聞き込みから戻ったばかりのすみれは、恩田君恩田君と繰り返し名前を呼ばれて、嫌な顔をした。
案の定、中西が駆け寄って来る。
こういう時は何かしら仕事を押し付けられる時だった。
「なんですかあ?」
「応接室にお茶を3つお願い」
「えー?私戻ってきたばかりで疲れてるんですけどー」
「室井管理官がみえてるんだよ」
お願いと手を合わせて、中西も応接室に向かって行った。
すみれは唇を尖らせたが、仕方がないから給湯室に向かった。
すみれが席で報告書を書いていると、応接室から室井が出てきた。
袴田と中西がついて出て来る。
珍しく神田と秋山は不在だったようで、応接室にはいなかった。
室井はすみれの視線に気付いたのか、袴田と中西に礼を言って離れ、すみれに近付いてきた。
「コーヒーをありがとう」
すみれとは知らない仲ではないからの配慮なのだろうが、それでも変なキャリアだと思う。
もっとも出会った頃の室井はもう少し冷たく、所轄とも距離があって、官僚然としていた。
青島と出会ってその信念とぶつかり大きく進路変更した男だが、おそらくこちらが彼の素なのだろう。
青島が懐くのも分からなくはないと、内心で笑いながらすみれは肩を竦めた。
「いーえ、どういたしまして。何かあったんですか?」
珍しい室井の来訪に馴々しく聞いてみた。
キャリアにこんな口が聞けるのも、相手が室井だからだ。
少なくても、こんなことを聞いてまともな返事をくれるのは室井だけである。
「過去の事件のことで少し知りたいことがあってな」
「へえ、そうですか」
お疲れ様ですと言えば、室井は曖昧に頷いた。
青島でもあるあまいし、すみれはキャリアの仕事を根掘り葉掘り聞きたいとは思わない。
会話が途切れ、すみれにそれ以上の用事はないし、室井にもないはずだが、どういうわけか室井が立ち去らない。
すみれは首を傾げた。
「なにか?」
室井は一瞬だけ辺りに視線を流し、すみれを見下ろした。
「青島はどうかしたのか?」
「は?」
「いや…最近、様子がおかしくないか」
「青島君が?」
すみれは首を傾げつつ、怪訝な顔をした。
最近の青島を思い出してみるが、特に変わった雰囲気は無かったように思う。
少なくても、毎日顔を合わせているすみれには思いあたる節がない。
それにしても、室井の質問が妙に引っ掛かった。
室井がどうして「最近の青島」について知っているのだろうか。
ここ最近湾岸署で大きな事件はなく、すみれは室井に会うのは久しぶりだった。
前回室井に会ったのは、喫煙室で青島とただならない雰囲気を醸し出していた時だった。
あれはもう三か月くらい前の出来事だった。
あの後も青島が室井と会っているとしたら、プライベートでということか。
なんのためにと思ったが、二人は妙に気が合うところがあるようだったから、特におかしくはないのかもしれない。
きっとすみれが変な勘ぐりをしているだけだ。
すみれはそれを反省すると、特に変わりはないと室井に告げた。
青島の何かを心配しているのならそれで気が晴れるだろうと思ったが、室井は余計に難しい顔になってしまった。
「何かあったんですか?青島君と」
「いや、別に無いんだが…」
室井はまた言い淀んだが、すみれが黙って続きを待っていると、言い辛そうに続けた。
「避けられているような気がするんだが」
すみれは目を丸くした。
「青島君が?室井さんを?」
相手が新城なら分からなくはないが、青島には室井を避ける理由はないようにすみれには思えた。
青島の口から室井の悪口らしい悪口も聞いたことがない。
腹を立てれば黙っていられない男だから、室井に腹を立てれば避けていないで直接文句を言うような気もする。
「室井さんの気のせいじゃないですか?」
「…そうか」
納得したふうでも無かったが、室井はそれ以上何も言わなかった。
特に表情に変化はないが、雰囲気がしょぼくれて見えて、すみれは思わず笑った。
室井はどうやら公私ともに青島に振り回されているようだった。
「まるで振られたみたいね、室井さん」
からかうように笑ったすみれに、室井は目を剥いた。
「何を言ってる」
「だって、なんか寂しそうだから」
「そんなんじゃない」
眉間に皺を寄せた室井がムキになって言い返してくるからおかしい。
ついついからかいたくなるのは、すみれの悪いくせか。
「青島君に構って欲しいんじゃないんですか?」
「違うと言ってるだろ」
言い捨てるが、律儀に失礼すると断って、刑事課を出て行く。
姿勢のいい後ろ姿を見送って笑っていたすみれは、この頃の青島が本当に室井を避けていたことに気付いていなかった。
しかもその原因が自分の言葉にあったことなど、知るよしもない。
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