Roadshow(1)


聞きこみから署に戻ったすみれは、喫煙室の前を通りかかり、足を止めて怪訝な顔をした。
ソファに座る青島の隣に、室井慎次がいる。
捜査一課の室井が湾岸署に来ること自体珍しいが、そんなことは今はどうでもいい。
すみれが怪訝に思ったのは室井がいることではなく、室井と青島が喫煙室でただならぬ雰囲気を作っていることだ。
室井は青島に向きあい、何故か青島の頬を両手で押さえている。
そして、恐ろしいことに、青島が涙目に見えた。
室井が泣いている青島を宥めているように見えて、その光景はまるで恋人同士のような雰囲気だった。
(いやいや、まさかね)
すみれは知らず半笑いになった。
(いくらなんでも、それはないわよね)
(うん、ないない)
自分に言い聞かせているすみれを余所に、室井の指が青島の目尻を撫ぜたように見えた。
今にもキスをしそうなほど顔が近い。
(ええ?ちょっと本当に?そりゃあ、少しは怪しいなと思ったことはあるけど、本気で?)
胸中で目の前の二人の理解不能な行動を否定してはみたものの、その可能性を全く疑ったことがないとは言えないすみれには、否定しきれない。
(もしかしてとは思ったけど、もしかして本当にもしかするわけ?)
玉の輿じゃない青島君羨ましい!と思ったすみれは、若干混乱していた。
青島が同性の室井相手に玉の輿に乗れるわけがない。
そもそもそんな問題でもない。
警察署の中で、同性の刑事二人がただならぬ雰囲気を醸し出しているという異常な事態をなんとかしなければならない。
本当はすみれには一つも関係ないのだが、焦ったすみれは同僚のスキャンダルをなんとかしなくてはと思い込んでいた。
場所を考えなさいよねとか、見ないふりをするべきかしらとか、誰か他の人に目撃されたらどうしようとか、すみれが一人で右往左往していると、それが視界に入ったのか、室井が顔を向けた。
僅かに目を見開いたが、室井は慌てた様子もなかった。
逆にすみれの方が焦ってしまう。
「な、なにしてるんですか?」
一応ありきたりな声をかけつつ喫煙室に入ると、室井は青島から手を離した。
「丁度良かった。鏡を持っていないか、恩田君」
「鏡、ですか?」
「ああ、青島が目にまつ毛が入って取れないというのだが…」
室井は眉間に皺を寄せて青島を見た。
「鏡がないから自分で取れないらしいんだ」
「だって、見えないし」
「だからって、他人の目に指なんか入れられるか」
恐ろしいと言わんばかりの室井に、青島は痛むらしい目に涙を浮かべたまま苦笑していた。
「だから鏡を持っていたら貸してやって欲しいんだが……恩田君?」
反応のないすみれに室井が怪訝そうな顔をしたが、脱力したすみれにはもうどうでも良かった。
ポケットから手鏡を取り出すと、室井に愛想もなく投げやりに差し出す。
「どうぞ」
「あ、ああ…ありがとう」
つっけんどんなすみれの態度に困惑しつつ、室井は青島に鏡を差し出してやっていた。
それを尻目に、すみれは喫煙室を後にした。
紛らわしいとか馬鹿馬鹿しいとか思いつつ、自分の席に戻る。
席に落ち着き、報告書を作成しようと机に向かって、ふと思う。
普通、管理官に「まつ毛が目に入ったから取ってください」だなんて甘えたことを頼むだろうか。
いや、普通なら絶対に頼まない。
特別な関係でもない限り、頼まないだろう。
すみれはボールペンを握ったまま固まった。
(―――いや、青島君だしね。うん)
そう相手は人の意表をつくことに長けた青島俊作だ。
相手が管理官であろうと、それくらいはやってのけるだろう。
そうだ、きっとそうだ。
すみれはしつこくそう言い聞かせて、それ以上二人の関係を深追いすることを止めた。










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2013.11.28

あとがき


一話目だけ、拍手のお礼にあげておりました。
すみれさん視点で、恋人になるまでの室青を書いて行こうと思っております。
小話な連載になるんじゃないかと思いますが、
最後までお付き合い頂けたら幸いです!



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