■ Roadshow(11)
(呪われてんのかしら)
喫煙室の前で佇むすみれは、胸中でぼやいた。
喫煙室には青島と、何故だかまた室井がいた。
頻繁に湾岸署に来るはずのない男だが、来るたびすみれは室井を目撃しているようだ。
しかも、青島と一緒の時ばかり。
決して、すみれが覗き見したくてしているわけではない。
袴田に頼まれて青島を迎えに来ただけなのだ。
喫煙室に来てみれば、入口を背にして椅子に座り煙草を吸う青島の隣には室井の姿があった。
何が楽しいのか青島が笑えば、室井は穏やかに頷いている。
仲睦まじい二人の姿を見れば、良かったなとは思う。
室井を諦めようとして作った寂しい笑顔より、今の青島の自然な笑顔の方がずっといい。
心からそう思うが、何故だか少しイラッとする。
それは煮え切らない二人にヤキモキしていた時とは少し違う苛立ちだった。
先日、青島も同席して室井に食事をご馳走になった。
余計な世話を焼いたすみれに対する礼とお詫びだという、豪華なフレンチをすみれは当然という顔で美味しく頂いたものである。
その時の二人には、苛立つところは特に無かった。
恋人になった二人にどう接するべきか密かに多少は悩んだすみれだったが、一緒に食事をした二人はいつもと変わりが無かった。
青島から話を聞いていなければ、本当に恋人になったのだろうかと疑うくらいに、いつもの青島でありいつもの室井だった。
ただ一つ、二人が深い仲なのだなと感じたことと言えば、先に乗せられたタクシーの窓から、二人が同じタクシーに乗るところを目撃したことくらいだった。
これも、付き合っていることを知らなければ、二軒目に行くのだろうとしか思わなかったが、あの夜二人はきっと同じ部屋に帰ったのだろう。
あの時は、収まるべきところに収まった安堵感と、同僚の幸せを喜ぶくらいの気持ちでいられたが、今日はなんだかイラッとする。
青島の笑顔がだらしないせいか、室井の表情がらしくもなく柔らかいせいか。
(散々ヤキモキさせたくせにのんきな顔して)
などと思ったが、これは最早すみれの八つ当たりである。
その自覚はあったが、腹立たしいものは腹立たしい。
「青島君、また何かやらかしたの?」
不安そうな声は中西で、振り返れば背後に立っていた。
喫煙室を覗きこみ、室井といる青島を見ていた。
「室井さん、怒ってるんじゃない?」
中西がそう言うから、すみれは驚いた。
「どうしてですか?」
「だって、ほら、怖い顔してるし」
まあいつもだけどと失礼なことを言う中西に、すみれは益々驚いた。
すみれにはいつもより緩んだ表情をしているように見えたが、中西にはいつものように難しい表情をしているように見えているらしい。
確かに、ニコニコ笑っているわけではないし、惚れた青島といたって眉間に皺が寄る男だ。
言われて改めて見れば、平素と変わらず恐い顔をしているかもしれない。
だとしたら、すみれが勝手に二人がいちゃいちゃしているように見ていることになる。
何だかまた頭が痛い。
これでは、すみれが幸せボケをしているようだ。
「どうしたの?恩田君」
額を押さえているすみれに、中西が首を傾げていた。
すみれは首を振ると、気を取り直して何事もなかった顔をした。
「青島君なら心配ありませんよ」
「そうかなあ」
「室井さんは青島君の味方ですから」
実際、青島が本庁と揉めるたび、室井は何度も青島を庇っている。
それは分かっている中西だが、首を捻って曖昧に頷いた。
「愛想尽かされないといいけどねえ」
失礼なことを言いながら去っていく中西に苦笑し、すみれは喫煙室に入った。
青島がすみれに気付き振り返った。
つられたように、室井の視線もすみれに向く。
「先日はどうも」
ペコリと頭を下げたすみれに、室井は頷くようにして返事を寄越した。
「青島君、課長が呼んでるわよ」
「えー、何だろう…」
「用件までは知らないわよ」
「ん、分かった、今いく」
そう言いながら名残惜しげに煙を吸い込んでいる。
名残惜しいのは煙草なのか、恋人との短い逢瀬か。
「室井さんも袴田課長に用事あったんですよね?一緒に行きます?」
「ああ、そうしよう」
隣で缶コーヒーを飲んでいる室井も何食わぬ顔をしているが、もしかしたらもう少し二人きりでいたかったとでも思っているかもしれない。
室井に人並みの恋愛感情があれば、そう思っていたとしても不思議ではないし、特別非難されるようなことでもなかった。
だから仮にそうであったとしても、すみれに文句があるわけではない。
文句はないが、からかってやりたくはなる。
「署内でいちゃいちゃ禁止〜」
二人に身を寄せ小さな声で囁けば、青島が煙にむせて室井がコーヒーを吹いた。
二人の良い反応にすみれの溜飲が下がる。
別に二人に何かをされて憤っていたわけでもないが、とにかく少しスッキリした。
スッキリしないのは、青島と室井の方だろう。
「な、なに言ってんの、すみれさん、俺たちは別に」
「はいはい、分かった分かった」
適当にあしらうすみれに憮然とする青島の隣で、室井は眉間の皺を深くし口元をハンカチで拭っていた。
「ほら、早く行きなさいよ」
すみれが急かせば、青島は仕方がなさそうに煙草を灰皿に捨てて立ち上がった。
室井を促し喫煙室を出ようとしたが、すみれに詰めより釘をさす。
「いちゃいちゃなんかしてないからね」
「ムキになると怪しいわよ」
「すみれさん、あのねえ」
「ほら、室井さん待ってるわよ」
背中を押しやって、青島を待つ室井を指差す。
青島は文句を言い足りない顔ですみれを見下ろしていたが、すみれが小さく「良かったね」と囁けば、少し困ったような顔をしたがそれ以上文句は言わなかった。
頭を掻いて僅かにはにかむと、室井と共に喫煙室を出ていく。
並んで歩く後ろ姿を見送り、すみれはそっと溜め息をついた。
ただ並んで歩いているだけなのに、二人が手でも繋いで寄り添って歩いているように見えてしまうのは、やはりすみれだけなのだろう。
そう見えることに違和感がない自分が、一番すみれにストレスを与えている気がしなくもない。
すみれは苦笑して、動揺したせいか室井がごみ箱に捨てずに置きっ放しにしていった缶コーヒーを眺めていた。
(やっぱり色々支障があるから、署内はいちゃいちゃ禁止ね)
青島が灰皿に捨てて行った煙草は、火が消えておらずゆっくりと灰に変わっていた。
END
2014.3.9
あとがき
これにて終了です!
長々とお付き合いくださって、ありがとうございました。
室青の呪いにかかっているすみれさんのお話でした(笑)
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