■ 夜桜
鼻歌が聞こえてくる。
数歩先を歩く青島からだ。
ほろ酔いで気分が良くなっているらしい。
室井には何の歌かは分からないが、優しい旋律は悪いものではなかった。
ふいに声がやみ、青島が振り返る。
「久しぶりっすね」
「なにがだ?」
「夜道、一緒に歩くの」
「そうだな…どこに行くんだ?」
「ないしょー」
青島が楽しそうに笑うから、室井は苦笑した。
明日は揃いの非番のため、今夜は久しぶりにゆっくりできる。
仕事終わりに待ち合わせをし、居酒屋で軽く飲んで来た帰りだった。
その後は青島の自宅へと向うはずだったが、寄り道して帰らないかと提案したのは青島だった。
室井に異論はなかったが、どこへ?と尋ねても教えてはくれない。
少し歩きましょうと誘われ、青島の自宅とは全く関係ない駅で降りて夜道を歩いていた。
また鼻歌が聞こえてくる。
夜道を歩いているくらいで浮かれている青島を、大袈裟だとは思わなかった。
室井も楽しんでいたからだ。
青島と一緒にいれば大抵楽しいが、久しぶりに共に歩く夜道も少しだけ冷たい夜風も心地良かった
アルコールによる高揚感も手伝っているのかもしれない。
鼻歌こそ出ないものの、室井もいくらか心が浮き足立っていた。
それも仕方がない、久しぶりに青島に会えたのだから。
「どこまで行くんだ?」
猫背気味な背中に声をかける。
青島の行きたいところに行くのならどこでも構わなかったが、やはり行き先は気になる。
普段通ることのない道を歩いているので、青島の目的地がどこにあるのかピンとこなかった。
「ヒント」
青島が言った。
「今は何月でしょう?」
「四月だな」
「四月といえば?」
「四月といえば…」
室井は考えた。
「春、だな」
とりあえず浮かんだ単語を口にしたら、青島が笑った。
「お、いい感じですよー」
春に関係しているらしい、つまり季節に関することだ。
今の季節といえば―。
考えながら歩いていた室井は、急に考えるのを止めた。
青島の背中ばかり捉えていた視界に答えが入る。
「すまない、答えが見えた」
室井の声に、青島が振り返った。
「あ、バレちゃった?」
「ああ…桜か」
前方に桜並木が見えてきた。
まだ距離があったが、ライトアップされているせいでピンク色の花が咲いているのが確認できた。
その辺りが騒がしいのは、花見をしている人たちがいるからだろう。
駅を出てから人通りがやけに多かったのはそのせいかもしれない。
青島が立ち止まり、室井が並ぶのを待ってから再び歩き出した。
「今朝のテレビでね、今が満開だって言ってたから」
「そうか…」
そういえばそんな季節かと思う。
興味がないわけではないが、仕事ばかりしているといつの間にか季節は流れていってしまう。
特に桜の季節は短い。
気付けば枯れていて、それにすら気付かないこともある。
ましてや、こんなふうに桜を見にくることなど、随分久しぶりだった。
桜並木に差し掛かると、二人とも足を止めた。
満開の桜が下からライトに照らされていて圧巻だった。
「おー、凄い」
青島が感嘆の声を上げる。
室井も心から頷いた。
「見事なものだな」
「キレイっすね」
「ああ」
「花見に混ざりたいっすね」
思わず桜から青島に視線を移すと、青島も室井を見ていた。
「羨ましくないです?」
桜の木の下で酒盛りをしている若者やサラリーマンらしき姿がある。
確かに満開の桜の下での宴会は贅沢かもしれないし、気持ちは分からなくないが、早速の花より団子な発言には苦笑してしまう。
「さっき、飲んできたばかりだろ」
「なんですけどねー…いいなぁ、花見酒」
本音だろうがそれほど真剣でもない声音で言って肩を竦めると、また桜を見上げる。
じっと見上げてぽつりと呟いた。
「すぐ枯れちゃうなんて勿体ないっすねぇ」
室井も桜に視線を戻した。
一週間もすれば、おそらく散ってしまうだろう。
今が満開ということは、これからは枯れていく一方だ。
明日の夜には、今と同じようには見られないだろう。
今日の今でなければ、この桜は見られなかった。
「連れてきてくれて、ありがとう」
感謝の気持ちが口をつく。
青島が連れて来てくれなければ、夜桜を見ようなどとは思い付きもしなかった。
「俺が一緒に見たかっただけだから」
青島に視線を向けるが、青島は桜を見上げたままだった。
ただ黙って桜を見上げている横顔に、室井は見惚れた。
意識していたわけではないが、横顔から視線が逸らせない。
じっと見つめていると、青島の表情が曇った。
困ったように眉を下げ、苦笑して、室井を振り返った。
手が伸びて来て、室井の頬に触れる。
「俺じゃなくて、桜見てくださいよ」
力一杯押され強引に顔の向きを変えさせられて、横顔を凝視していたことがバレていたと知る。
室井は気まずさに顔を顰めた。
「すまない」
「や、謝ることはないっすけどー」
小さく笑って、室井の耳元に唇を寄せた。
「俺のことなら、後からゆっくり見ればいいでしょ」
勢いよく振り返ったら、青島は笑いながら桜を指差していた。
こっちじゃなくて桜を見ろと言いたいらしい。
室井は眉間に皺を寄せたが、大人しくそれに従った。
見上げる桜は申し分なくキレイだった。
それでも、目の前の桜より隣が気にかかってしまうのは、室井のせいばかりではないだろう。
数時間後、室井は再び「こっちを見るな」と青島に怒られる。
END
2009.4.19
あとがき
いつもお世話になっているRさんに捧げます。
夜桜を見に行く室青でした。
タイトルそのまま(笑)
夜桜を見に行く室青を書こうと思って、何故か浮かんだ場面が、
青島君の横顔を凝視していて
青島君に顔を手でぐーっと押される室井さんでした(^^;
桜にもちゃんと感動してるんですけどね。
隣の青島君の方がきれいなものだから困っちゃうなーな室井さんでした。
桜は散るところもきれいですよね。
強風に煽られて一気に散ってしまう桜は寂しいですが、
でもきれいだなーと思います。
桜吹雪の中の青島君とか、もうもうもうもう(ウシか)
さぞかし美しいだろうな!
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