■ Reason for smoking
いそいそと煙草に火をつけると、深く吸い込んだ。
慣れた煙が身体に染み込むのを実感して、青島は満面の笑みを浮かべた。
ビール片手に煙草を吸う。
どちらも身体に良くはないと分かっているが、どちらも美味いというのもまた事実。
特に今日のように大きな仕事が終わり、愛しい人と一緒に過ごせる夜に味わう酒も煙草も格別だったりする。
そんなことを噛みしめながら煙草を吸っていたが、唇から離した次の瞬間には手元から煙草が奪われていた。
見れば、室井の手によって煙草は灰皿に押しつけられていた。
「わっ…何すんの、室井さん」
青島が苦情を申し立てる。
文句を言った青島に、室井がその灰皿を無言で差し出してきた。
「な、なんすか」
「見ろ」
「見てますけど…」
「なんだこれは」
「灰皿、でしょうね」
「そうじゃなくて、この中身はなんだと言ってるんだ」
室井が少々乱暴に灰皿をテーブルの上に置いた。
灰皿の中には、もちろん煙草の吸殻が入っている。
「あー…」
青島は室井の言いたいことを理解して、気まずそうな顔をした。
言われてみれば、灰皿の中身が少し多い。
「ちょっと、吸いすぎましたかね?」
愛想笑いを浮かべて室井を見たが、もちろん室井が笑い返してくれるわけがない。
睨まれて、笑みをひっこめる。
「ちょっとなんてもんか、この30分に何本吸う気だ」
室井の部屋に来てからまだ30分しか経っていないが、青島のためだけに用意されている灰皿は既に煙草の吸殻でいっぱいだった。
隣で見ていて耐えかねて、青島から煙草を取り上げたらしい。
常日頃、室井はヘビースモーカーの青島の煙草の吸い過ぎを気にしていた。
青島は失敗したなと思ったが、本数が嵩んだことには理由があった。
ここ数日煙草を吸っていなかった反動で、煙草が美味くて仕方がなかった。
「いや、でもこれはわけありで…」
実はと、自身に肺がん疑惑があったことを切り出そうとした青島だったが、それを室井に遮られた。
「病気かもしれないと医者に言われたそうだな」
驚いて室井を見ると、室井はむっつりとしていた。
「その話、誰に聞いたんすか?」
青島は室井に伝えていないし、大きな事件のさなかで伝える余裕もなかった。
それなのに、何故室井が知っているのか。
室井はむっつりしたまま答えてくれた。
「真下が電話をくれた」
「真下ぁ?」
あの緊迫した状況の中でわざわざ室井に連絡したのかと思ったら、噂好きな彼らしくはあるが少々呆れてしまう。
そういえば、真下はあの事件の時湾岸署内をうろうろしていただけにしか見えなかったので、もしかしたら暇だったのかもしれない。
「どうして医者にそう言われた時に、俺に連絡を寄越さない?」
室井が不機嫌そうに言うから、青島は慌てた。
「いや、連絡できるような状況じゃなかったでしょ。俺も室井さんも」
「それでも、生死に関わることだぞ」
「あー、でも、間違いだったんですよ、撮影ミスだったみたいで」
「それも知ってる。真下に聞いた」
律儀と言えば律儀だが真下の暇人めと思いながら、青島は苦笑した。
室井に連絡しなかったのはそれどころではなかったからだが、もう一つ理由があった。
今となっては笑い話だから、素直に話せる。
「だって、室井さんに話せば、泣いちゃうかもって思ったんだもん」
そう言ったら、室井が目を剥いた。
室井の声を聞いてしまえば、死にたくないと泣いてすがるかもしれないと思った。
仮に青島がこの世を離れるとしたら未練はたくさんあるけれど、一番の未練は間違いなく室井だった。
それが分かっていたから、余計に室井に連絡できなかった。
不意に室井の手が首の後ろに回されて、ぐいっと引き寄せられた。
室井の肩に顔を埋める形で抱き寄せられる。
「泣いたって構わない」
青島は笑って室井の背中を抱いた。
「俺が構うよ」
「なんで」
「かっこ悪いもん」
「今更だろ」
何年の付き合いだと思ってると言われれば、それもそうかと思う。
室井にみっともない姿を見せたくないという気持ちは今もあるが、見栄を張る必要もないのかなという気もした。
だから、本音を口にして、ぎゅっと抱きついた。
「すげえ、怖かったです」
強く抱き返されて、背中を温かい手が叩く。
「俺も怖かった」
素っ気なく言われた言葉に少し驚いたが、簡単に納得がいった。
室井が知っているとは思っていなかったから自分のことしか考えていなかったが、青島が死ぬかもしれないと思った室井の恐怖も、きっと青島と似たようなものだっただろう。
それくらい愛されている自覚はあった。
青島は顔を上げて、嬉しげに笑った。
「病気、間違いで良かったっすねえ」
「他人事みたいに…」
室井は苦笑したが、少しの間の後眉間に皺を寄せた。
「肺がんじゃなかったからと言って、不健康にしていいわけじゃないんだぞ」
煙草の吸い過ぎを思い出したのか、突然お説教が始まってしまった。
室井はそれを気にして、青島の煙草を勝手に消したのだ。
折角いい雰囲気だったのにと残念に思いながらも、青島は室井にくっついたまま言いわけをした。
「ここ数日吸ってなかったもんだから」
「お前は吸い過ぎなんだから、それで丁度いいくらいだ」
「室井さんこそ、他人事じゃん」
「他人事だと思ってないから注意してるんだ」
至近距離でじっと睨みあっていたが、突然青島が動いた。
首を伸ばして、室井の唇に軽く触れる。
キスくらいで驚くような仲でもないが、突然で驚いたのか室井は目を瞠った。
「な、なんだ、急に」
「いや、目の前にあったから、なんとなく」
「…キスでごまかされないぞ」
「別にそんなつもりじゃ」
言いかけた唇を、今度は逆に室井に塞がれる。
さっきよりも少し長いキスで、唇が離れる頃には青島は笑っていた。
「ごまかされないんじゃなかったの?」
「ごまかされたわけじゃない」
軽く肩を押されて、素直に床に転がった。
覆いかぶさってくる室井の背中を抱くと、唇近くで室井が囁いた。
「キスでもしてれば、煙草を吸わないだろ?」
青島は笑ったまま目を閉じた。
END
2010.7.19
あとがき
OD3後設定の小話でした。
青島君の病気疑惑を室井さんが知る隙はなかったと思うのですが、
湾岸署の伝言ゲームなら室井さんにまで届いても
おかしくないんじゃないかと思います(笑)
ラストで、青島君が煙草を吸ってせき込んでましたけど、
風邪でもひいてたんでしょうかね〜?
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