Roadshow(10.5)


「そんなわけで、すみれさん怒ってました」
青島が苦笑しながら缶ビールを手渡すと、室井は眉間に皺を寄せて「そうか」と頷いた。
すみれに怒られたその夜、室井が青島の自宅にやってきた。
室井に好きだと告白されてから既に三週間が過ぎており、室井が青島の部屋に来るのは二回目だった。
仕事が忙しく頻繁には会えないが、待ち合わせて食事に出かけたのが二回、少しだけでもと電話で話したのが三回。
密やかではあったが、青島は確かに室井と新しい関係を築いていた。
そう考えたら、やっぱりすみれに怒られても仕方がないように思えた。
今、ソファに並んで座り一緒にビールを飲んでいられるのも、多分に彼女のおかげだからだ。
青島の気持ちを知ってしまった成り行きで、室井を呼び出してまですみれが協力してくれたことは、青島も話に聞いて知っている。
彼女が室井の誤解を解いてくれなければ、青島と室井の恋は発展することは無かったかもしれない。
「とっくに話しているものだと思っていたが」
室井が視線を寄越すが、その目に責める色はない。
ただ不思議そうだった。
室井から言伝を頼まれた時には青島もすみれに礼を言わなければならないと思っていたのだが、途中で気が変わった。
「話そうかとも思ったんですけどね、すみれさんが聞いて楽しい話しじゃないかもって思ったから」
「それもそうだな…」
眉間に皺を寄せて納得している室井に、青島は苦笑した。
男同士の恋の行方など、すみれは知りたくないのではないかと思ったのだ。
協力してくれたからには反対はしていないのだろうが、これが普通の恋ではないことくらい青島も自覚している。
人によっては、青島と室井の関係は不愉快なものだろう。
青島だって、今はまだ何もかも割り切れたわけではない。
男同士であるという葛藤はあるし、少なからず違和感もあった。
ただ、それらを飲み込んでしまえるくらいに、室井が好きだった。
すみれが教えてくれた通り、好きになった相手が同じ気持ちを返してくれることは、幸運なことだ。
すみれに叱咤されたらしい室井が、簡素だが力強い愛の言葉を青島にくれたのは、すみれに呼び出されたその夜だった。
室井の中でも、常識や理性を蚊帳の外に追いやる程度に、恋心は育っていたようだ。
何もかも割り切れなくたって、二人とももう引き返すことなどできなかった。
「ま、結果報告くらいしろって、怒られちゃいましたけど」
青島は気分を変えるように明るく笑った。
葛藤はあれど引き返す気など更々ないのだから、自分が選んだ道はなるべく自信を持って進みたい。
普通とは言えない恋でも、室井とこうなったことに後悔などないのだから。
「礼は食事でいいわよって、言ってました」
たかる気満々ですよねと笑えば、室井は真顔で頷いた。
「恩田君と日程を調整してくれ」
「あ、いいですよ、俺が適当にお礼しときますから」
すみれには感謝しているが、すみれとの付き合いがあるのは青島であり、室井の手を煩わせることもない。
そう思ったが、室井は頷かなかった。
「礼は俺がする」
「別にいいのに」
「彼女には感謝してるんだ」
眉間に皺を寄せたまま、室井がすみれへの感謝を口にした。
表情とまるで合っていないが、本心だろう。
ぶっきらぼうに感謝を口にする室井に、青島は小さく笑った。
「そんなの、俺もですよ」
照れの含んだ笑みを浮かべ、気恥ずかしくて視線を僅かに落とす。
横顔を室井が見つめていることに気が付かなかった。
「女の人は凄いなあ」
以前、女房に隠し事ができないと和久がぼやいていたことを思い出した。
勘が鋭いというか、アンテナが敏感というか。
青島や室井がその恋心を自覚するよりも先に、一番に気が付いたのは、もしかしたらすみれかもしれない。
益々頭が上がらないなと内心で苦笑していると、不意に室井が手を握ってきた。
こんな触れ合いにはまだ慣れず、僅かに戸惑い緊張した。
それでも視線が合えば、青島をただの部下とは見ていない眼差しとぶつかり、嬉しくなる。
初めは室井への気持ちを中々認められなかった青島だが、一度認めてしまえば疑いようがない。
確かに、これは恋だった。
「美味いものでもご馳走しよう」
手を繋いだまま室井が言う。
「はは、喜びますよ」
「好きなものを聞いておいてくれ」
「すみれさん何でも食いますけどね、聞いときます」
「君は?」
「え?」
「好きな食べ物だ」
何で今俺のことを?と不思議に思っているのが、顔に出たのか、室井は静かに続けた。
「俺はまだ君のことをあまり知らない、教えてくれ」
もっと知りたいのだと請われて、青島は顔が熱くなるのを感じた。
青島の好きな食べ物など知らなくても、室井の人生になんの影響もなく、損にも得にもならない。
それでも青島を知りたいと言ってくれるのは、室井が青島を好きだからだ。
青島の人生に関わって生きていくと、決めているからだ。
室井とは始まったばかり。
これから、青島はもっと室井を知り、もっと室井に知ってもらう。
そんなことが、酷く嬉しかった。
「好きな食べ物はこれからゆっくり知ってください」
趣味趣向が聞かなくても分かるくらい一緒にいたいと願い、青島は握る手に力をこめた。
「とりあえず、一番好きなのは室井さんですよ」
目を剥いた室井に破顔して、軽く唇を奪う。
動作は軽かったが、室井とのキスにはまだ慣れない。
本当は緊張していたが、室井もしばし固まっていたからきっとお互い様だろう。
室井はぐっと眉間に皺を寄せて険しい表情になっていたが、その顔とはちぐはぐに抱き寄せる仕草は優しかった。
「それは、結構な告白だと受け止めていいのか」
「うん?」
室井の背中を抱き返しつつ、どういうことかと考えてみる。
「…食い物がないと、生きていけないと思うが」
遠慮がちに室井が言うから、青島も自身が結構な愛の告白をしていることに気が付いた。
軽い気持ちで零した睦言だったが、ただの冗談だったわけではない。
貴方がいないと生きられないなどと歯の浮くような台詞を吐くつもりは毛頭無かったが、前言撤回するほど意にそぐわないこともなかった。
青島は室井の肩に顔を埋めた。
無意識にすり寄る姿は甘えているようにしか見えず、すみれが見たら仲睦まじい二人に「ヤキモキした時間を返せ」と怒ったことだろう。
「まあ、そんな感じです」
気恥ずかしくて適当な返事をした青島を抱いたまま、室井は不器用な手付きで青島の髪に触れた。
「曖昧だな」
「察してください」
「…照れているのか」
「だから、察してって言ってんでしょ」
室井が微かに笑った声が聞こえた。
どんな顔をしているのだろうかと気になって顔をあげてみれば、すぐに唇が塞がれて反射的に目を閉じた。
触れる舌に誘われて唇を開き、舌を絡める。
深いキスに身体が熱くなった。
背中を抱く室井の手に力がこもり、抱き寄せられたままソファに身体が沈んだ。
唇が離れたから目を開けてみれば、今度は室井の顔がちゃんと見えた。
室井をこの体勢で見上げるのは二度目であり、青島は既にこの先を知っている。
最後までしたことはまだないが、室井が青島をどうしたいのかも、初めて触れ合った夜に知らされていた。
恐怖や抵抗がないわけではないが、室井に全てを晒すのもそう遠くないだろうと、青島は思っていた。
望まれて嬉しいと思うのだから、そうなっても仕方がない。
自分を欲しがる室井を愛しく思うのだから、青島の負けである。
熱っぽい眼差しを向けてくる室井が可愛くて、ついつい手を伸ばす。
その頬になでなでするように掌を柔らかく擦りつけると、室井が小さな吐息を漏らした。
「青島」
「ん?」
額を撫ぜて、髪に指を差し入れ、僅かに乱す。
乱れる室井を眺めているだけで興奮する自分がおかしくて、思わず笑ってしまった。
いつの間に室井をこんなふうに想うようになったのか。
青島にも分からなかったが、自分の常識や価値観を変えてでも、室井とこうしていたいと思っている自分が確かにいた。
思う様、室井に触れて甘えれば、室井の眉間に皺が寄った。
「青島」
「はい」
「君こそ察しろ」
「え?」
「焦らさないでくれ」
目を丸くした青島の唇を塞ぎ、室井の手が動き出す。
焦らしたつもりもないのだが、どうやら青島がマジマジと室井を観察し、撫で回している間、じっと我慢してくれていたようだ。
遠慮のない唇と、忙しなく青島の服を剥ごうとするその手が愛しい。
青島は笑いながら室井のキスに答え、室井の服にも手をかけた。
欲しいのはお互い様だと、伝わればいいなと思った。

二度目の夜は、想像以上に長い夜になった。
なんとなく気恥かしくて、翌朝の青島はすみれの顔をまともに見られなかった。










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2014.3.9

あとがき


すみれさん視点のお話を書いていたので、
いちゃいちゃしている室青が書きたくて書きました(笑)
そしたら、また恥ずかしいお話になりました…
ま!いつものことね!


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