帰宅しようとする青島を飲みに誘ったのは、すみれの方だった。
青島から室井と話しあってみると聞いてから二週間過ぎているが、あれから青島から何の報告もない。
別にすみれに報告しなければならない義務があるわけではないが、報告してくれたっていいのではないだろうかとすみれは思っていた。
ヤキモキさせられたしイライラもさせられたのだから、事の成り行きくらい教えてもらっても罰は当たらないだろう。
すみれはそう思っていたが、そもそも青島はすみれがそれほど気を揉んでいるとは思ってもいない。
このまま待っていても、青島はすみれに打ち明けてくれないかもしれない。
業を煮やしたすみれは、青島を達磨に引っ張って行った。
達磨で事情聴取である。
ところが、飲み出したら、青島が一人でべらべら喋って一人で笑うものだから、肝心な話ができない。
すみれは最初、室井とのことを根掘り葉掘り聞かれることに照れて誤魔化しているのだと思ったが、そのわりにはあまりに必死に作り笑いを浮かべているような気がした。
すみれはスッキリしないのは好きではない。
「青島君」
思い切って、青島のマシンガントークを遮った。
すみれの声が真剣だったせいか、青島は思わずといった感じで黙った。
「その後、室井さんとどうなのよ」
青島が肩を竦めた。
「どうって聞かれても」
「しらばっくれる気?ネタはすっかり上がってんのよ」
「…すみれさんも、刑事ドラマの見過ぎだね」
「カツ丼でも頼もっか」
「達磨のメニューにないよ」
青島は苦笑すると、一つ溜め息を吐いた。
「どうもこうも、あれから室井さんと話せてないよ」
あの時、青島は室井とちゃんと話してみると言っていた。
それから二週間経ってもまだ話せていないということは、青島が臆病になっているということだ。
すみれはそう思ったから、呆れた顔をした。
「何してんのよ、男でしょ?一度気持ち固めたんなら、初志貫徹しなさいよ」
けしかけるすみれに、青島は憮然とした。
「俺は話そうと思ったよ、時間くれって電話もしたし」
連絡は取ったという青島に、すみれは「おや?」と首を傾げた。
どうやら臆病風に吹かれて前言撤回したわけではなく、青島はちゃんと実行に移していたらしい。
それなのに、室井と話し合えていないということは、どういうことなのか。
「室井さん、忙しいんだってさ。何回か電話したけど、都合付かないって断られたよ」
そう言って青島は笑った。
何かを無理やりに吹っ切ったような、笑みだった。
「やっぱりさ、すみれさんの勘違いだよ」
「ええ?」
「話があるって言ったら、室井さんちょっと迷惑そうだったもん」
「室井さんが…?」
「そう。あれじゃない?仕事では親身になってくれるけど、プライベートでまで俺に関わりたくないんじゃないかな」
まあ仕方ないよねあの人キャリアだし俺とは違う世界の人だしね、と納得したように青島は頷いていたが、すみれには一つも納得がいかない。
室井が青島と関わることを迷惑に思っているとは、到底思えない。
一緒に査問委員会にまでかけられておいて、何を今更。
大体、室井は青島を避けているようだが、そのこと自体が引っ掛かる。
青島に避けられている気がすると不安に思い、すみれに探りを入れるような男だ。
青島の動向を一々気にかけている室井が、話があるという青島をいつまでも放っておくだろうか。
青島の身に何かあったのではないかと心配していないことの方が不自然に思えた。
「結果的には、これで良かったんだよ」
青島はサバサバした表情で笑った。
「余計なことを言って、室井さんと気まずくなる必要もないからね」
青島は室井を好きだと認めていた。
その青島が、これで良かったのだと笑う。
「俺が忘れれば、元通りだ」
寂しい笑みだった。
すみれはムカムカと腹が立っていた。
誰に対してかといえば、もちろん室井である。
納得がいかない。
納得した様子の青島に対しても、文句が言いたい。
いつものバイタリティはどこに落っことして来たのだ。
青島にしろ室井にしろ、あの上層部から睨まれるほどの誰にも負けない意志の強さはどこへやってしまったのだと苛立った。
男同士であることがそんなに問題か。
いや、確かに問題だ。
すこぶる問題である。
すみれだって、初めはそうでなければいいと願っていた。
(でも、だって)
また真下と合コンでもやろうかなと笑っている青島に、すみれはひっそりと溜め息を吐いた。
(恋に落ちてしまったとしたら、それはもう仕方のないことなのよ、青島君)
気付かぬふりをしても無かったことにしても、惚れた事実が消えることはないのに、青島は笑う。
これで良かった。
そんなわけがないと、すみれは思った。
「今日は青島君の奢りね」
伝票を押しつけたら、青島は苦笑していた。
「はいはい、話し聞いてもらったしね」
隙あらば奢ってもらおうとするすみれの日頃の行いのせいかおかげか、青島は疑問にも思わず会計を引き受けたが、すみれの思惑は少し違う。
これは前払いだ。
青島がすみれに借りを作るのは、これからである。
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