■ 花火
会議室から出た室井は、胸ポケットから携帯電話を取り出した。
会議の最中にメールを受信していた。
室井にメールを寄越す人間など限られていて、もしかしたらと思ったらやっぱり青島からのメールだった。
それだけで室井の目許が柔らかくなる。
先程の会議で張り詰めていた心が少し軽くなり、メール一つであまりに単純な自分を内心で笑ったが、悪い気分では決してない。
青島のおかげで救われることの多い毎日だと思った。
青島は何をしたつもりもないだろうが、室井にとって青島はその存在だけで世界が明るくなる人だ。
愛しい人に感謝しつつ、メールを開く。
件名はなく、本文に「ちょうきれいっす」と平仮名で書かれてあった。
何がだ?と首を捻ると、珍しくも動画が添付されていた。
青島は時々写真を添付して送ってくれる。
それは他愛のないものがほとんどだった。
珍しく上手に作れたと言っては自作の料理の写真を送ってくれたり、すみれたちとビアガーデンに行ったと言っては飲みかけのビールの写真を送ってくれたり。
春先にはどこで見たのか桜の写真を送ってくれたこともあったし、新しい時計を買ったらしく腕に嵌めた腕時計の写真が届いたこともあった。
そのどれもが青島に繋がっている気がして、室井は青島から写真が届くのを密かに楽しみにしていた。
今回は動画だった。
不思議に思いながら開くと、真っ黒な映像だった。
なんだ?と思う間もなく、暗闇に光りの花が咲く。
花火だった。
連続で打ち上げられる花火が、暗い夜空に綺麗に光って散っていった。
良く聞くと、花火が上がる音まで入っていた。
久しく聞かない懐かしい音だった。
赤い花火が散って間もなく、青島が携帯を動かしたのか画面が再び暗くなった。
すぐに何かが映りこむ。
室井は目を瞠った。
画面の中で、青島が室井に向い、どこかはにかむように笑いながら手を振っている。
それは一瞬で、また暗転した動画はすぐに止ってしまった。
室井はしばし真っ暗な画面を眺めていたが、小さく笑みを浮かべた。
青島の悪戯心かもしれないが、室井にとっては思わぬ贈り物だった。
久しぶりに見た懐かしい花火も、花火ほどではないがここしばらく会えていない恋人の姿も。
室井には予想外に嬉しい贈り物だった。
室井は動画を終了し、青島に電話をかけてみた。
数度のコールで繋がる。
『ちゃんと見れました?』
弾んだ第一声に、室井は声もなくひっそりと笑った。
「ああ、きれいに見られた。ありがとう」
『良かった!本当に凄いきれいだったんですよ』
「花火大会に行ってたのか?」
『仕事帰りにすみれさんに誘われてね、雪乃さんと三人で見に行ったんですよ』
どうやら今日の湾岸署は珍しく暇だったようだ。
相変わらず仲が良いことだと思うが、嫉妬する気にもならない。
青島の口からすみれや雪乃の名前があがるたびに一々気になった時期もあるにはあったが、それも遠い昔のことだった。
青島の気持ちが真っ直ぐに自分に向いていると知っている今となっては、自分のいないところで得た感動を自分に伝えようとしてくれた青島の気持ちがただ嬉しかった。
『今度は一緒に観に行きましょうよ』
「そうだな、来年行けたらいいな」
『行きましょう!』
「…行けたら」
出来ないかもしれない約束をするのを躊躇われて濁したら、青島が笑った。
『そこは素直に頷いておいてくださいよ』
まあ室井さんらしいかと言ってくれるから、室井の気持ちは分かってくれているらしい。
室井も青島も不規則な仕事をいているから、来年の花火大会の日に暇かどうかなど分からない。
だが、室井も青島と一緒に花火を見たいという気持ちは変わりない。
「いつか、きっと行こう」
いつかきっとという約束なら、室井にも出来た。
嬉しそうに『絶対ですよ』と言う青島に、室井も今度は素直に肯定しておいた。
『それにしても携帯できれいに撮れるか心配だったんですけど、意外と撮れるもんなんですね』
今の携帯って凄いと、携帯電話にまで感動しているらしい。
確かに凄いかもしれない。
昔の携帯電話では動画はおろか、写真だって撮れなかった。
室井自身はあまり活用しない機能だから、無くても困らない。
だが青島からの写真や動画が届かなくなるのはつまらないので、要らない機能だとは思っていなかった。
「便利なものだな」
『そうっすよね…あ、室井さんもたまには何か撮って送ってくださいよ』
室井は眉間に皺を寄せた。
実は携帯のカメラの使い方を知らない。
興味がなかったので使ってみたことがなかった。
だが、少し考えて、面倒だと断ったりはしなかった。
「…今度、何か送る」
『え?マジっすか?』
「言っておくが、面白いものは撮れないぞ」
室井の視界に入るもので面白いものなのなど、青島以外にそうはない。
だからといって、青島を撮って本人に送りつけても多分喜ばないだろう。
『全然いいっすよ、俺だって面白いものは撮ってないし』
そう言われて、室井は首を傾げた。
室井は青島から送られてくる写真を面白いと思って見ていたからだ。
取り立てて変わった画像が送られてくることはないが、室井にとって新鮮な画像ばかりで、面白く、楽しかった。
青島から送られてくる写真は、青島の視線だ。
それを画像や映像にして見られることが、室井には嬉しかったのだ。
そう思えば、なるほどと思う。
面白いものを撮る必要は、きっと青島にとってもないのだ。
青島が見たいのは、きっと室井の視線だ。
「近いうちに、送る」
『はは…約束っすよ』
待ってますからねと言う声が嬉しそうで、室井は目を細めた。
「君もまた送ってくれ」
『ええ、また何か適当に』
「じゃなくて」
『え?』
「君の映像を、また送ってくれ」
今度はもっと長く。
そう言ったら、少しの沈黙の後、青島は『嫌ですよ』と言った。
自分でしたくせに、自分の行動に照れているのかぶっきらぼうに言う青島に、室井は小さく笑った。
送られてきた花火の動画は大事に保存される。
この先室井が一人の夜に時々眺めて過ごすことになることを、青島は知らない。
END
2010.10.30
あとがき
季節はずれなお話ですみません…(^^;
夏に花火の動画を送ってくれたNさんに書きます!と宣言して、
書きかけたまま放置していたお話でした…すみませんNさん…
せめて夏の間に更新したかった!
Nさんに送ってもらった花火の動画が凄いキレイだったんです。
ちゃんと音まで入っていてねー。
その節は、どうもありがとう、Nさん!
青島君の動画なら私も欲しいよ室井さーん。
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