■ Nitty Gritty(前編)


騒音で目が覚めた青島は、激しい頭痛に頭を抱えた。
なんて騒音だと思ったが、それは目覚まし時計のアラーム音に過ぎなかった。
なんとか腕だけ伸ばしてアラームを止めるが、頭痛が治まる気配はない。
脳裏に二日酔いという単語が過ぎる。
何度も経験しているから二日酔いの頭痛であることは理解できたが、ここまで酷い頭痛は久しぶりだった。
酒には強い方だったし、自身の酒量を知らない若い頃ならいざ知らず、最近ではここまで二日酔いになるような酒の飲み方は滅多にしない。
夕べはそれほど飲んだのか。
記憶を辿ろうとするが、頭痛が邪魔をしてうまく行かない。
どこに誰と飲みに行ったのか、そのことすら頭に浮かばず、青島は枕に突っ伏した。
「青島?起きたのか?」
寝室のドアが開き、誰かの声がした。
それが誰だか理解出来ないまま「なんで人がいるんだ?」と思いつつ振り返って、青島は驚いた。
何故か室井慎次がいた。
「む、室井さん…」
半身を起こし呟いてみたものの、顔をしかめながら頭を抱える。
頭痛が酷くて、満足に驚くこともままならない。
頭を抱える青島に溜め息を吐いて、室井が近付いて来た。
「二日酔いか…あんなに飲むからだ」
そうか夕べは室井さんと飲んだのか、と思った。
駅で待ち合わせをして、室井の自宅に連れて行ってもらっていた。
ということは、ここは青島の部屋ではなく、室井の部屋だ。
そんなことに今更気付いた。
だが泊めてもらった覚えがなく、もっといえば酒を飲んだ記憶さえ曖昧だ。
頭痛と戦いながら挑む行方不明の記憶探しは困難極まりなく、とりあえず諦めた。
室井と飲んで二日酔いになった。
そして、どうやら青島は室井の部屋に泊めてもらったらしい。
そのことが分かっただけで今は充分だと思うことにした。
だが、全く充分でなかったことは、すぐに知れることだった。
「面目ないです…」
愛想笑いを浮かべる余裕もなく失態を詫びる青島に、室井は苦笑した。
「もう少し飲み方を考えた方がいいな」
「全くです…」
当分酒は飲まないぞと殊勝なことを考えていると、室井の手が青島の髪に触れた。
柔らかく動く手は、青島の勘違いでなければ、撫ぜていると言って差し支えがない。
室井に頭を撫でられたことなどない青島は面食らったが、頭が痛くてそれどころではない。
本当は驚きたいが驚く余裕もない青島の頭上で、室井が小さく笑った。
「俺のことなら気にするな」
泥酔した俺の世話をしてくれただろうに室井さんてば優しいななどとぼんやり思っていた青島は、室井が腰を屈めたことに気が付いていなかった。
「青島」
「はい…?」
「夕べのことは、酔った勢いなどではないから」
はいそうですかと答えそうになり、何の話しだろうかと思いなおす。
いや、それより頭が痛い。
眉間を押さえる青島にそっと吐息を漏らし、室井は青島に顔を寄せた。
唇に軽く触れる感触があったが、青島には何が起こったか分からなかった。
一瞬頭が真っ白になり、頭痛で意識を取り戻した。
「朝飯用意したから、着替えて来い」
室井は青島の頭をもう一度撫ぜ寝室を出て行った。
ドアが閉まる音を聞いて、青島はゆっくりと瞬きを繰り返した。
「え…ええと…?」
痛む頭を押さえながら考えるが、考えてみても何が起こったのかよく分からなかった。
夕べからの記憶がないのが原因か。
これは先送りにしていいことではないのだということだけ理解した青島は、必死に夕べの記憶を辿り始めた。

仕事帰りに室井と待ち合わせをした。
これは一週間ほど前から約束していたから間違いはない。
室井とプライベートを過ごしたことは数えるほどしかなかった。
だが、官僚と所轄刑事、立場は全く違うが、気は合っていると青島は勝手に思っていた。
青島にとって、室井は特別な存在だった。
警察官として絶大な信頼を寄せ、彼の未来にもしかしたら本人にとっては重荷なんじゃないだろうかというくらい過大な期待を寄せている。
だけど、室井は迷惑そうな顔をせず、青島の想いを受け止めてくれていた。
生真面目で融通の利かない男ではあれど、室井は所轄を見下すこともなく信用してくれる唯一のキャリアだった。
青島のことを志を同じくする仲間と認め、対等に付き合ってくれている。
だからこそ、青島も室井に懐いた。
必ずと誓った約束を言葉に表すことは互いに滅多になかったが、彼と酒を飲む機会に恵まれると嬉しかった。
仕事場で会うと大抵難しい顔をしている室井だが、プライベートで会えばそんなことばかりではなく、日頃口数も表情も乏しい男なりに、青島には心を許してくれていると感じていた。
だからというわけではないが、青島は室井が好きだった。
正しい表現かどうか分からないが、友情めいた気持ちを持っていたのだ。
だからこそ、夕べは室井に誘ってもらって嬉しかった。
ノロノロとベッドから降りて着替えを始めた青島は、ようやく夕べのことを思い出してきた。
室井の自宅できりたんぽ鍋をご馳走してもらったのだ。
数年前に交わした口約束が叶えられた形だった。
ただ、思い出せたのはそこまでだった。
何をどれだけ飲んで、室井と何を話したのか思い出せない。
申し訳ない限りだが、当然ご馳走になったはずの鍋の味だってさっぱりだ。
室井がああ言ったところをみると、かなり酒を飲んだことだけは分かる。
第一、頭が割れるように痛い。
青島は二日酔いでこれほどの頭痛は経験したことがなかった。
本当に酒の飲み方を考えなくちゃと思うが、今はそんなことを考えている場合ではない。
青島が室井の部屋で目覚めたことから、泥酔した青島を見かねた室井が部屋に泊めてくれたことが分かるが、そのことも全く覚えていなかった。
いつ眠ったのかも覚えていない。
最後の記憶がどの時点かも、はっきりしない。
シャツのボタンを止めながら青島は眉をひそめた。
とにかく頭が痛い。
二日酔いで頭が痛いのか、記憶が思い出せなくて頭が痛いのか。
酔いつぶれて室井の部屋に泊めてもらったことだけは確かだが、酔い潰れて眠る前の自分が何をしたのか思い出せないのが問題だった。
室井は酔っ払ってのことではないからと言っていたが、酔った勢いではなく何をしたのか、やったのか。
ものの見事に酔っ払っていた青島にはさっぱり分からなかった。
だが、一つ、ヒントがあった。
室井が青島に有り得ないことをした。
今までの室井なら絶対に青島に対してしない行動をとった。
それはきっと、青島の欠けた記憶に関係していることなのだ。
しかし、分からない。
一体何があれば室井が青島にキスなどするのか。
不意に青島はネクタイを絞めていた手を止めた。
さっき室井は青島にキスをしたのだ。
触れたのは確かに室井の唇だった。
青島は急に赤面すると、口元に手をあて蹲った。
「え、ええー…?何で、そんな…どういうことだ…?」
訳が分からない。
何で室井にキスをされたのか。
夕べに一体何が起こると、一夜明けた室井が青島にキスなどするのか。
青島が頭を抱えていると、また寝室のドアが開いた。
いつまでも出てこない青島が気になったのか、室井が部屋を覗き込んでいた。
「どうした?気持ち悪いのか?」
二日酔いで気持ちが悪いなら自業自得でしかないが、室井はいくらか心配そうに声をかけてくれた。
青島はクラクラする頭になんとか耐え、慌てて立ち上がった。
「いや、大丈夫です。ちょっと立ち暗みです」
「そうか?気をつけろよ」
「はい、あ、ご飯ですよね、すぐ行きます」
笑みを浮かべた青島に頷き、室井はドアを閉めた。
青島は深い溜め息を吐き、とりあえず着替えを続けた。


差し向かいで朝食を食べる室井を盗み見て、特に変わったところは無さそうだと微かに安堵した。
青島自身、身体に二日酔い以外の変調が無いことは自覚している。
つまり、青島が気にしたのは、室井と一線を超えてしまったのではないかということだった。
キスするような間柄になってしまったらしいので、一線を超えてしまっていないともある意味言えないが、少なくとも肉体的な意味では超えていないようだった。
もしまかり間違って室井に抱かれたというならまだしも、室井を抱いたのに一つも覚えていないなんてことになったら、最低最悪である。
許されることではないだろう。
どうやら室井も平然としているし、泥酔した青島が室井に無体を働いたということもないだろうと思い、そこだけは安心した。
安心したが、もちろんそんな問題でもない。
室井が青島にキスをした。
冗談でそんなことをするような人ではないから、室井とキスをするような関係になったとみて間違いはないのだろう。
青島が思い出せない昨夜のうちに。
青島は室井が作ってくれた味噌汁を啜りながら、ようやく冷静になった。
冷静になって、どうやら大変なことをしでかしたらしいと気が付き、青ざめた。
「無理して食わなくてもいいぞ」
箸の進まない青島を気遣って室井が言ってくれる。
酷い二日酔いで青島の様子がおかしいと思っているのだろう。
実際、頭は今もガンガンと痛む。
青島の動揺を悟られずに済むから、いっそ二日酔いで良かったのかもしれない。
青島は夕べのことを何一つ覚えていなかった。
そのことを知ったら、室井はどう思うだろうか。
青島はそれが気になって、室井に夕べのことを聞けずにいた。
夕べ青島が何をしたのか、二人の間に何があったのか、気になって気になって仕方がないのに、どうしても聞けない。
知るのが怖いという思いもあったが、それよりも怖いことがあった。
青島に優しくキスをし、夕べのことは間違いではなかったと言ってくれた室井は、何も覚えていない青島をどう思うだろうか―。
「青島?大丈夫か?」
室井を見つめたままぼんやりしている青島に、室井は訝しげな顔をした。
青島は力ない笑みを浮かべて、手にしたお椀を掲げて見せた。
「味噌汁、美味いです」
室井も小さな笑みを浮かべると、青島が食べられることに安心したのか食事を続けた。
「君は何でも美味そうに食うな」
「そうですかね?実際美味いし」
「腹は大丈夫か?」
「え?」
「夕べ、物凄いきりたんぽ食ってただろう」
腹壊してないかと心配されて、青島は乾いた笑い声をあげた。
「あははは、大丈夫です。俺、丈夫ですから」
覚えていないが、きっと室井が作ってくれたきりたんぽ鍋をたらふく食べたのだろう。
自業自得だが、食べたこともその味も覚えていないことが、酷く心残りだった。


酷い二日酔いだったが、青島は出勤しなければならなかった。
室井は休暇だったらしく、玄関まで見送りに来てくれた。
その頃になると、頭は相変わらず痛むが、寝起きよりはいくらかマシになっていた。
「遅刻するなよ」
靴を履く青島に釘を刺す室井は、いつもの生真面目な室井だった。
「はい」
曖昧に笑って頷き、青島は少し困った顔で室井を振り返った。
「室井さん」
夕べ、俺は一体何を。
思い出せない出来事を知りたかったが、振り返って室井を見たらやっぱり何も聞けなかった。
不安そうな表情で佇む青島を、室井は真っすぐに見つめた。
「夕べのこと、後悔しているのか?」
青島の戸惑いをどう受け止めたのか、そう静かに聞いてくる室井は、どこか悲しげに見えた。
「そうじゃないです、そうじゃないんですけど…」
思わず否定をしたものの、最悪なことに何を否定しているのか自分自身で分からない。
自分が後悔すべきことが何なのか分からなかった。
記憶がなくなるほど飲んだことなら後悔していたが、室井が聞いているのはその後悔のことではないだろう。
不意に間合いを詰めた室井が青島の腕を掴んだ。
近くなった室井にドキリとした。
「後悔するな」
後頭部に回された手に引き寄せられる。
「俺は嬉しかったから」
唇が塞がれて、青島は咄嗟に瞼を落とした。
いやいや目をつぶって雰囲気出してる場合かと、動揺する脳内でもう一人の自分が冷静に叫ぶ。
だけど、室井を拒めない。
当たり前に口付けてくる室井を拒んではいけない気がした。
唇が離れると、室井が近くで囁いた。
「また連絡する」
咄嗟に「はい」と良い返事を返してしまった青島に、これ以上聞けることなどあるわけがない。
青島は室井に挨拶をして、部屋を出た。


室井はまるで恋人のように青島に触れた。
ように、ではない。
室井の口振りから察するに、おそらく室井と恋人同士になってしまったのだ。
青島の預り知らぬところで、と言ってしまえば当事者として無責任極まりないが、事実青島は全く覚えていなかった。
だが、室井が青島を恋人と認識していなければキスなどするはずがない。
どんなやり取りをしたのか皆目検討もつかないが、泥酔した青島と室井の間で意思の疎通が計られたに違いない。
そうでなければ、繰り返すが室井が青島にキスなどするはずがない。
青島は駅に向かって機械的に足を動かしながら、赤面した。
どうしよう。
胸中で途方に暮れた声をあげる青島に、答えてくれる人はいなかった。


青島は室井が好きだった。
だが、そこに恋愛感情はなかった。










NEXT

2012.10.8

あとがき


40万HITリクエストの「付き合う前設定で、酔って積極的になる青島君。室青」
の、つもりなのですがー、なのですがー;
リクエストとずれたお話になってしまった気がします…
酔っ払い青島君の馴れ初め話は、オン・オフ合わせて結構書いておりまして、
違う展開にしようと思ったら、こんな具合になってしまいました(^^;
申し訳ないです…!

青島君が忘れてしまっている、
「付き合う前に設定で酔って積極的になる青島君」は、
後ほど室井さんの口から語って頂く予定です。

青島君が中々に最低ですがー(笑)
ここまでまるっと忘れられてしまうと、室井さんが可哀想です(お前が言うな)

タイトルは「核心」とか「基本的事実」という意味だそう。
Superflyの好きなお歌から拝借。


template : A Moveable Feast