■ 真夏
新木場の駅で降りて、青島の自宅へ向かう途中、室井の携帯に青島から連絡があった。
『あ、室井さん?今、どこっすか?』
そう尋ねられるが、どこもなにも、青島の自宅の近所である。
「もうすぐ着くが…」
『ああ、遅かったか…』
青島が残念そうな声をあげる。
遅かったとはどういう意味かと、室井は首を傾げた。
「どうかしたのか?」
『いや、まあ、どうかしたっていうか、なんていうか』
もごもごと口の中で話す青島は、煮え切らず言い淀んでいる。
心なしか、元気もない気がした。
今日は仕事が終わったら青島の部屋で会うことになっていた。
久しぶりの約束で室井は楽しみにしていたが、もしかしたら青島の都合が悪くなってしまったのかもしれない。
それを近所まで来てしまった室井に言い出せずにいるのかと思った。
そうなら、とても残念だが、青島の都合は無視できない。
「青島、都合が悪くなったんじゃないのか?」
室井から水を向けてやると、電話の向こうで青島が慌てたようだった。
『違う違う、悪くないっすよ。全然大丈夫』
重ねて否定する青島の言葉に、帰られては困るという雰囲気を感じて室井は安心した。
「それならいいが」
『本当、都合は悪くないんですけど、うーん、あのぉ…』
何かを言いかけて間が空く。
「青島?」
室井が促すと、苦笑気味な返事が返ってきた。
『まあ、いいや。とにかく待ってます』
やっぱり少し元気のない声が気になったが、後5分もしないで本人に会える。
それから確認することにして、室井は疑問を残しつつも電話を切った。
インターホンを押すと、すぐにドアが開いた。
「いらっしゃい」
出迎えてくれる青島に室井は目を丸くした。
思わず突っ込む。
「なんだ、その格好は」
あきれたような室井の突っ込みに、青島は苦笑した。
半袖のTシャツはいいとして、その下はトランクス一枚である。
片手にはどこかの店でもらったらしい広告入りの団扇を手にしていた。
その団扇で顔を扇ぎながら、青島は眉尻を下げて困った顔をして見せた。
「実は、クーラーが壊れちゃったみたいで」
青島が仕事から帰ってクーラーを動かそうとしたら、既にうんともすんとも言わなくなっていたらしい。
言われてみれば、今室井がいる玄関も蒸し暑い。
青島のだらしない格好の理由も良く分かった。
「外で会う方がいいかなと思ったんですけど、もう室井さん近所まで来てるって言うから」
電話越しの青島に元気がなかった理由が分かり、室井も苦笑した。
「とりあえず上がってください」
青島に促されて、室井は部屋に上がった。
リビングも当然蒸し暑く、若干息苦しくさえ感じられた。
たまらずスーツの上着を脱ぎ、ネクタイを緩めた。
「これは暑いな」
「でしょう?室井さんもパンツ一丁になっていいんですよ?」
本気か冗談か青島が笑いながら言うから、室井は眉間に皺を寄せた。
「中年の男が二人揃って下着姿でいるのは見栄えが悪いだろう」
「いいじゃない、誰もいないんだし」
「そんな問題か」
「あー…暑いっすね」
唐突に話題が変わったが、それには室井も異存がなく頷いた。
「全くだ」
答えながらYシャツの袖をまくり、腕を出す。
青島はというと、床にごろりと横になり、団扇で扇ぎながら室井を見上げた。
「どうします?」
「何がだ?」
「しんどいでしょ?俺の部屋にいるの」
どこかに行きますかと青島が尋ねてくる。
室井は少し考えて首を振った。
「我慢できないほどじゃないだろう」
「我慢強いからなあ、室井さんは」
うへえと変な声をあげて納得して、青島は団扇を室井に向けた。
気だるそうに青島が腕を動かすたび、生温かい風が吹いた。
ないよりマシという程度の風に礼を言って、室井は青島を見た。
「俺より、君はいいのか?」
室井より余程青島の方が堪えているように見えた。
クーラーのない部屋で過ごすのが辛ければ、今夜くらいどこかのホテルに泊まっても構わなかった。
青島も少し考えて、首を振った。
「なんか、もう、面倒くさいからいいです」
Tシャツとパンツ姿で床に転がり伸びきっている青島を見下ろし、室井は苦笑した。
それなりに薄着で恋人が目の前に横たわっているのに、色気の欠片も感じないのは、どうしてだろうか。
寝姿がだらけきっているからか、暑い暑いと呻いているせいか。
とにかく、今の青島をどうこうしたいという欲求は生まれてきそうにもなかった。
「…どうしたんすか?」
自分を眺めて苦笑している室井を不思議に思ったのか、青島が聞いてくる。
室井は苦笑を深めて、素直に言った。
「いや…色気がないなと思って」
目を丸くした青島だったが、やがて唇を尖らせた。
「悪かったですね」
「いや、悪いとは言ってないが」
「後でその気になったって、相手してあげませんからね」
べーっと舌を出し、つれないことを言う。
その顔は可愛いなと思いつつ、室井は疑問を口にした。
「相手って…それだけ暑がってて、君こそその気になるのか?」
暑さに負けてだらけきっている青島を見る限り、今夜はそんな雰囲気になりそうもなかった。
室井はそう思ったが、青島は横になったまま偉そうに言った。
「それは室井さん次第っすよ」
上気した顔で気だるげに紡がれた言葉は聞き様によっては誘い文句だ。
視線を数秒絡めて、室井はあっさりと考えを改めた。
良く考えれば、青島相手にその気にならない時など、室井にはありはしないのだ。
「その気になってもいいか?」
早過ぎる前言撤回に青島は吹き出したが、だめだとは言わなかった。
END
2011.6.18
あとがき
去年の夏とかの暑い時に書いたみたいなのですが、
ちょっと覚えていないという…
思うに、パンツでごろごろしている青島君が書きたかったんじゃないかしら。
我ながらしょうもないわー(笑)
東京の真夏なんつったら、
クーラーなしじゃいられないんじゃないでしょうかね。
どうなんだろう。
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