Roadshow(6)


病院に駆け付けたすみれは、ベッドの上の青島の姿を見て脱力した。
「あれ?すみれさん?」
息を切らしているすみれを不思議そうに見ている青島は、何でここにすみれがいるのかと言いたげだった。
のほほんとした青島の平穏無事な姿に本来なら喜ぶべきだが、一大事と思い駆け付けてきたすみれには、何やら腹立たしかった。
「あれ?じゃないわよ。こっちは青島君が被疑者に殴られて意識不明の重体だっていうから走ってきたのに、その本人が何でそんなにピンピンしてんのよ」
首を締めてやりたかったが、一応額の絆創膏に免じて堪えてやる。
青島は目を丸くしてすみれを見ていた。
「誰から聞いたの、そんなデマ」
「真下君よ。青島先輩が救急車で運ばれてもしかしたら帰って来ないかもとか大騒ぎしてた」
「あのバカ…」
呆れ顔で言い捨て、青島は苦笑した。
「救急車で運ばれたのは本当だけど、大した怪我はしてないよ」
「何があったのよ…確か、本部の張り込み手伝ってたのよね?」
「それがさー」
捜査本部にかり出されていた青島は、容疑者がよく来るというバーで真下と二人で張り込みをしていた。
そこで湾岸署で追っていた別件の暴行犯を見つけてしまい、室井の許可を取った上でその場を本庁刑事に任せ、青島は真下と二人でその暴行犯が店を出るのを待ち、跡をつけて確保しようとした。
当然これまで逃げ隠れしていた暴行犯が大人しく捕まるはずもなく、激しく抵抗されて格闘した挙句、公園の階段から落ちたという。
青島が一瞬意識を飛ばしている間に救急車が呼ばれてしまい、今に至るらしい。
被疑者を連行しなければならないため青島に付き添わなかった真下は、青島が意識不明の重体と勝手に思いこんだようだった。
「なによもう、紛らわしいっ」
まだ怒っているすみれに、青島は困った顔をした。
「俺に怒られても困るよ、重体って言ったの俺じゃないし」
「真下のあほっ」
「それは同感」
視線を合わせれば、青島は笑っていた。
「心配かけてごめんね」
すみれは肩の力を抜くように溜息を吐いた。
真下の誤報が青島のせいではないことくらい、すみれも分かっている。
思ったより軽傷のようで、そのこと自体は喜ばしいことだったし安心もした。
だけど、すみれに心配をかけたのは事実である。
気安く怪我などしてほしくなかった。
すみれはもう怒ってはいなかったが、青島を睨むように見下ろした。
「もう、気をつけなさいよね」
「はい、気をつけます」
「それで、怪我は?」
「後頭部にたんこぶが出来たくらいだよ。後は、少し額を擦ったけど、他は何ともないよ」後頭部を打っているため念のため検査入院はするが、問題なければ明日には退院できるらしい。
すみれは、煙草が吸いたいなどと寝ぼけたことを言う青島を眺めて、首を傾げた。
「本当に大丈夫なの?」
「大丈夫だよ」
「けど、何か顔色良くないわよ」
「そう?」
青島は自身の頬を撫ぜた。
本人に自覚はないようだが、少しぼんやりとしていて眼差しに力が無かった。
「具合悪いなら、ちゃんと先生に言って診てもらいなさいよ」
「大丈夫だったら」
「頭打ってるのよ。それ以上悪くなったらどうするの」
心配の混ざった暴言に憮然としたが、青島は曖昧に笑ってぽつりと零した。
「ちょっと寝不足だからね、そのせいかな」
「寝不足?」
「うん、本部の手伝いとかで忙しくてね」
青島はそう言ったが、本当にそれが原因で寝不足なのか、すみれは引っ掛かりを覚えた。
青島には捜査本部よりも思い悩むことがあるのではないか。
そしてその悩みの内容は、すみれも知っていることではないのか。
そう思ったが、すみれが決め付けていいことでも、口を挟むことでもない。
だけど、黙っているのもそろそろ苦痛である。
どこか寂しそうに笑う青島を見れば、尚更余計な口を挟みたくなるというものだ。
青島に、そんな笑顔は似合わない。
照れくさいから決して言葉にはしないが、すみれはそう思っていた。
「ねえ、青島君…」
「うん?」
相談に乗ってあげるから、何もかも吐いてしまいなさい。
と、取り調べをしようとしたすみれが口を開くより先に、ドアが開いた。
「失礼する」
入ってきたのは、なんと室井だった。
「室井さん?」
すみれも驚いたが、青島も驚いていた。
そして、室井も元気そうな青島に驚いている。
「…意識不明なんじゃなかったのか」
怒っているのか安堵しているのか分からない複雑な表情で呟いた。
らしくもなく息が乱れているから、彼が院内を駆け足でやってきたと分かる。
同じようにやってきたすみれには、室井の気持ちが良く分かる。
のほほんとしている目の前の男を軽くひっぱたいてやりたい衝動に駆られていることだろう。
誤報に関しては青島に非がないので、彼に当たるのもお門違いだが。
「室井さん、なんで…」
青島が呆然と呟くと、室井は眉間に深い皺を刻んだ。
「お前が意識不明の重体と聞いたからだ」
「あ、ああ、すいません、それは真下が勝手に」
「そうみたいだな、焦って損した」
「すいません」
恐縮して謝る青島に、室井の表情が僅かに和らいだ。
青島が悪いわけではないということに、室井も思い至ったのかもしれない。
「別に君のせいじゃない」
「いや、でも、わざわざ来てもらっちゃって」
「俺が勝手に来たんだ」
「あー…その、俺はありがたいですけど」
「それより、怪我の具合は」
その辺りで、すみれはこっそりと病室を後にした。
これ以上すみれが聞いている必要は無かったし、失礼なことに二人の視界にすみれは入ってすらいないようだった。
なんだかヤキモキしている自分が馬鹿馬鹿しかった。
あれだけ惹き合っているのなら、すみれが余計な口を挟まなくたって、縁があるなら納まるように納まるだろう。
納まらなかったら、縁が無かったということだ。
もしかしたら、今ごろ勢いが余って病室で想いを通わせているかもしれない。
「全く、人騒がせな」
ブツブツ文句を言いながら歩くすみれだが、表情は明るかった。


とりあえず、真下の人騒がせな情報だけでもさっさと訂正しなければと、すみれは病院を出て携帯電話から署に電話をかけた。
真下が怒られたことは言うまでもない。










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2014.2.8

あとがき


すみれさんそっちのけで、二人の世界に入る失礼な室青さん(笑)

でも、まだ付き合ってないっていう…
すみれさんはイライラしてることでしょう。
頑張れ、すみれさん!


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