■ 相惚れ


「別れたい」
室井が真顔で言うから、青島は咥えかけていた煙草を取り落とした。
夜中にいきなり会いに来て、突然の別れ話。
何事だと驚いたが、青島はソファで隣に座る室井をちらりと見て、床に転がる煙草を拾いあげ咥え直した。
火をつけて煙を吸い込んだ時には、すっかり平常心に戻っていた。
「理由は?」
当たり前の疑問を口にするが、室井は眉間に皺を寄せて答えない。
青島は煙を吐いて苦笑した。
「なんかあるでしょ?他に好きな人が出来たとか、俺を嫌いになったとか、飽きたとかやっぱり女がいいとか抱き心地が悪くてうんざりだとか」
「そんなんじゃない」
どんどんろくでもなくなる青島の「別れたい理由」に、室井は渋面で呻いた。
「なら、ちゃんと話して」
真っ直ぐ室井を見つめて促すと、室井はしばらく黙り込んでいたが、床に視線を落として重たそうな口を開いた。
「君と居るのが辛い」
またざっくりとした理由だ。
むしろ、青島が知りたいのは「辛い」理由である。
だけど、聞かなくても知っている気がした。
青島はゆっくりと煙を吐くと、室井を見ずに煙草を灰皿に押し付けた。
「分かりました、別れましょう」
室井の望む答えを口にしたが、室井は何も言わない。
青島も口を閉ざし黙った。
静まりかえる部屋の中。
室井の呼吸が震えるのが聞こえた気がして、青島は口元を緩めた。
ふわりと室井の首に腕を回して、抱き付く。
「それで?別れたら、辛くなくなった?」
室井からの返事はなかったが、きつく抱き返された。
肩口に室井の額が押し付けられ、押し殺したような息遣いが青島の耳に届く。
青島はそっと溜め息をついて、室井の背中を宥めるように叩いた。

室井は時々自身の気持ちを持て余すようだった。
ずっと会えずにいて久しぶりに会った時、青島が誰か他人の話をする時、本当に些細なケンカをした時。
室井は必死に抑えていたようだったが、時々追い詰められたような顔をしていたから、青島も知っていた。
会えない日々が苦痛で、望まぬ嫉妬心に苛立ち、相手の気持ちが見えなくて不安になる。
恋をすれば当たり前のことで、青島だって室井と一緒だ。
だが、青島よりも室井の方が生真面目な分、仕方がないことと割り切れずに苦しいのかもしれない。
そして、少しばかり、室井の方が想いが強いのかもしれない。

青島は天井を見ながら、室井の背中を撫ぜた。
「楽になった?」
「なるわけないだろう」
素直な室井に思わず笑う。
「なら、なんで別れるんですか」
「君が別れるって言うからだ」
「違いますよ。言ったの、室井さん」
「…君は、俺とあっさり別れられるんだな」
責めるというよりは悲しそうな室井の声を聞いて、青島は溜め息をついて室井の頭を軽く叩いた。
「一人で恋してる気にならないでくださいよ」
青島だって室井に恋い焦がれて眠れない夜があるし、室井が自分ではない誰かと一緒にいると知ればその誰かに嫉妬した。
相手のことが好きで好きで堪らなくて、その想いが辛いのは室井一人ではないのである。
自身が別れたいと思うほど辛いくせに、どうして青島が同じ気持ちでないと言い切れるのか。
「俺だって別れたくないよ」
そんなことが、何でこの人には分からないんだろうと不思議に思った。
不意に室井が体重を掛けてくる。
意図を察して、室井の好きにさせながら、青島はソファに寝転んだ。
圧し掛かってくる室井が、首筋に顔を埋めてパジャマの裾から手を差し入れてくる。
「何、やり納め?」
背中を抱きつつも、青島は不穏な質問をした。
ぴたりと室井の動きが止まり、顔を上げた。
眉間に皺を寄せて強張った顔で見下ろしてくる室井に、青島は小さく笑って見せた。
「なんか、言うことあるんじゃないの」
さっきの別れ話を撤回するように促したつもりだったが、
「好きだ」
室井から返って来た言葉は、的外れなのかそうでもないのか微妙なところだった。
だが、悪くはない返事だ。
青島は満足げに頷いた。
「知ってますよ」
「別れたくない」
「俺もだってば」
室井は青島を見下ろしたまま、真顔でしばらく考え込んでいた。
何かまだ言い足りないのかと思い、青島もじっと待つ。
不安なら不安と言ってくれればいい。
そしたら、満足するまで愛でもなんでも囁いてやろうと思うのだ。
だから、愛しい人の言葉をじっと待つ。
やがて、室井は重そうな口をゆっくりと開いた。
「俺のものでいてくれ」
中々凄い望みだなと思うが、青島に文句はない。
「とっくに、そうでしょ」
目を細める青島に、室井は間髪入れずに言った。
「結婚してくれ」
「それは無理」
青島は爆笑しながら、室井の後頭部を引き寄せキスをした。










END

2011.5.24

あとがき


何かシリアスなお話を書きたかったような覚えはあるのですが、
シリアスになり切らないまま終わった小話でした(笑)

どんなに煮詰まっても室井さんはこんなことは言い出さないかなと思いつつ、
たまには馬鹿なことを言いだして青島君を困らせていてもいいなと思います。



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