■ 拍手ログ04
会計を済ませた室井は、店の中で青島の姿を探した。
仕事帰りに駅で待ち合わせして食事に行く途中だったが、欲しい本があったため最寄の本屋に寄ってもらっていた。
室井が目当ての本を探している間に、青島は「立ち読みしてます」と断って離れて行った。
青島のことだから、モデルガンやアーミー系の雑誌でも見ているのかと思ってそのコーナーを覗いてみたが、見慣れた姿はない。
アウトドアのコーナーにもおらず、首を傾げる。
一体何を立ち読みしているのか。
室井は緑のコートを探しながら、店内をウロウロしていたが、思わぬところで青島を見掛けた。
真剣に見入っている青島に近付いて背後から手元を覗き込むと、美味しそうな料理の写真が目に入った。
「…何、見てるんだ?」
室井が声をかけると、青島が振り返って本の表紙を見せてくれた。
『おつまみ100選』と書いてある。
料理本を見ていたらしい。
何でそんなもんをと思った室井に、青島は屈託なく言った。
「美味そうでしょ?」
言われて写真を見直せば、確かに美味そうではある。
「そうだな」
「よし、この本買おうっと」
本を閉じた青島がレジに向かって歩いて行くから、室井は驚いた。
青島が料理の本を買うなんて珍しい。
一人暮らしが長いから時々は料理をするようだが、本を買って作るほど料理に興味があるとも思えない。
レジに並ぶ青島の背後で室井は首を捻った。
「珍しいな」
「ん?」
「料理にはまってるのか?」
好奇心は旺盛な男である。
料理と青島というのがピンと来なかったが、何かの拍子に料理にはまったとしたら本を買って本格的に始めてもおかしくはない気がした。
だが、青島は首を横に振った。
「いや、全然」
「なら、何で料理の本なんか買うんだ?」
「作ってもらおうかと思って」
えへっと笑われて、室井は目を剥いた。
愚問かもしれないが、思わず聞き返した。
「誰に」
「俺に料理作って食わしてくれる人なんか一人しかいませんよ」
暗に「あんた以外に誰がいるんだ」と言われて、室井は眉を寄せた。
一瞬喜んだ自分が情けない。
青島には自分しかいないと思わせるに十分な一言だったが、今問題なのはそこではなかった。
複雑な表情を浮かべた室井に小さく笑って、青島は本を店員に渡し財布を出した。
「嫌っすか?」
料理は嫌いではない。
青島が食べたい物を作るのも悪くはなかった。
だから嫌ではないが、なんとなく面白くない。
青島のためなら喜んでなんでもやると思われているのではないだろうか。
それはあながち間違えではないが、だからこそ少し面白くなかった。
嫌ではないが、素直に認めるのが癪である。
「そういうことは、せめて本を買う前に聞いてくれ」
精一杯の文句に、青島はビニール袋を受け取りながら横目で室井を見た。
「だって、室井さんの飯美味いんだもん」
「…調子のいいことを」
「本当だってば。毎日でも食いたいですよ」
そんなもん食いに来れるなら毎日食わしてやる、と思った時点で室井の負けである。
室井は一つ溜め息を吐くと、先に歩いて店を出た。
青島が後をついてくる。
「嘘じゃないですからね」
しつこく言葉を重ねる青島に、室井は素っ気なく言った。
「君も手伝え」
青島が破顔するから、室井も苦笑するしかなかった。
自分の料理なんかでそんなに嬉しそうな顔をしてくれるなら、作り甲斐もある。
料理は嫌いではないし、青島に作ってやるのはもっと嫌いではない。
「それもいいな、楽しそうだ」
一緒に料理をする、ただそれだけのことだが、青島は嬉しそうだった。
室井に至っては言うまでもない。
―やっぱり、毎日食ってくれるなら作ってやると、言えば良かった。
END
2012.9.11
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