■ 睡眠不足


インターホンを押して、開いたドアの向こうに青島の姿を見つけて、室井は目を瞠った。
「いらっしゃぁい」
間延びしたような歓迎の挨拶を聞きながら、眉を寄せる。
「酷い顔だな」
思わずそう言いたくなるほど、青島は疲れた顔をしていた。
眼差しにいつものような力も元気も無いし、顔色も心なしか良くない。
室井が凝視していると、青島は苦笑して自分の頬を撫ぜた。
「徹夜続きだったもんでね」
首を傾けるような仕草で中に入るように促され、青島の部屋に上がる。
とりあえず上がってはみたものの、青島の様子が気にかかった。
仕事が一段落したから会いませんかと誘ってくれたのは青島の方だったのだが、こんなに疲労困憊だとは知らなかったのだ。
こんなことなら、会いにはこなかった。
「おい、青島…」
「飯まだでしょ?誘っておいて悪いんですけど、大したもん冷蔵庫になくって」
なんかあったかなーと言いながら、肩を押さえて首を回すと、肩なのか首なのか分からないがバキバキと音が鳴った。
青島の身体が限界を訴えているらしい。
室井は眉間の皺を深くすると、コートを脱いだ。
「俺が作るからいい」
「ん…?あー、そうっすか?」
どこかぼんやりした視線が返ってきて、全く本調子ではないことが分かる。
「いいから、少し休んでろ」
そっけなく労わると、青島が笑みを浮かべた。
「ありがと」
どんな青島でも愛しいが、元気がない青島は少し寂しい。
室井はスーツの上着を脱いでシャツの袖を捲くると、青島の髪を乱暴に撫ぜて台所に向った。
冷蔵庫を覗けば、確かにろくなものが入っていない。
ちゃんと飯を食っていたのか心配になるが、徹夜続きと言っていたくらいだから、真っ当な食生活のはずがない。
過酷な労働を終えたばかりの今の青島を見ていたら、それを説教する気にもならなかった。
精々、美味いものを食わせてやろうと思うくらいだ。
「…ん?」
中身の乏しい冷蔵庫を漁りながら、ふと水音に気付く。
音は風呂場から聞こえてきていた。
「青島、風呂にお湯を入れてるんじゃないか?」
ソファーに座り、何故か火の点いていない煙草を手で弄んでいる青島に声をかけると、一瞬遅れて「ああっ」と思い出したように呟いた。
「そういや、そうでした」
「おい、大丈夫か?」
大分ぼんやりしているらしく、心配にもなる。
青島は苦笑すると煙草を置いて立ち上がった。
「室井さん、悪いんですけど、先風呂入ってきてもいい?」
「それは構わないが…」
疲れているだろうから風呂に入ってゆっくりしたらいいとは思うが、心配事が一つ。
「寝るなよ?」
青島は頭をぼりぼりと掻き、大丈夫大丈夫と軽く言いながら風呂場に消えて行った。
それを見送って、室井は小さく溜息を吐いた。
「…本当に大丈夫か?」


ご飯を炊いて、味噌汁を作った。
味噌汁の中身は、わかめのみ。
さすがに冷蔵庫の中で干からびていたネギを入れる気にはなれなかった。
冷凍庫の中に、前に室井が作って入れておいたコロッケを見つけたので、メインディッシュはそれである。
幸いキャベツは無事だったので、付け合せくらいは用意できた。
「……静かだな」
キャベツを千切りにしていた手を止めて、風呂場の方に視線を向ける。
先ほどまでシャワーの音が聞こえていたが、ピタリとしなくなった。
普通に考えて湯船に浸かっているだけなのだろうが、静か過ぎて妙に気にかかる。
室井は手を洗うと、風呂場に向った。
脱衣所に入り、風呂場のドアの前から声をかける。
「青島?」
返事は無い。
「おい、青島、起きてるか?」
少し大きめに声をかけるが、なんの反応も無い。
これはもう、寝ているとしか思えない。
室井は溜息を吐くと、「開けるぞ」と一応断ってドアを開けた。
浴槽の縁に後頭部を預け、天井を向いたまま、青島は目を閉じている。
予想通り、寝ていた。
「おい、青島…」
そっと声をかけるが、びくりともしない。
どうやら熟睡しているらしい。
「やっぱり…」
呆れつつ、仕方が無いかとも思う。
徹夜明けで眠いのは当然で、風呂に入れば余計に眠くなるだろう。
室井は膝を折ると、浴槽の傍らにしゃがみこみ、青島の顔を覗きこんだ。
疲れた顔ではあったが、どこか幸せそうな寝顔でもあった。
激務から解放されて、気持ちが緩んでいるのかもしれない。
早く起こしてやらないとと思いつつ、もう少し寝かせておいてやりたいとも思う。
「…ちょっと痩せたか?」
こうしてまじまじと見つめれば、少し頬がこけた気がした。
濡れて額に張り付いていた前髪を掻きあげて、その頬を撫ぜる。
開いた唇が少し荒れているように見えて、指先で軽くなぞった。
その途端、青島が目を開けた。
パチリと開いた目に驚いて、室井は咄嗟に手を退いた。
「むろいさん?」
大きな目が室井を見上げている。
別に何か悪いことをしていたわけでもないのだが、室井は気まずさに眉を寄せた。
青島はそんな室井の気まずさに全く気が付いていなかった。
「あ、あれ?俺寝てた?」
「…ああ」
「うあー、そっかー」
呻くように言うと、青島はお湯を掬って顔を洗い出した。
じゃぶじゃぶと勢い良く洗ってちゃんと目が覚めたのか、顔をあげると室井を見上げて笑みを浮かべた。
「えへへ…すいません」
その濡れた顔にタオルを押し付けて拭ってやる。
起こすのはしのびないと思ったものの、起きたら注意しないわけにもいかない。
風呂場での睡眠は、命にかかわる。
「寝るなと言ったろ」
「寝るつもりはなかったんですけどね」
「一人の時だったら、危ないだろ」
「いや、いつも寝ちゃうわけじゃ……あ、分かった」
青島はパンっと手の平を叩いて、訝しげな室井を見上げた。
「ほら、室井さんがいるから安心しちゃったんですよ、きっと」
だから眠っちゃったのだと言う青島に、目を剥き、眉を寄せ、頬を強張らせる。
正直に言えば嬉しい言葉だったが、だからといって喜ぶわけにはいかない。
室井は軽く青島の額を叩いた。
「誤魔化すんじゃない」
「う、嘘じゃないってばー」
本当なのにと唇を尖らせる青島にとうとう苦笑すると、室井は青島の後頭部に手を回し引き寄せた。
意図を察し目を閉じた青島に、軽くキスをする。
少しかさついた唇を啄ばみ、舌で舐める。
「…痛くないか?唇…」
「ん…少し…」
言って、薄く唇を開いた青島がもう一度唇を寄せてくる。
誘われるまま、今度は少し深く重ねた。
熱い青島の唇を貪っていると、不意に青島の反応が鈍くなった。
不思議に思って唇を離し、青島を見て、苦笑した。
「だから、寝るなと言ってるだろ」
目を閉じた青島の額を、もう一度叩いた。











END

2008.3.26

あとがき


疲れた青島君も可愛いよね、というお話です。
酷いお話だなぁ(笑)
まあ、なによりも酷いのは、タイトルですけど;

ちょっとした再利用でした。
もう何本かSSがあるので、そのうちアップいたします(^^)


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