■ 眠れぬ夜は
一度寝たら中々起きない青島だったが、その夜は何故か目が覚めた。
―ゴソゴソ
耳についたその音は、隣りで眠っているはずの室井が立てている音。
どうやら寝返りを打っているらしい。
隣りで寝ている人の寝返りの音が気になって眠れないほど、繊細な青島ではない。
だが、この日はどういうわけか気になった。
―ゴソゴソ
室井が何度も寝返りを打っている。
いつもなら、寝てしまえばあまり動かない人だ。
どちらかといえば、動くのは青島の方だった。
―ゴソゴソ
「眠れないんですか?」
今はこちらを向いている背中に声をかけると、一瞬の間の後室井が振り返った。
「すまない、起こしたか?」
「いや、それはいいんですけど」
腕時計を見れば、二人が眠りについて1時間も経っていない。
もしかしたら、室井はずっと起きていたのかもしれない。
「眠れない?」
もう一度聞くと、室井が小さく溜息を吐いた。
「…ああ、どうもな」
少しだけ憂鬱そうな声を聞いて、青島は身体を起こした。
室井と一緒に被っていた布団を捲る。
「青島?」
先にベッドから降りて、室井に手を差し出した。
「眠れない時はね、無理して寝ようとしない方がいいですよ」
寝ようと思えば思うほど、眠気は遠ざかっていくものだ。
眠れなければ、起きていればいい。
起きていれば、いずれ眠くなる。
そんなものだと、青島は思っていた。
夜中に青島を起こしたせいか少し躊躇っていたが、やがて室井は青島の手を取ってベッドから降りた。
リビングに行くと、室井をソファーに座らせる。
「コーヒーとビールと、どっちがいいです?」
「…コーヒー」
了解と応じると、面倒臭がらずにコーヒーメーカーのスイッチを入れる。
煙草を吹かしながらコーヒーが落ちるのを待ち、二人分のマグカップを持ってリビングに戻った。
一つを室井に手渡し、青島も室井の隣りに腰を下ろした。
カーテンの隙間から漏れる街灯の明かりくらいしかない部屋の中。
時間が時間だけあって外も静かで、時計の音がやけに大きく聞こえる気がした。
その音で思い出した。
「目覚まし時計、買わなくちゃ」
「…ん?」
「たまに、アラームが鳴らないみたいで」
「君が気付いていないだけじゃないのか?」
「あ、ひでぇ……いや、俺もそれは多少疑ったんですけど」
でも絶対違う壊れてると力強く断言すると、室井が小さく笑った。
「奇跡的に目が覚めるから、最近は遅刻もないんですけどねー」
青島はコーヒーを飲みながら、足の上に乗せた灰皿に煙草の灰を落とした。
「随分小さな奇跡だな」
「俺には大事な奇跡なんですよ」
「付き合わせてすまない」
唐突な謝罪に、青島は横目で室井を見た。
少し俯いて、両手で持ったマグカップを見つめている。
コーヒーを眺めているわけではないのだろう。
何を見ているのか知らないが、あまり遠くでなければいいと思う。
「別にいいっすよ」
青島は咥え煙草で笑った。
「アンタが眠れない夜に、一緒にいられて良かった」
暗い部屋で暗い目をして一人過ごす室井を想像してみれば、傍にいられる現実の方がずっといい。
室井の目が青島を見る。
じっと見つめる真っ直ぐな眼差しが、少し和らいだ。
「それはこっちの台詞だ」
「俺がいて、良かった?」
「ああ」
必要とされて嬉しいだなんて子供じみていてとても言えないが、室井のために何かをできるのならやはり嬉しかった。
例えそれが、ここにいるだけのことであっても、室井が必要としてくれるのなら意味のあることだ。
咥えていた煙草を手で持ち、室井に顔を寄せる。
軽くキスをすると、室井からもキスが返ってきた。
至近距離で視線を合わせ、どちらからともなく微笑み合う。
「眠れない夜も、悪くないかもな…」
室井は呟いて、こつりと青島の肩に頭を預けてきた。
それに小さく笑って、青島は天井を見上げた。
数分後、室井の寝息を聞きながら、煙草を吹かす青島の姿があった。
END
2008.3.29
あとがき
特にどうっということのないお話ですが、個人的にちょっと好きなお話でした。
必要とし、必要とされる人がいることは、素敵なことですよね。
眠れない夜に付き合ってくれる人がいることも、幸せなことです。
特に何をするわけでもなく、何を言うわけでもなく、傍にいる青島君。
眠れない室井さんが羨ましい…(結局それか)
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