に気が付き、すみれは眉間に皺を寄せた。
(保護者じゃないんだから)
「あのさ、すみれさん」
青島が改まって見つめてくる。
「何よ」
「聞いて不愉快じゃない?俺たちのこと」
真面目に聞かれて、すみれは驚いた。
そして、それが青島の不義理の理由かと思い至った。
普通とは言えない自身と室井の関係を、すみれに明確に話して聞かせることを躊躇ったのだろう。
やりたいことをやりたいようにして生きている自由人に見える青島だが、意外と細やかな気遣いを見せるところがあった。
すみれはわざとらしく呆れた顔を作った。
「だから、不愉快だったら、余計なお世話なんか焼かないってば」
青島は少し考えるような素振りを見せたが、それもそうかと納得して頷く顔は笑っていた。
(嬉しそうにしちゃって)
室井との仲を認められたことが嬉しかったのだろうと思ったが、青島の喜びは僅かにずれていた。
「良かった、すみれさんに嫌われたら悲しいし」
屈託なく言われて、すみれは今度こそ心から呆れた顔をした。
青島はこういうことを平気で口にする。
フェミニストとも言えるが、同時に女の敵とも言える側面を持つのが青島俊作だ。
(まあ、ヤキモキするのは室井さんの仕事だよね)
すみれは苦笑して聞き流した。
「色々とありがとね、すみれさん」
「遅いわよ」
「本当、すいません」
「室井さんにも言っときなさいよ」
「はい」
返す言葉もなく一々素直に頷く青島に満足し、すみれは席を立った。
「なーに奢ってもらおうかなあ」
「それは決定なんだね」
勝手に奢ってもらう気でいるすみれを、青島は苦笑して見送っていた。
すみれはドアを開ける前に、青島を振り返った。
「おめでとう」
軽く言おうと思ったらやけにぶっきらぼうな声になってしまった。
僅かに面を食らったような顔をしたが、青島は照れを苦笑に隠して笑っていた。
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