■ そこにいて


「青島」
室井が声をかけるが、返事はない。
「おい、青島」
もう一度呼ぶと、今度は少し間があったものの返事が返ってきた。
それも「んー?」という生返事である。
別にケンカをしているわけではない。
ケンカをしていれば、わざわざ青島の部屋に泊まりに来たりはしなかった。
ケンカもしていないし倦怠期という雰囲気があるわけではない。
ただ単に、今の青島の興味が室井ではないところにあるだけだ。
恋人が泊まりに来ているというのに失礼な話だが、青島は映画に夢中だった。
見始めた時にはテレビがついていたからなんとなくという感じだったのに、今や室井の声もろくに届かない勢いで見入っている。
どうやら青島の好みにがっちりと合った映画だったらしい。
室井にとってはいまいちしっくりくるものではなく、途中で観るのを断念し風呂に入ってきたところだった。
「ビール貰っていいか?」
「どーぞー」
「君は?」
「いーですー」
「風呂はまだ入らないか?」
「んー後でー」
物凄く適当な返事が返ってきて、室井は溜息を吐いた。
それほど真剣に見入っているなら邪魔をするのも気が引ける。
青島に話しかけるのを諦めた室井は、床に座っている青島の隣に腰を下ろした。
ビールを飲みながら、横目で青島を見た。
室井の視線に気づく様子もなく、青島は映画に見入っている。
真剣な横顔を盗み見てそんなに面白いのかと思い、室井も改めてテレビに視線を向けてみた。
吹替の音声を聞きながら目まぐるしく動く画面を追ってみるが、中盤で30分程席を外していた室井に内容が分かるはずもない。
しばらく頑張ってはみたが、やはり青島のように夢中にはなれない。
夢中になれないと、隣にいるのに心が遠くにあるらしい青島が面白くなかった。
久しぶりに会った恋人そっちのけで映画鑑賞とは随分ではないだろうか。
しかも室井が話しかけても上の空である。
いくら気心がしれた仲とはいえ、あんまりではないか。
親しき仲にも礼儀あり、である。
だからといって俺を構えなどと思うのは、あまりに大人げない気がした。
二時間程度放っておかれるのが我慢ならないなんて、それこそ子供じみている。
明日は休暇で一日一緒なのだから、映画くらい黙って観せてやるべきかもしれない。
室井はそう思って、割り切ることにした。
「青島、先にベッドに行ってるぞ」
一応断って腰を浮かせた室井は、青島に腕を掴まれ動きを止めた。
驚いて青島を見るが、青島は室井を見ていなかった。
相変わらず、映画を観ていた。
「もう少しで終わるから」
終わるからなんだというんだ。
室井は眉間に皺を寄せた。
もう少しで終わるから待ってと言いたいのだろう。
だから、室井の腕を掴んで離さない。
室井を気にもしていなかったくせに「ここにいろ」と言うのだから、随分身勝手な話しである。
しかも、引き止めておいて、こちらを見向きもしない。
室井は青島の横顔を凝視していたが、やがて苦笑した。
身勝手だとは思ったが、行くなと腕を掴まれたことが嬉しかったのだ。
そんな自分に呆れつつ、室井は再び腰を下ろした。
青島の手が離れる。
「ありがと」
小さな礼も心ここにあらずだ。
もう映画が終わるまで、室井はあらゆることを諦めることにした。
そこにごろりと横になると、青島の膝に頭を乗せた。
さすがに驚いたのか、青島の視線が落ちた。
室井は視線を感じながら目をつぶった。
「映画が終わったら起こしてくれ」
青島が小さく笑う。
「了解」
室井の顔に暖かい手が触れた。
青島は既に映画に視線を戻していたから、緩んだ室井の口元に気付くことはなかった。
頬を撫でる温もりに誘われ、室井が眠りに落ちるのも時間の問題だった。










END

2009.7.26

あとがき


なんだか眠たくなるような小話ができましたね(^^;

後ちょっとで映画が終わるので、終わったら
青島君は室井さんといちゃいちゃしたかったんじゃないかしら。
まあ、わがままな。でも、室井さんは幸せそうです(笑)


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