■ 期間限定の恋人(3)


ふっと目が覚める。
部屋の中はまだ薄暗くて、青島は変な時間に目を覚ましたことに気付いた。
枕元に置いてあった腕時計を見ると、まだ5時前だった。
「なんでこんな時間に…」
呟いて、欠伸を漏らす。
一度寝たら朝まで目覚めない青島にしては珍しいことだった。
起き上がろうとして、腰周りが重いことに気付いた。
室井が背後から青島の腰に腕を回していた。
首だけで振り返ると、当然だが室井は瞼を閉じて眠っていた。
今は眉間も寄っていない。
その穏やかな寝顔に、青島は小さく笑みを零した。
初めて身体を重ねてからというもの、時々室井は青島の部屋に泊まっていくようになった。
今のところ、そういう日は必ずといっていいくらい、ベッドを共にしている。
あまり我慢するなと言ったのは青島だが、室井は本当に我慢しなくなったようだった。
青島はなんとなく室井の方を向きたくなって、室井の腕を持ち上げ身体の向きを変えた。
室井と向き合って、目を丸くする。
さっきは閉じていたはずの瞼が開いていた。
「あ…起こしちゃいました?」
室井はあまり眠りが深い質ではなく、青島が動いたせいで目を覚ましてしまったらしい。
申し訳ないことをしたなと思ったが、室井は気にしたふうではなかった。
まだ眠そうではあったが、青島の腰に回したままの腕に力を込めて引き寄せてくる。
青島は室井の胸に鼻先を埋める形になりどうにも照れくさかったが、大人しく納まった。
「今、何時だ?」
「まだ5時くらいっすよ」
「そうか…眠れないのか?」
室井の手が青島の髪に触れていた。
珍しくも起こされる前に目を覚ました青島を気にかけてくれている。
いつもなら、一緒に眠った翌朝は、室井が起こしてくれるまで青島は眠っていた。
「いや、なんかたまたま目が覚めただけで、さっきまでグーグー寝てました」
青島の軽い言葉に安心したのか、室井がそっと息を吐いた。
「そうか…」
青島は目を細めた。
愛されているなと思う。
寝る前に致した情熱的な行為でもそれは感じるが、それとはまた少し違う愛情を感じた。
青島は上目遣いで室井の顔を見たが、室井は目を閉じていた。
半分は夢の中なのかもしれない。
青島も笑みを浮かべて目を閉じる。
「もう少し、寝れますね」
「ああ…寝坊するなよ?」
「大丈夫、室井さんいるから」
笑ったのか、室井の胸が少し振動した。


杉並北署に駆け込むと、青島は壁に手をつき、深呼吸をした。
危なく遅刻するところだった。
あの後、二度寝したのがいけなかったのか、珍しく室井までもが寝坊し、二人揃って30分程寝過ごしてしまったのだ。
朝食も取らずに着替えて慌ただしく支度し、詫びる室井の唇をてっとり早く塞いで自宅を飛び出した甲斐あってか、青島はなんとか遅刻せずに済んだ。
室井さんも間に合っていればいいけど、と思いながら地域課の自分の席につく。
「青島さん、ギリギリでしたね」
隣の席の、今年刑事になったばかりという後輩が笑いかけてきた。
「危なかったね」
青島は苦笑して、上着を脱いだ。
それでも暑くて、ネクタイを緩め、襟首を少し開いた。
9月には入っていたが、まだまだ残暑で気温が高く、そんな中全力で走ったりしたから余計に熱かった。
机に置いてあった以前街頭でもらったどこかの店の広告入り内輪で仰いでいると、後輩が青島に身体を寄せてきた。
「先輩もやりますね」
囁かれて、怪訝そうに眉をひそめる。
「何が」
「首、残ってますよ」
後輩が意味ありげにニヤリと笑うが、何のことか分からず首を捻る。
「何の話?」
「だから、首に残ってますよ、痕、キスマーク」
小さな声で指摘され、青島は愕然とした。
そして、慌てて首筋を抑える。
開いた襟首に、赤い痕が残っていたらしい。
寝坊したせいで今朝は鏡などろくに見ていなかったのが仇となった。
今の今まで青島は全く気付いていなかったが、思い当たる節なら山程ある。
―室井さんのあほ!
心の中で思わず恋人を罵り、青島は乾いた笑い声を上げた。
「あははは、あ、そう?」
「夕べデートだったんすか?」
「う、うん、そんなとこ…」
「先輩の彼女、情熱的っすねぇ」
「ええ?あー、うん、まぁ、そうかもね」
彼女じゃないけどと思いながら半笑いになっていると、後輩が笑った。
「先輩、顔真っ赤」
そんなに照れなくてもいいのにと笑われるが、青島の頬の熱はすぐには引きそうになかった。
室井との行為の痕を誰かに見られるということが、妙に恥ずかしかった。
青島は火照った顔を内輪で仰ぎながらも、開いた襟首を元に戻した。

喫煙室に移動した青島は、文句の一つも言ってやろうと思い、室井にメールすることにした。
だが、携帯電話を開いた途端にメールを受信して驚く。
開いて見れば、室井からのメールで、なお驚いた。
すぐに目を通すと、青島の部屋に腕時計を忘れてきたから帰りに取りに行ってもいいかという内容だった。
今朝は慌てていたから忘れてしまったのだろう。
文末に、「今朝はすまなかった」と添えられてある。
寝坊のことだろうが、寝坊したのは室井だけではなく、青島も一緒である。
どちらのせいでもないのに室井が謝罪を寄越すのは、青島が「室井さんがいるから大丈夫」だと甘えたせいか。
青島は苦笑すると、表情を和らげた。
このメールの返事に、キスマークの苦情はなんとなく書き辛かった。
今夜また会うのだから、その時直接言えばいいかと思い直す。
室井には了解とだけメールしておいた。
喫煙室を出る時の青島は、随分機嫌が良くなっていた。
今夜また会える、今朝別れたばかりなのにそれが嬉しかった。


インターホンがなり玄関のドアを開けると、室井が立っていた。
「すまない、今朝別れたばかりなのに」
その日のうちの再会が気まずかったのか、室井は少し困った顔をしていた。
そんなことを謝ってもらう必要は全くない。
「会えて嬉しいってことはあっても、迷惑ってことはないっすよ」
笑って部屋に入るよう促すと、室井も安心したように表情を和らげた。
部屋に上げると、忘れないうちにと思って、室井に腕時計を手渡す。
「不便だったでしょ、一日」
「ああ、携帯電話で代用したが…ありがとう、探しておいてくれたのか」
「ベッドサイドに落ちてましたよ」
「今朝は慌ててたからな」
そう、今朝慌てていたおかげで、青島も見落としたものがある。
おかげでいらぬ恥を掻いた。
青島はわざとらしく膨れっ面を作った。
「室井さん、酷いっすよ」
いきなり言われて面食らったらしく、室井はきょとんとしていた。
「何がだ?」
「これっす」
同僚にからかわれたんですからねとぶつぶつ文句を言いながら、シャツの襟首を少し開いてそこを室井に付きつける。
不思議そうに顔を寄せた室井だったが、そこにあるものに気づいて目を剥いた。
室井が演技をするわけがないから、純粋に驚いているように見えた。
その顔を見て、青島はおや?と首を捻る。
つけた本人が驚くようなことでもない。
「そ、それは、俺がつけたのか」
青島の眉がつりあがる。
「アンタ以外誰がつけるって言うんだ」
思わず仏頂面で突っ込むと、室井が慌てて頷いた。
「それはそうだ、そうだな、当たり前だ」
動揺しているのか返答がおかしいが、室井が妙に納得していることだけは分かった。
青島の肌に痕を残せる人間は、今は室井しかいない。
それが当たり前のことだと、納得しているらしい。
とりあえず、不義を疑われているわけではないことを理解して、釣り上げた眉を元に戻す。
「室井さん、もしかして、つけたの覚えてないの?」
室井は気まずそうに頷いた。
「…すまない、無意識だった」
無意識。
無意識に、人の肌に痕が付くほど吸いついたと言っているのだ。
青島はぐっと言葉を飲み込んだ。
青島もいっぱいいっぱいだったからそれほど吸いつかれていたとは記憶していないが、吸いついた本人も覚えていなかった。
どれだけ夢中になって人のことを抱いてんだと思って、青島は赤面した。
内心で動揺している青島に気づくことなく、室井は生真面目に謝った。
「見えるような場所に痕を残すのは、マナー違反だった。すまない」
キスマークを見られたところで、子供ではないから誰に咎められることもないが、一社会人として、規律や風紀にうるさい警察官として、確かにあまり外聞が良くない。
鏡で確認してみたが、室井が残した痕は鎖骨より少し上にあり、ワイシャツのボタンをしっかりと上まで止めていれば幸い見えなかった。
わざとに残したのなら文句の一つも言ってやろうと思っていた青島だったが、まさか室井が無意識に残したものだとは思いもしなかった。
馬鹿正直に謝罪されたらそれ以上文句を言うこともできなかった。
青島は首筋を手の平で撫ぜながら苦笑した。
「ん、もういいっすよ」
「すまなかった」
もう一度謝る室井に、青島は照れくさそうに笑った。
「次は、見えないとこにしてください」
痕を残されることが嫌なわけではないと言外に伝えたら、室井はまた目を剥いた。
すぐに眉間に皺を寄せ、苦悩の表情になる。
室井が何に苦しんでいるのか理解できず、青島は首を傾げた。
「室井さん?」
「…俺は、少しは我慢すべきだな」
「はい?」
「今日はこれで失礼する。時計、ありがとう」
いきなり踵を返した室井に目を丸くする。
まさか時計だけ受け取ってすぐに帰るとは思っていなかった。
今朝の今だが、折角会えたのだから、もう少し一緒にいたかった。
玄関に向かう室井の背中を慌てて追った。
「室井さん、飯くらい食べてってくださいよ」
「いや…」
「もう少しいいでしょ?」
「……」
「あ、忙しいっすか?明日も早い?だったら、無理にとは…」
寡黙な背中を引き止めているうちに無理強いするわけにもいかないと反省し、残念だったが青島はひいた。
青島がひくと、室井はようやく振り返った。
眉間に深い皺を寄せ、酷く気まずそうな顔で青島をみつめる。
「いたら、触りたくなる」
どこにいたら、何に触りたくなるって?
聞き返そうになったが、慌てて口を噤む。
聞かなくても、そんなことははっきりしていた。
青島の傍にいたら、青島に触りたくなる。
室井が言いたいのは、そういうことだ。
だから、「我慢すべきだ」と言ったのかと、青島は理解した。
キスマークを付けて青島に迷惑をかけたというのに、昨日の今日でまたその気になりそうな自分を戒めているらしい。
真面目な室井らしくて微笑ましいやら、それほど求められていると思えば気恥かしいやら。
青島は照れくさそうに頬を掻いていたが、笑みをこぼした。
「ええと、別にいいっすよ」
触りたければ触ればいいのだ。
青島が室井を嫌だと思うことはない。
「しかし」
「あれですよ、ほら、蜜月ってやつ」
「…なに?」
「俺たち、今、蜜月ってやつなんじゃないっすか?」
恋人になり、深い関係になって、数か月。
結婚しているわけではないから本当の意味での蜜月ではないが、恋人と親密な時間を過ごしていることを思えば間違えてもいないだろう。
蜜月という表現にどう反応していいのか分からないのか無言で目を瞠っている室井に、青島は気楽に笑った。
「だったら、仕方ないでしょ?」
触りたいのも、一緒にいたいのも、当然のこと。
そう言って、室井に手を伸ばした。
「もうちょっと、いてくださいよ」
室井は青島の手をじっと見つめ、顔に視線をうつし、青島の手を握った。
「…頼まれるまでもない」
ぎゅっと握りしめられた手に、青島は破顔した。










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2010.9.3

あとがき


青島馬鹿な室井さんを書くのは楽しいなー(病気)

本当、そこしかないですね、このお話(^^;
なんだか冷静になると筆が止まりそうなので、
青島君萌えが著しいうちに書ききってしまいたいです。

青島君は可愛いなー(重症)



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